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2.シイガスの中

予約掲載機能を使ってみたかっただけの投稿だった。


基本三人称の予定ですが、時々今回みたく一人称の話もありますので悪しからず。できるだけ統一はしたいのだけども。



 身体中の皮膚が火で炙られているようにジリジリと痛む。痛みとしては大したものじゃない。私は巨大なダンジョンのボスとして産み出された身だ。煮えたぎるマグマに落とされたしても正気を保っていられるだろう。しかしこの痛みはなんとも嫌な痛みだった。身体の中心で不快感が渦を巻いて、追いやられた魂とか精神とかそういうものが穴という穴から飛び出していこうとしているような感覚。とにかく気が狂いそうだった。

 ほとんど機械的に回復魔法を追加する。その瞬間だけはふっと楽になるが、ダメだ、全く足りない。HPゲージはまだまだ余裕だと告げる。だが違う。もうダメだ。意識を…。………。


「―――」


 清水の流れのように澄んだ声が聞こえた。何と言ったのかは分からない。もう言語を理解する余裕すら無かった。ただその声が聞こえただけで台風の目に入ったかのように荒れる心は静まった。

 限り無くゼロに近い一瞬を挟んで魔法が発動し、一気に身体が楽になる。痛みも不快感も一切残さず消え去った。

 身体の前面を、ふわりと慣れ親しんだ柔らかさが包んだ。いつも通り柔らかく抱き止め、腕の拘束が緩んだ隙に跪いて目線を合わせる。

「ごめんね、ルナ。また無理させちゃった。平気? 急に濃度上げ過ぎたね」

「いえ、大丈夫です。ウーナ様、申し訳ありません。わたしが不甲斐ないばかりに」


 今私達は障気(シイガス)の中にいる。

 シイガスとは魔鉱石(ロロック)を狂わせる気体だ。

 鉱石とはいうが、ロロックは厳密には鉱石ではない。魔力の塊だ。地中だけでなく、海中や空気中にも発生する。この世界の生物のほとんどは体内でロロックを生成し、その魔力を生命活動に用いている。また人類をはじめとした知的生物は魔法という形でもその力を利用する。

 この世界はロロックによって成り立っていると言っても過言ではない。シイガスはそのロロックを狂わせるのだ。一万年前に兵器として開発され、そして世界を滅ぼし、今でも世界を蝕んでいる。


 当然そんなものの中にいて無事なはずがない。HPは急速に削れていくし、精神にも多大な影響を及ぼすと言われている。先の通り私は狂いかけた。

 しかし目の前の敬愛する我が主ウーナ様は違う。多種多様な回復魔法を駆使し高濃度のシイガスの中でも平時と何ら変わらぬ活動を行える。虫も殺せぬ可憐な少女の形をして一万年前に失われた大地を平然と歩き渡る。

 もうずっと考えている。私とウーナ様との差は何だ。もっとも根本的な部分として、私はNPCでウーナ様はプレイヤーだ。プレイヤーは究極的には保護される立場にあり、私が受けたような精神への影響は受けていないらしい。だがプレイヤーで気が狂わないからシイガスを克服できているというのははっきりと否定できる。何故ならこうしている今この時私はシイガスの中で正気を保っているからだ。ウーナ様の回復魔法は明らかにシイガスによる精神への負担をキャンセルしている。そして私の回復魔法でも僅かながらそれができていた。故に理屈の上では私にもウーナ様と同じようにシイガスを克服できるはずなのだ。だが…。


遠い。


 ウーナ様と目を合わせていられず、下げた視界には長い真っ直ぐな自分の髪が入ってきた。ウーナ様と同じ光り輝く金色。かつてウーナ様の力を与えられて産み出されたその証だった。

 産みまれてこの方、主の名に恥じぬようにと必死に努力を重ねてきたつもりだった。実際、今までよりも濃度が高かった今回も、HPの回復に限って言えば問題が無かった。普通はこれだけでも十分規格外と評されてしかるべきものなのである。私は決して力が無いわけではない。…いや違う。有象無象と比べてどうする。私はウーナ様の足下にも及ばず、それどころか求められている水準にも達していない。私ではウーナ様の役には立たない。


「ルナ、そろそろ変なこと考えはじめてるでしょ」

 仕様もない思考を繰り返していると、顔が、頭が柔らかい温度に包まれる。ゆったりとした心地よいリズムで小さな手が私の髪を軽く梳きながら背中へと流れてゆく。

「ルナは私の自慢のルナだから。ね? ほら、良い子だから」

「………それでも、私は………、…私も、胸を張ってウーナ様の自慢のルナだと名乗れるようになりたいのです」

 頭を撫でられて落ち着きは取り戻したが、それでもやはりウーナ様の肯定をただ甘受するだけでは自分を認められないのだ。ウーナ様の優しさを私の弱さの逃道にしてはならない。


 しばらく私の髪を撫でてくれていたウーナ様は、徐に抱擁を解くと私の両頬を両手で挟んで目線を合わせてながらイタズラっぽく笑みを浮かべた。時々見られる表情でとても可愛い。…のだが。

 あっ、これまずいやつかも。

「うん。わかった。よし! それなら修行有るのみだね!ルナおうち出ていろんなダンジョン荒らして来てよ。それでスキルを鍛えて、また…そうだね二ヶ月後にリベンジしよ。それまで帰ってきちゃダメだからね?」

 へ? 帰宅ダメ? 二ヶ月も? ウーナ様に二ヶ月も会えないの?

「そんな顔したってダメー! もうけってーい! 戻れないように飛行スキル封じとくね。よしとりあえずここ出ようか。飛ぶよ! しっかり掴まっててね!」

 ウーナ様はスキルを封じるなんてことまでできたのか。それとも私相手だから可能なのだろうか。気にはなるが今は置いておく。

 飛行スキルなら私もウーナ様と遜色なくこなせるので、いつもは並んで飛ぶのだが、封じられてしまったので仕方ない。仕方ないったら仕方ない。それはもうがっちりと掴まる。というか捕まえる。絶対に離すものか。ウーナ様が前言撤回するまでは。


 そんな決意も空しく私はシイガスを出てすぐに捨てられることとなった。並のプレイヤーでは身体中の骨が砕け散る私の全力ホールドを、ウーナ様は自身の身体をぐちゃぐちゃに崩壊させることで抜け出した。死体が腐り落ちる様を早送りでもするように、ウーナ様の身体がものの数秒で崩れていくのを至近距離で見せられるのはさすがに胃の方から来るものがあった。勿論ウーナ様はそのあと自前の超弩級の回復を使ってきれいさっぱり元通りだ。全く手も足も出なかった。

「じゃあルナ、ガンバ! せめてあの程度の崩壊は食い止められるようになってるのを期待しているからね!」

 つまり回復魔法を使って崩壊しないように身体の形を保ち続ければ良かったらしい。答えを知ったところでできる気がしない。


遠いなあ!

何気なく「ガンバ、ルナ!」って書いてて笑って書き直しました。頑張るな!

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