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【完結】贄の聖女  作者: 黄昏睡(たそがれ すい)
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聖女の儀、数日前〜前々日

今日もいつも通りに近隣の村を訪れて、苦しんでいる人がいないか尋ねる。

一通り見て回り、風邪や骨折で寝込んでいる人はいたけれど命にかかわるような重い症状の人はいなかった。そのことに、ほっと安堵の息を吐く。


「よかったわ」


神殿から出る時には常に一緒の神官たちと微笑み合っていると、小さな女の子が近づいてきた。


「聖女さまー。そのみをささげてくれてありがとー!」


近くで摘んだのであろう小さな花束を差し出しながら無邪気に言われた言葉を、不思議に思い首を傾げる。


「身を捧げる?何のことかしら?」


思わず呟くと、神官の一人が


「いつも聖女様が彼らのために祈っていらっしゃることに対する感謝でしょう」


と返してきた。

しかし妙に早口で、態度にもぎこちなさがあった。

胸騒ぎを覚え、目線を合わせるようにしゃがみ少女に直接尋ねる。


「身を捧げるって何のことかしら?」


少女は、ニコニコと笑いながら答えた。


「あのね、お父さんたちが言ってたの。ぎしきの日に聖女さまがそのみをぎせーーー」


そこで少女は私から引き離された。神官たちの手によって。

渡そうとしていた花束が、地面に落ちる。


「おかしなことを言うものではありません。天罰が下りますよ」


ひどく怖い顔をした神官に叱られ、少女が泣き出す。


「気にされることはありませんよ。二十年に一度の儀式ですから、いろいろ間違って伝わっているのでしょう」


そう言うと、泣き続ける少女を残したまま私の背を押して強引にその場から離れた。全員がピリピリとした空気を発していて、「犠牲って何?」と問いただせる雰囲気ではない。

けれど、ただの勘違いにしてはあまりに激しい反応だった。

気になりながらも剣呑な空気に気圧されて、促されるまま神殿へと帰ってきてしまった。





「儀式では、具体的に何をするのかしら?」


外出で汚れた服を着替えながら、さり気なさを装って侍女に聞いてみた。

私よりも若い彼女は、まだ儀式を見たことはないだろう。けれど人づてに話くらいは聞いていると思ったから。

しかし返ってきたのは、求めていた答えではなかった。


「私もまだ見たことはないんですけど、『聖女はその身をもって穢れを祓う』と言われていますね」


それだけなら知っている。小さいときから何度も聞かされてきたから。

でも、詳しい内容は前日に知らせるしきたりだからと、誰に聞いてもそれ以上は教えてもらえなかったのだ。

今までは、しきたりならば仕方がないと諦めてきた。けれど今は、聞きなれた『その身をもって』という言葉がとても不吉なものに思えた。


先ほどの少女の「身を捧げる」という言葉。

もしかして儀式では、自分の身にとてもよくないことが起こるのではないだろうか。


そんな考えが浮かび、慌てて打ち消した。

そんなはずはない。

孤児だった私を、小さい時から大事に育ててくれた神官の皆。親の顔は知らないけれど、神殿の皆のことは家族のように思っている。その彼らが、私を危険な目に遭わせるわけがない。


けれど、そう思っても不安は消えない。

直前まで詳細が知らされない儀式。

神についてはたくさん教わったけれど、聖女についてはただ清く優しくあれとしか言われなかった。

先代の聖女たちについて聞いても、「あなたは知らなくていいことです」と何も教えてはもらえなかった。


今、彼女たちはどこにいるのだろう。


儀式が終わった後、彼女たちはどこに行ったのだろう。


神殿にはいない。


神殿にいる聖女は私だけ。


私がただ一人の聖女。


二十年に一度の儀式を執り行った聖女たちは、ここには一人もいない。


そのことを、ひどく恐ろしく感じた。


儀式が近づいているから、神経が高ぶっているだけだ。

きっと彼女たちはどこかで幸せに暮らしている。


そう自分に言い聞かせてみても、不安は消えない。


どこかってどこ?

もしそうなら、教えてもらえないのは何故?





-----



儀式を翌々日に控えた日。

膨らんだ不安に耐えきれなくなり、私は神殿を抜け出した。

一人で神殿の外に出るのは初めてだった。けれど儀式の準備のために慌ただしくしている中、誰にも気づかれずに抜け出すのは存外簡単だった。侍女や街の女たちのようにフードを深く被ってしまえば、聖女だと気づかれることはなかった。



「…儀式………聖女………」



フラフラと街を彷徨い歩いていると、いつもなら聞き逃してしまうような小さな声が耳に入ってきた。儀式について、少しでも知りたいと思っていたから気づけたのだろう。

盗み聞きなんていけない、などと言ってはいられなかった。今は少しでも情報がほしかった。安心できる情報が。

だから道端で話し込む人たちにそっと近づいて、耳をそばだてた。


「おじさん見たんでしょ、どうだったの!」


声をひそめつつも興奮した様子で子どもたちがたずねる。

それに対して、どこか自慢気に年かさの男が答えた。



「前回のは凄かったぞ。聖女の首がポーンと飛んでな!」





…………………………………は?




首が、飛んだ…?




一瞬、頭の中が真っ白になった。


聞き間違い?



「血も噴き出してなーーー」



そんな……嘘………


体がぐらりと傾ぎ、壁に手をつく。

先を続ける男の声。それを聞いてはしゃぐ子どもの声。

聖女が死ぬということに対して、ショックを受けている様子はない。

むしろ嬉しそうに、鮮明に、前回の儀式の様子を語る。


信じたくない……ああ………でもきっと………


聖女の儀式は、聖女の命を以て執り行われるのだ。


崩れ落ちそうになる膝をなんとか堪えて、その場を離れた。





儀式について、詳しく教えてもらえないはずだ。


他に聖女がいないはずだ。


身寄りのない自分が、聖女に選ばれるはずだ。






だって儀式で、聖女は殺されてしまうのだから。



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