3.開拓屋のガル
「おいガルいるか!? いた! やべえよ、フーダス街道が塞がった! 手ぇ貸してくれ!」
「フーダスだと!? 他の倍は丈夫って話だったろ!」
「中級か上級ダンジョンのボス級が出たらしい。そいつは倒したが最後っ屁でシイガス避けがやられた!」
昼前、冒険者ギルドに駆け込んできた国の兵士の男がもたらしたのは衝撃の報せだった。
ロロックスフィアには地表、高空、海底の三つのエリアが存在する。
一万年前に世界を覆ったシイガスは空気よりも重く、全く水に溶けない気体だった。そのため当時ほとんどが地上で生活していた人類は三つの道に別れることとなった。
シイガスが届かないはるか空高くへと昇る道。
シイガスが及ばない深い海の底へと潜る道。
そして、地上に残りシイガスに対抗する道だ。
一万年の研究と開拓によって、現在地表エリアでは三つの大陸と一つの諸島で生物の生活圏が確保されている。
『シイガス避け』と呼ばれる、シイガスを物理的に退ける魔法を都市や街道に発動しているのだ。これが機能不全に陥るとすぐさまシイガスが流れ込み、都市なら滅亡、街道なら封鎖となる。地表エリアに土地の余裕はほとんどない。都市滅亡は言うまでもなく、街道が一つ封鎖され流通が止まるだけでも大混乱となる。予防と、有事の際の復旧は国の一大事であり、シイガス避けの魔法を使える国属の魔法使いなどは昼夜問わず駆り出されることになる。
ところでガルことガルギルグルは、地表エリア、フィルスト大陸西部に位置するウェニシア王国の王都を拠点として活動している戦闘系プレイヤーだ。大柄で筋肉質な見た目の虎の獣人であり、典型的な前衛で主にタンク、装備によっては物理アタッカーもこなす。魔法は種族的にも気質的にも苦手だ。基礎的なものや自己強化くらいしか使わない。
にも関わらず、いの一番にガルに声がかけられたのは理由がある。
「手を貸すのは良いが、ただって訳にはいかんぞ。街道の復旧となるとアイテム一つ二つじゃ済まねえだろうし、そもそも冒険者は慈善活動じゃねえ」
「勿論だ。国からの緊急依頼として出す。ギルドに来たのはそのためでもあるんだ。頼むぜ『開拓屋』!」
他の奴等もな! と続けて、兵士の男はギルドの奥へと駆けて行った。
「しかしフーガス街道を潰す魔物か。ガル、今回は大当たりじゃないか?」
「おう。手付かずのダンジョンが育ったか、あるいは…ついに地表からの『裏エリア』発見かもな」
「『裏エリア』…そういやあったなそんなの」
近くにいたパーティメンバーと話しながらガルは期待に胸を踊らせる。
シイガスに覆われた地表エリアだが、どういう訳かダンジョン入口は『シイガス避け』も無しにシイガスを退ける。ダンジョン内はシイガスからは安全なのだ。というかこのメカニズムを解析して作られたの魔法が『シイガス避け』である。
『シイガス避け』は人が使う魔法だけではなく、魔道具としても存在しており、都市や街道を守るのは勿論魔道具を用いている。『シイガス避け』の魔道具には魔法に習熟していなくとも使えるものがあり、ガルはこの魔道具を多数駆使してシイガスに埋もれた未開のダンジョンを発見、探索するというプレイをしている。似たようなプレイをするものは少なくないが、その中でもガルはその手腕と成果を評価され『開拓屋』の二つ名をほしいままにしている。
そして魔物はキャラクターよりもシイガスへの耐性があるらしい。ダンジョンから出て来た魔物がシイガスをさ迷った果てに街道に入り込み暴れる、ということはしばしばあることなのだ。さすがに都市はそれ以上の防衛機能があるためはぐれ魔物の危険は格段に少ないが。
ただの通行人にとっては魔物の出没など迷惑この上ないのだが、ダンジョン開拓を生業とするガルような冒険者にとっては朗報でもある。近くに未開のダンジョンがあるという証左なのだから。
加えて今回出て来た魔物は「中級か上級ダンジョンのボス級」とのことだ。ダンジョンから出てくる魔物というのは大体が入口近くの雑魚だ。それがその強さということは…。
「ちなみにガルの勘はどう言ってる? ただの強ダンジョンか、『裏エリア』か」
「絶対『裏エリア』だ。間違いねえ!」
「ガルがそう言うならただのダンジョンか。残念だな」
パーティメンバーの落胆などテンションの上がったガルの耳には入らない。
基本的に『ロロックスフィア』のゲーム運営は新エリアのアナウンスを行わない。ただでさえ広大なゲーム世界で、ちょっとしたダンジョンなどAIが自動作成するため、運営の人間にも常に全てを把握しているわけではないのだ。例外的にアナウンスするのは、運営が人力で作成した、ゲーム的に重要な役割をもつものだけだ。それすらプレイヤーに発見された後に、場合によっては一度攻略された後に補足的に行うのみである。
『裏エリア』は二年か三年前に運営からアナウンスされた新エリアである。現在、それが最後の新エリアのアナウンスだ。当時、高空エリアから行く『天界エリア』と、海底エリアから行く『冥界エリア』の二つがアナウンスされ、地表エリアから行く『裏エリア』はまだ準備中とされた。
あれから十分な時間が経っている。さすがにもう実装しているはずで多くのプレイヤーが探し回っているが未だに発見には至ってない。
それが、ついに発見されるのだ!
勿論ただのダンジョンの可能性もあるのだが、ガルはもう信じて疑わない。善くも悪くも真っ直ぐ過ぎる男だった。
「俺等だけだと『裏エリア』の手前もかなりきつかっただろ! 何人か声かけとかないとな!」
「ちょっと待てガル! まずは街道からだぞ! それに誰に声かけるつもりだ!?」
「そうか、まとめてやっちまうならのんびりは待てねえな。近場だと…レオとか天ヶ崎とかだな。…そういや今ウェニシアにエンプティいるぞ! あいつが来るならウーナも来るかもな! よし『えんぷ亭』行ってくる!」
「待て止めろウーナは止めろ! ウェニシアが滅ぶ!」
すでにギルドを飛び出していたガルには、パーティメンバーの制止は届かなかった。




