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14.急造パーティの一悶着

「ごめん。次の探索はちょっと時間を空けたいんだけど」

 えんぷ亭に行った翌日、探索が終了して次回の予定を決める席で、クララはこのように切り出した。


 今日の探索では、十数戦の試行錯誤の果てに昨日までは見られなかったイカームズの武器の持ち替えを見ることができた。恐らく立ち回りを少し変えたことで昨日の戦闘よりもHPを多く削り、行動パターンの変化を引き出せたのだろう。

 結局は全滅して、揃ってアスウォの神殿へと死に戻りしたのだが。それでも確かな進展ではあった。

 時間は夕方過ぎ。神殿から冒険者ギルドに移動し、せっかくだけど時間も良いところなので今日は解散しようとなったのだった。


「はァ!? せっかく今日良い感じだったのに? 忘れねェうちに明日も行くべきだろ。つーか今から行こうぜー!」

「こら。我が儘言わない」

 反対の声を上げたのは、パーティのタンクを担う飛鳥だった。蓮っ葉な言葉遣いの土人(ドワーフ)の女性で、とても似ていないがソバツユの実の妹である。気は短いし空気は読まないが、タンクとしては確実に仕事をこなす実力者だ。兄妹仲は良く、今回のように組むことも多い。

 現実での都合もあるため、プレイヤーどうしで予定を決める場合にあまり無理を言うのは当然マナー違反なのだが、攻略に進展があった高揚もあって、飛鳥は言わずにはいられなかったのだ。


「リアルでの予定か? でもパーティ組む時は何も言ってなかっただろ?」

「予定はないよ」

「なら何で!?」

「イカに勝てないから」

「諦めんのかよ!」

「違う。勝つために時間が欲しい」

「………クララ。まさかレベリングする気?」

「うん」

 どこか悲しそうな顔で問うたソバツユに、クララは事も無げに返した。


 ゲームで敵に勝てないならどうするか。

 旧世代は「データを取る」と答える。プレイヤーは究極的にはゲームの全てにアクセスでき、それらを使えば必ずクリアできるように全てのゲームはできているのだから。

 新世代は「レベリングする」と答える。AIによる自動作製すら可能となった現在、特にオンラインゲームにおいて、人が到達できる限界というものは無くなったと言っても過言ではない。成長の余地は常に残されているのだ。


 ちなみにプレイヤーのレベルシステムが存在しない『ロロックスフィア』においては、新たなスキルの取得や所持するスキルの強化、立ち回りの練習などを指してレベリングと呼ぶ。


「………ちょっと時間を空けたくらいでなんとかなるの?」

 クララはすでにトップと称されるプレイヤーである。主なスキルは大抵取得しているし強化もしきっており、数日のレベリングで劇的に強くなることなどない。

 勿論そんなことはクララに自身も分かっていた。

「武器を替えようと思ってる。かなり癖の強い弓だからしばらく練習したい」

「ほう。クララ君もついにその弓を手放すのかい!」

「ドクター、別に手放す訳じゃない」

「とは言え、もうずっと別の弓を持ったことすらないだろう? いやはや、クララ君がどう進化するのか、実に楽しみだよ」


 妙な緊張の漂うクララとソバツユのやり取りに口を挟んだのは、急造パーティのもう一人のタンクであるMr.Dr.(ミスタードクター)だった。

 白衣風の装備を好んでおり、知的な見た目と口調だが、プレイスタイルは防御一辺倒で脳筋の一言に尽きる。実際に頭が良いのかどうか、周囲の評価が割れる男だ。

 普段から微妙に空気の読めない発言をすることも少なくないドクターだが、今回はそれが良い方向に作用した。場に流れていた変な空気が霧散したのを感じ、白樺が予定決めの再開へと舵を切る。


「クララ様。レベリングにはどれほど時間が必要とお考えでしょうか?」

「一週間は欲しい」

「クララ君、そんなに短くて良いのかい?」

「あんまり空けても皆に悪いから」

「……でしたら、次の探索は十日後ということでいかかでしょうか?」

 白樺の提案に反対はなく、それで予定が決まった。



 予定を決め解散してからすぐにクララは他のメンバーを残して冒険者ギルドを出ていった。白樺と急造パーティのヒーラーもその場でログアウトしたので、ソバツユ、飛鳥、ドクターの三人だけが残った。


 ソバツユは冒険者ギルドのテーブルで、クララの後ろ姿が出入り口のドアの向こうに見えなくなるまで眺めていたが、ドアが閉まるとともに深く息を吐いて目を閉じた。

 その行動が心を落ち着かせ意識を切り替える為のソバツユのルーティーンであることを、妹の飛鳥はよく知っていた。実は自分に似て内心に熱いものを秘める兄が、その衝動を制御する為の儀式だ。下手に邪魔をして逆鱗に触れた経験が何度かある。

 ソバツユが再び目を開いたのを見計らって、飛鳥は口を開いた。


「どォしたよ兄貴。そんなにクララのことが好きだったのか?」

「………そうきたかぁ。…うん。恋愛感情はないけど、プレイスタイルは好きだったかな」

「………? 普通の魔法弓じゃねェのか?」

 クララは森人(エルフ)の魔力の高さを活かした魔法弓を得意とする。プレイヤースキルの高さや洗練された立ち回り故にトッププレイヤーと称されてはいるが、そのスタイル自体はよくあるものだ。

 特段、あの兄が心を乱される程のものではないはずだ。疑問符を浮かべる飛鳥に対し、解説を始めたのはドクターだった。


「ふふん。クララ君の凄さは、あの弓にあるのだよ」

「………普通の弓だろ?」

「普通の弓だとも。それなりのステータス補正があるくらいで、他にはこれと言った効果も無いシンプルな一品だ。装備としては中級といったところだね」

「中級? 縛りか? なるほどな、それは凄ェわ」

 中級と上級の装備では、単純なステータス補正値がおよそ二倍差あり、特殊効果も含めると最大で五倍程のスペック差があると言われている。

 装備毎に使用感が変わるので特定のものを使い続けるプレイヤーは少なくないが、中級装備を使い続けながら上級プレイヤーとなることなど普通ではあり得ないのだ。ましてやトップと称されるプレイヤーの持ち物ではない。


「………クララは立ち回りの研究に精を出すことはあっても、弓を替えようとしたことは僕の知る限り一度も無い。そんなクララが良かったんだ。なのにここに来て弓を替える、それも「かなり癖の強い弓」にだよ。まるで別人だよ」

「…アタシには、兄貴は何が気に入らねェのかやっぱり分かんねぇけど、クララが強くなるなら別に良いじゃねェか」

「せっかく素質があるのに、ただ強い装備と強いスキルを持っただけの、ただの強いプレイヤーに成り下がるのが面白くない」

「面白くないって………」

 結構我が儘な理由でクララに失望していたらしい。滅多に表には出さないが、ソバツユは少なからずこういう所がある。

 

「ソバツユ君。恐らくだが、それなら杞憂だと思うぞ」

「…何で?」

「昨日エンプティ君に会ったのだが、彼はクララ君とも会ったと言っていた。タイミングからして彼が一枚噛んでいると考えるべきだろう」

「まさか新しい弓ってエンプティの…?」

「しかも「癖の強い弓」だよ」

 そうと聞いて自然とソバツユの口角が上がる。


 エンプティの作る装備には、「真っ当に強い物」と「エンプティが使えば強い物」がある。どちらの装備も彼の動画にも時々登場しており、えんぷ亭を訪れたプレイヤーには装備を薦められた者や譲り受けた者もいるらしい。当たりと外れが激しいことは有名だった。

 ソバツユはエンプティの動画は全てチェックしているし、なんなら彼謹製の装備を持つプレイヤーに直接見せてもらったこともあったので、勿論そのことは知っていた。ちなみに見せてもらった装備はドの付く変態装備だった。


 状況から察するに、クララは変態装備を手に入れたとみてよさそうだが、問題はそれをクララが使いこなせるのかどうかだ。

「十日で足りるのかな? そもそもクララは使いこなせるようになるのかな…?」

「エンプティ君は売る相手は選ぶから、いつかは使えるようになるのだろう。十日で足りるかは彼女次第だね」

「クララ次第………なら安心か。………飛鳥、行くよ」

「………お?…は? いや何処にだよ?」

 男二人で何か盛り上がってんなァ、と完全に気を抜いていた飛鳥は、急に立ち上がったソバツユに反応するのが遅れてしまった。

「あのダンジョンだよ。僕等もやれることをやるよ」

 ソバツユはそう言い残して、飛鳥が立ち上がるのも待たず冒険者ギルドを出て行った。


 あまりの速さについていくことができず、ドアの向こうに兄の後ろ姿が消えたところまでを呆然と眺めて、飛鳥は深い溜息を吐いた。その様子を見てドクターはニヤニヤと笑っている。

「ふふふ。やっぱり君達兄妹はよく似ているね」

「アタシはそう言ってんだが誰も聞かねェんだよ」

 飛鳥は返しながら立ち上がる。一歩踏み出した所で立ち止まり、つーかさ、と切り出した。

「エンプティに手ェ貸して貰えば良いんじゃねェの?」

「勿論、会った時に打診はしたとも。「メンドイ」の一言で断られたがね」

「…自由な奴ばっかだな」

「ははは、飛鳥君も見習うと良い」


 ドクターの軽口は鼻で笑って流して、飛鳥はソバツユの後を追う。

 元々飛鳥は直ぐにでもダンジョンに再挑戦したかったのだ。飛鳥(タンク)ソバツユ(バッファー)の二人だけではまともな攻略とはいかないだろうが、おおよそ自分の希望通りになったので、細かいことはどうでも良かった。


急造パーティざっくりと人物まとめ。種族、役割、髪色、特徴の順です。本編では特に書いてない(書けなかった)設定もありますのであしからず。


クララ……森人(エルフ)、魔法アタッカー、紅髪の三つ編み、クールビューティー

白樺しらかば……鹿の獣人(ビースタン)、物理アタッカー、白髪、老執事風

ソバツユ……純人(ヒューマン)、バッファー、蕎麦つゆ色、基本良い人

飛鳥あすか……土人(ドワーフ)、物理タンク/アタッカー、焦げ茶のショート、基本自己中

Mr.Dr.(ミスタードクター)……純人(ヒューマン)、物理/魔法タンク、黒髪もじゃもじゃ、なんか偉そう


もう一人ヒーラーがいますが、上手いこと本編で登場させられてないので割愛。無口キャラに設定したのが悔やまれる。

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