13.クララの苛立ち
「ねえ、剣振り上げてる! 上、気をつけて!」
後衛から警戒の声が飛ぶ。最前線にいるタンクがその声に従って重厚な大盾を持ち上げたが、目の前の敵から繰り出されたのは斧の横薙ぎだった。
体をねじり盾を地面に叩きつけるように下ろすことでなんとかその一撃は防ぐが、体勢は大きく崩された。続く連撃で八割近く体力が削られる。
「てんめェふざけんな、何回目だ!」
「ごめん! さっきはあれで剣の振り下ろしだったのに!」
言い合うパーティメンバーを見てクララは溜息を吐いた。
「…今回も無理そうだね。撤退しよう」
確かに急造のパーティではある、連携のミスはいくらかあって然るべきだろう。しかし多少の連携ミスくらいなら容易に補えるメンツは揃っていた。それなのに、最初の戦闘からずっとこんな感じで進展が無い。
「はあ、これで中ボスとか調整ミスじゃない? 全然パターンが読めない…。急に僕等に攻撃したりもするし…」
「中ボスかは確定ではないけどね」
「そうだけど…ダンジョンボスが出るには浅すぎるし」
前衛が下がってくるサポートをしながら、クララは先程指示を誤った後衛の男、ソバツユと話をしていた。
ソバツユはバッファーメインの兼業ヒーラーである。名前と同じく蕎麦つゆ色の髪と目を持つ純人だ。色は意識して揃えているらしい。先程はミスしたが普段は冷静に周りを良く見ることができる、質の良いバッファーである。
「まさかクララはあれがダンジョンボスだと思ってるの?」
「いや。雑魚からすでに動きが読めなかったし、順当に中ボスだと思ってる」
「結局ゴリ押しで来たもんね………はあ」
そうこうしているうちに恙無く全員が中ボス部屋の手前まで撤退できたようだ。撤退の手際ばかり良くなっていく。
海底エリア、都市アスウォの程近く。ベアブッカ海溝の深部に新たに発見されたダンジョンのまだまだ浅い層。
上級プレイヤーばかり六人で結成されたこの急造パーティは、もう数日も中ボスと思しきイカの魔物に足止めを喰らっていた。
十本の足に一つずつ異なる武器を持ち、それらを順々に振るう巨大なイカ、だれが呼び始めたのかその名もイカームズ。威力の高さと手数の多さから対応仕切れず、一時撤退して中ボス部屋前で体勢を整え再戦、というのをもう何度か繰り返している。
「さて皆様、いかがなさいましょうか? 今一度挑むのか、アスウォに戻るのか。僭越ながら私はアスウォに戻って策を練るべきかと」
全員に問いかけたのは白樺だった。痩身な鹿の獣人でテクニカルな攻めを得意するアタッカーである。老執事然とした風体で、見た目に違わず常に穏やかに、理性的に話ができるので自然と急造パーティのまとめ役に落ち着いていた。
メンバー達からの反対も無く、連れだって来た道を戻っていく。その道中でも雑魚敵は湧くので倒しつつ進む。
ここは海底エリアのダンジョンではあるが、途中からは内部には空気が充ちており、陸上と同じように動くことができる。有気ダンジョンと呼ばれるタイプのダンジョンだ。
この有気ダンジョンだが、海底エリアでも浅い海では少なくないが深くなる程にその割合は少なくなっていき、海溝の深部となると他に例がない。
現れる魔物は深海生物を模しているものが主だが、陸上や空気中でも行動できるように爬虫類や両生類が持つような足や羽が生えている。他のダンジョンでは確認されていない新種の魔物だ。
「鬱陶しい! ちょこまか逃げんな!」
こちらの攻撃を巧みに回避する二匹の羽付きラブカに、気の短いタンクは大盾の広い面を使って無理矢理にシールドバッシュを当てた。真芯でとらえることなどできず、両方ともなんとか大盾の縁に当てただけだったが、それでもスキルの効果が発生し一瞬だけ羽付きラブカの動きが止まる。
その隙に白樺とクララがそれぞれ一匹ずつに攻撃を加え、二匹の羽付きラブカは地に落ちることとなった。
その様子を見ながらソバツユがクララにだけ聞こえる声で話しかけた。
「ねえクララ、そもそも対策が立てられると思う?」
「…白樺はデータ派だし、ソバツユも敵を見る方でしょ」
「実際僕は見誤ってるし、白樺さんの分析能力も僕と大きな差はないと思うんだけど。クララは見てて何か掴めた?」
「…いや、さっぱり」
「正直、他のメンバーには期待できない。上級がこれだけ揃ってこれだ。………ツケが来た、僕はそう思ってる」
「………」
そこまで言ってソバツユは何も言わなくなった。
ツケ、と言われてクララにも思い当たる節が無いでもなかった。しかし、そんなことを言っても今更だ。
ソバツユの言葉を意識の外に追いやり、雑魚敵に高火力の一撃を打ち込んだ。
○
アスウォの冒険者ギルドに戻り対策を話し合うも、今までと変わらず、これといった案は出なかった。今日のところは解散となって次回の予定を決める。と言っても皆上級プレイヤーだ、大概ログインしているので、また明日となったのだが。
解散後、とっとと冒険者ギルドから出たクララは馴染みの武器屋を目指して商業区域へと赴く。
クララの得物は魔法弓だ。ファンタジーでよくある魔力で矢を形作って放つスキルもあるが、同じくらいの頻度で既成の矢も使う。今日の攻略でも少なからず消費したし、明日もそうなりそうなので、矢の補充をしておきたかったのだ。
光が届かぬ海底の真っ暗な道を、店々の看板や建物から漏れ出る光が照らす。
クララはなんとなく、いつもより道が暗い気がしていた。頭の中には、あまりまとまらなかった中ボス対策の話し合いと、それなのに明日も攻略へ行くことへの軽い苛立ちがあった。明日も行ったところで進展は望めるのだろうか。
武器屋への道中で、クララはとある小さな店に明かりがついているのに気がついた。迷わずドアを開く。
カラコロン。
「あ、ごめん。まだ準備中なんだ…ってクララか、久しぶり。あ、そうだ、ウーナの伝言、ありがとうな」
「エンプティ、こっち戻ってたんだ。…いい加減ウーナと仲直りしたら?」
「俺は別に良いんだけどな。ただ会う機会が無いんだよ」
「エンプティが海底にいるからでしょ。それに会いに行けば良いでしょ?」
「メンドイ」
風来坊たるエンプティだが、ここ一、二年はアスウォを拠点としていた。時々、他のエリアにも行っているが、大半はここ『えんぷ亭11号店』にいる。珍しく海底エリアに来たウーナがすれ違ったのは本当に運が悪かったのだ。
「ウーナもこれのどこが良いんだか。…ルナって子はもう良いの? ウーナ、エンプティが適当にやってたら『えんぷ亭』壊してまわるって言ってたけど」
「………店舗は攻撃無効オブジェクトなんだが。でもウーナだもんな…」
ウーナには都市を丸ごと滅ぼした実績があった。
「そういや、なんか用だったか? 弓ならちょっと前に面白いの作ったけど」
「いやいらない」
エンプティの言う「面白い」装備は、大抵がエンプティくらいしか使いこなせない変態装備である。それを分かっているクララは一も二もなく断る。
そしてエンプティに問われて始めて、クララは自分が条件反射的に『えんぷ亭』のドアを開いたことに気付いた。
「ごめん、特に用事はなかった」
「なんだそりゃ、珍しい。…なんか悩みでもあんのか?」
そう、エンプティは妙に察しの良い男である。
エンプティに言われて、クララの頭にはソバツユの言葉が甦ってきた。クララには特にそれが悩みだという認識はなかったが、どうせなら、と思って聞いてみることにした。
「…エンプティは世代間論争についてどう思う?」
「時間の無駄」
即答だった。
「………それだけ? 」
「うん」
世代間論争。VRゲームが発展・浸透していく過程で生じた議論である。
細かいことは割愛するが、要するに「操作の難しいVRゲームにおける数値や計算式の重要度の議論」だ。データを重視するのが旧世代、重視しないのが新世代である。
旧世代は新世代の質の低下を嘆き、新世代は活かせもしないデータを讃える旧世代を鬱陶しく思う。
「エンプティはデータ派じゃないの?」
「思想で言えば、確かに俺はデータ礼讚主義だから旧世代ってことになるけど、結局プレイヤースキルがないとデータも意味ないしな。なんだかんだ言って、今も昔も変わらず上手い奴が上手い。下らない言い争いしてるよりも練習するなりデータとるなりの方がずっと良い」
「………でも、エンプティは強い…」
クララにしては珍しく、随分と拗らせていたらしい。
エンプティは過去にも、彼の動画を見て似たようなプレイスタイルをやりたいというプレイヤーから相談を受けたことが何度もあった。その多くが、身の丈に合ってないのでやめておけ、で終わったのだが。
(何でそんな嫌そうな顔で言うんだよ………)
クララの様子からは、見るからに止めて欲しいんだろうな、というのが伝わってくる。なまじクララならデータ派としても十分いけそうなものだから、エンプティはどう返したものかと頭を悩ませることとなった。
「…例えば、ウーナは計算式なんて全く理解してないぞ」
「そうなの?」
「ああ。なんならスキルのリキャストすら数字で把握しているかは怪しいところだ」
「…さすがに嘘でしょ」
「…多分まじだ。「なんとなく」とか「これくらい」とかで俺から見ても理想的な仕事をする。昔は酷かったんだぜ? でも経験則だけでそこまでできるようになった。ま、強けりゃなんでも良いんだよ」
「………!」
エンプティの結論は、きっと言う者を選ぶ言葉だ。本当に強い者でなければ、途端に陳腐になってしまう。
それでも、クララの胸にはストンと収まった。
「…さっき言ってた弓、見せてくれない?」
「良いぜ。…ほい」
エンプティが取り出したものはやはり変態装備だった。ド変態だった。
「………なにこれ」
「クララならギリ使えるだろ」
「それじゃ、ありがとね。お邪魔しました」
「ちょ、なんならレンタルでも良いから! 絶対面白いから!」