第三話:転生者狩り
「どれどれ、軽く見積もって百匹以上か。帰ったら、じゃんじゃん換金できそうだな」
「女性もいっぱいいるな、うへへへ…… 前の白髪女なんか、超別品じゃねーか」
あくどい微笑を見せ、酒場一帯を見回す三人衆。
血で真っ赤に染まった顔の所々と、身を包んでいる鎧と肩に乗せる武器以外は、これといった特徴はなし。右端の男は肥満体質で、左端の男は背がかなり高いぐらいか。特別に筋肉がついているわけでもなく、特別大勢の女性を引き付ける面を持っているわけでもない。
一般の男子大学生の領域を全く脱さない、平凡な外見。
よくアニメやらラノベの挿絵で見た、テンプレ通りの転生した勇者の格好。
間違いない。
こいつら、多分日本人だ。
俺と同じで、大学生か社会人になったばかりの歳だと推測する。
「お前ら、気を抜くな。近場の転生者集落を守る為の魔物駆除、クエスト失敗は許されない…… ここで一気に叩くぞ」
背丈、体格、顔の威厳に関しては真ん中の男が一番見劣る。ザ・普通だ。
彼の一言を皮切りに、端の二人の表情は真剣なものへと様変わりする。恐らく、彼がリーダーだろう。
他の二人と違い、彼の手には大剣ではなく、男子なら誰もが憧れるであろう漆黒の長剣が禍々しいオーラを放つ。天井から照らされる明かりも一切刀身から反射せず、ただただ黒一辺倒だ。
「特に前の少女…… 奴は恐らく彼らの一員――― 転生者狩りだ」
剣先を上げ、酒場の奥、つまりディンや俺、退いてきた魔物達の方向へと向ける。明らかに、宣戦布告のポーズだ。
その刹那、背中に寒気が走る。
殺気。ギロチンの時もそうだが、本能は死の恐怖に対してこんなに敏感なのか。
隣から「ひっ」と、怯えた声が耳を通り、反射的に身震いしてしまう。
体内に残留してた先程食った肉塊の熱量はもう切れ、酒場内を漂う凍り付いた空気を体が鮮明に感じ始めている。
「…… 君たち、退きなさい。何もしなければ、ここは穏便に見逃してやります」
口先だけでなく、ディンも応答するかのように、黒刀と綺麗に相反する純白な刀身を前方へと睨み返す。
「何を偉そうに、女。そう睨んでくると、折角の美貌が勿体ないぜ」
「生憎、私はあなた方みたいな畜生共と遊んでいる暇はないんでね。早く立ち去って貰いたい」
「おうおうおう、甘いのは外見だけで口内は中々毒々しいね…… 異世界人は、なぜみんな野蛮なのかね?」
「所詮は魔物達と戯れる者たち、全員ただ人の形をした魔物だ」
徐々に熱量がエスカレートしていく舌戦。言葉を交換する度に切迫感が増幅していき、口先での前哨戦はそう長く持たないと誰もが感じただろう。
「魔物は駆逐すべき相手、駆逐されなければ我々転生者が狩られてしまう……」
右端に立つ肥った男は大剣を肩から振り落とし、勢いよく地面へと叩き付ける。全身を前かがみにし、体重を足へと溜めているかのように一瞬静止する。
剣の握りをギュッと固め、ディンは目の剣幕をより一層深くする。
「俺たちがやっている事は、ただの正当防衛だ!」
叫びと同時に、進行の跡に床の破片を撒き散らしながら、デブ勇者は飛んできた。
肥満した体からは想像できないほどの爆速的なステップを刻み、一瞬でディンの目前へと迫っていた。
大剣の重みに身を委ね、男は弓を引くように上半身をしならせた。腕の筋肉にほんの少し圧力をかけ、残りは身体の反発を頼りに、剣先で空から地べたへと斜めの放物線を落とす。
体格に見合わない速度に惑わされたのか、初動が一歩遅れたディンは一太刀を完全に避け切れず、刀を際どい所でギリギリ受けきる。
「何を――― る、ディ――― を助けろ!!」
…… あれ?
誰かがそう、叫んだ。
「今のうちに逃げろ!」
「子供たちを先に! 大人共は最悪戦いに参加しろ!」
「フリューゲル共、頭上からの誘導頼むぞ!」
いつの間にか、警戒で静まり返っていた魔物と異世界人一同が、剣戟を背に走り出していた。
だが、最初の一声は何か違う。周りからではない。
何を――― る、ディ――― を助けろ。
心なしか、自分の声と似ている。
いや、間違いなく自分の声だ。
今度は、心の声か?
ディンと最初に会った時もそうだ。あの時も確か、心の奥から何かが呼び掛けていた。
ディンを、知っていると。
そして今度は、恐らく、彼女を助けろ――― と。
「コウハクも逃げて! お願い!」
あほ面で立ち尽くす自分を、ディンの叫びが叩き起こす。
その直後、撥ね退けた大剣の飛び台に、ディンは男の頭上へと舞った。空中で一回転し、腕に勢いをつけたまま下方へと振り落とす。
白い剣筋は狙った肩を寸分の狂いもなく射止め、断裂された鎖骨の砕く音が響く。刀身が通った道筋から血のしぶきが溢れ出す。自分が斬られたわけではないのに、不意に肩に手を置いてしまう。
肩から下へと数センチぐらい沈んだところ、ディンは素早く剣を獲物から抜き、もう一度その腕を宙へと上げる。
上へと撒き散らした血しぶきを刃でなぞりつつ、今度は左肩に照準に振り落とした。
左肩から右の横腹を一直線に辿る、素早い赤い線。
その線を境に、血しぶき一滴垂らさず、男の胴体が緩やかにあるべき場所から零れ落ちた。
滑らかな断面を見せつけながら、残された下半身が倒れる。
「くそっ、太郎のやつめ、先走りしやがって!」
休む暇なく、長身勇者とザ・普通勇者もディンへと剣を振りかざす。
「くっ…… !」
動きのキレ、速度、太刀筋。全てにおいてディンは勝っているが、一撃を撥ね退ける度にじわじわと後退していく。数の暴力で、あっという間に日本男児二人は彼女を背後の壁へと押し込んでいた。
「――― 何をしている」
まただ。自分の中から、声が。
「戦え、俺」
激しい頭痛に見舞われ、反射的に目を閉じてしまう。
よろける意識を支えるべく、頭を抱えようとしたら、手が丸まっている事に気付く。
しかも、何かを握っている。
ポタ。ポタ。
自分のすぐ下からだ。
水? なんらかの液体が落ちる音だ。
「うおおおおおおおおおおお、さすがコウハク殿!」
「くーーーっ、俺も参戦するぞ!」
「辞めろ、お前では足手まといだ! 今はとにかく逃げろ!」
「野郎ども、ディン様とコウハク様に任せろ! 迅速に避難せよ!」
後ろから絶え間なく聞こえていた喚き声は、いつの間にか歓声へと転じていた。
「記憶なしで、これほど戦えるって…… 全盛期と比べ鈍いけど、さすがだね」
隣りから、柔らかな声が耳に届く。
「でも、いくら強いからって言って、目を閉じながら戦うのはお勧めしないかな」
目を閉じながら、戦う?
目を開けたら、信じがたい光景が眼前に繰り広げられていた。
足元には、長身の転生者が胴体に刻まれた深い切り傷を抱えながらもだえている。傷口から垂れる赤色の液体は既に上半身全体の大きさにも及ぶ円を描いていた。
咳き込みながら何か言おうとしているが、言葉の代わりに血塊が口から零れ落ちる。
目線を手元へ動かすと、そこには血塗られた指先と、その間から剣の柄が覗き出る。生々しい感覚が手の平から延長線上にある腕へと伝わる。
自分の目で見ていない。自分で実行した記憶もない。
そもそも、「やろう」と考えもしなかった。
未だにディンからの説明を聞いていない。
本気で、そろそろ聞かないと、頭が狂いそうだ。
だが、これまでの事を全部踏まえると、説明なしでも俺はひとつの結論に辿り着けた。
――― 自分の中に、もう一人いる。
正しく言えば、もう一つの記憶がある。
「異世界の俺」だ。
彼こそが、隣の少女が、この世界の住民たちが求めている「俺」だ。
「見たか、転生者どもよ――― これが我々、転生者狩りの実力だ」
隣の「異世界の彼女」は、誇らしげに宣言した。
瀕死状態で地を這う長身男の数歩先に、最後の一人が剣を構えていた。浅い切り傷が身体中散見でき、疲労と焦りが交じった息を切らす彼の姿は満身創痍そのものだ。
「我が名はディンドン・レイズ! 我がパートナー、コウハク・アルバと共に、貴様らの極刑を執行する!」
少女は再び剣先を男の胸へと向け、相対するものがつい数分前お披露目した不穏な笑みを遅ればせながら返却する。
「これで、貴様だけだな…… 言っただろう、引くべきだと」