第一話:二十三年振りの凱旋
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「ディンドン・レイズ…… あなたの彼女よ」
純白な髪と全身を覆う白銀の鎧が、彼女の微かに赤めいた頬を強調する。
彼女の魅了につられたのか、俺の頬も熱を帯び始め、全身に残留していた緊張と恐怖が浄化されていくのを感じる。照れたまま静まり返す俺が面白く見えたのか、少女は照れ笑いを返す。
「ディン様、彼が味方とは…… 一体どういう事ですか?」
ひと時の静寂を、厳つい処刑人の粗く深い声が遮る。少女の緩やかな表情は一変し、真剣な眼差しを処刑人へ向ける。
「この男は、コウハク。皆さんもご存じの、かの有名な転生者狩り。やっと、向こう側の世界から帰還できたようね」
え、……
と、周囲一帯にどよめきが広がる。ついさっきまで場内を蔓延してた怒気と憎悪の熱は、既に過去のものとなっていた。
金髪の男性も、銀髪の女性も。リザードマン、獣人、ゴーレム、フリューゲル、妖精も。誰一人も動揺を隠さず、反射的に目を広めたり口を手で覆ったりする。
「あ、あのコウハク殿だと…… ?」
沈黙していた広場の後方から、人狼らしき者からぽつりと一言が響く。それを発端として、広場を埋め尽くす人の塊が一斉に前方へと体を倒す。膝を勢いよく地面に付け、頭も下げる。両手を頭の先へと伸ばし、掌も地へと。
息を吸い込む音を前置きとし、全方向から渾身の大声が届く。
『よくぞ、ご無事で!!!』
総勢数千人以上ぐらいか。広場に集まる全員が陳謝する姿はあまりにも衝撃的で、俺は無意識に体を一歩引かせた。
…… マジで、何が起こっている。
数秒前まで、心無い罵声を浴びせてきたのに、この様変わり。
何もしてなかったのに処刑されそうになったのも意味不明だったが、今のこの光景も同等かそれ以上だ。
先程まで威勢のよかった処刑人も、おでこを地へと固く叩き付け、模範的な土下座を披露している。全身を全力で縮め、震えた声で彼は嘆いた。
「コウハク殿、大変申し訳ございません! 外見があまりにも変わっていた為、この様なご無礼を…… いかなる処分を受けますので、どうかお許しを―――」
「はいはい、反省会は後で。流石に二十三年もたってて、外見もあっち側のままだと分からないよね…… 私は勿論、分かったけどね」
ふふん、と誇らしげな笑みをしながらディンは最後の一言を俺へと向けた。時を同じくして、俺の手を引っ張り、ここから移動することを示唆する。
「まずは、ゆっくり休もう。話は、その後にしましょ」
疲弊している俺に配慮してくれたのか、ディンと言う少女はゆっくりと手を引き、時々ふらつく身体を支えてくれながら中央広場から外へと誘導してくれた。
立ち上がった広場の者どももすっと道を開けてくれ、気遣わしげな表情で俺達の歩みを見守る。
広場を抜け、隣接の建物が挟む路地裏に辿り着いたところで、少女は民衆に向けて一礼のお辞儀をする。それに伴い、広場の一同も深々と頭を下げた。
さっきの土下座に、今のお辞儀。あれほど怒り狂ってた集団が、こんなに統率が取れた敬意を示す様に違和感しかない。
「さあ、行こっ。私の――― 私たちの住処はここからそう遠くないわ」
物静かな路地裏を歩き始めて、俺はようやく考える余裕を得た。
突然すぎる、異世界転生。最初の出来事が、まさかの処刑。
違和感の連発だらけで、考えを放棄したい。
そもそも、俺は何故、ここに来れたのか? ただの夢なのか?
だが、それ以上に引っかかるものがある。
…… 何故だ。
俺は、この子――― ディンドン・レイズを知っている。
ただのデジャヴか。それとも、気のせいか。
記憶の奥から、何かが叫んでいる。俺は、このディンドン・レイズと言う名の少女を知っていると。
彼女の微笑み。風でふんわりとなびく白髪。彼女の物柔らかな一言がもたらす、心の安心感。
全ての感覚が、彼女から放たれる馴染みのあるオーラを歓迎する。
――― おかしい。こんな筈はない。
こんな事は、あってはならない。
そう。
なんせ俺には、武崎芽吹と言う、心に決めた相手がいる。
こんな浮ついた気持ちは、持ってはいけない。
理性が呪文のように唱える様に、絶え間なく自分にそう言い聞かせる。浮つく本能を必死に封じ込めようとするが、俺の目線は相変わらず彼女に釘付け状態で、右手も彼女の手中から逃げようとしない。
広場を抜けて、数秒後か。聞き飽きた処刑人の叫びが、後方から轟く。
「…… では、気を取り直して。本日、皆に伝えなければならない事がもう一つある」
一度咳き込み、処刑人は音量を更に一段間上げる
「恥ずかしい事に、この度の失態は我々転生狩りの確認不足によるものだ。皆様にご迷惑をお掛けして、申し訳ございません。 ――― ですが、ここ最近の数日間で間違いなく、近辺で違う転生者がもう一人現れたと言う報告が出ております。奴を必ず捕らえ、被害を最小限に抑える必要があります!」
「…… コウハク、どうしたの? 早く休みましょう」
横で思案顔を見せる少女を気にせず、俺は足を止める。
俺は、これを聞く必要がある。
ただの直感。その直感に、身体が律儀に従順する。
「人物像は黒髪! 黒目! 淡麗で整っている可愛らしい顔をしているが、憎たらしい転生者で変わりはない! 惑わされずに迅速な捕獲を皆に要請する!」
手元のノートに必死に書き込む者や、拳を固く握り締める者を散見できる。広場の集団は徐々に高まる処刑人のテンションに便乗し始め、冷めつつあった熱気が盛り返してくる。
民衆が前置きの言葉をしっかりと気に留めた事に満足した処刑人は、顔をより一層険しく変貌させ、高らかに公表した。
「かの者の名は――― 武崎芽吹!」
雄叫びが広場を駆け巡り、静まっていた民衆が再び大いに咆哮を上げる。
周りの喧噪が頭の中を渦巻き、その中に吸い込まれるかのように俺の意識は現実から遠ざかった。
ディンドンが補充してくれた安心感も、意識と共に俺の手の内から逃げていく。
「懸賞金は相場の数倍、五百万ヴェリス! 武崎芽吹を、転生者を捕らえよ!」
――― 芽吹も、この世界にいる。
考えてみれば、当たり前の事だ。彼女も異世界へと召喚されている筈だ。
正直に言うと、あまりにも信じられない事象である為、目の前で消滅を見届けたのにも関わらず、今まで本当かどうかを頭のどこかで疑っていた。だが、これで確定だ。
つまり、芽吹と再会できる可能性がある。
彼女と、また一緒になれるかもしれない。
いや、絶対探さなければならない。
そうじゃないと、このままだと、芽吹は―――
「コウハク? あれ、ちょっ――― どうしたの?」
ああ。
もう、考えたくない。
これまで瞼を釣り上げていた気力の糸がポツンと切れ、視線にシャッターがかかる。