10.フーダス山脈の飛竜の巣
「ありゃあ、倒せちゃった。…やっぱり強いですよね、この剣と『期待の新人』」
ウェニシア王国南部、フーダス山脈の山中にアオイはいた。山中とは言え森林限界をとっくに越えており、目の前に広がるのは砂礫ばかりである。
通称『飛竜の巣』。その名の通り、見上げると上空には数匹の飛竜の陰がある。ボスの確認されていないダンジョンだが、そこに至る道中が過酷であるのと件の飛竜が強敵であるため攻略難度は高め。中級の上の方といったところだ。
間違ってもチュートリアルを明けたばかりのプレイヤーが来られるダンジョンではないのだが、エンプティがあっさり売り渡した装備とかエンプティに壊れと評されたスキルとか、アオイはいろいろ間違えちゃっていた。「どこまでいけるか、行くだけ行ってみよう」のつもりで来てみたら攻略できたのだ。攻略サイトを見て構えていた本人も困惑である。
アオイの足下に転がっていた飛竜の亡骸は既に消滅しドロップアイテムへと姿を変えていた。
「えっと…やったぁ『緑の適応ロロック』! 一発ドロップとはついてます! 後は飛行スキルがあれば高空エリアに行けるんでしたっけ。………オフラインもこれくらい情報あったらもっと楽だったのに」
プレイヤーはゲーム開始時に地表・高空・海底のうちから一つ初期エリアを選択できる。選択しなかったエリアに行くためには各『適応ロロック』と移動のためのスキルが必要となる。
ちなみに適応ロロックはそれぞれの色の名前にあわせて『~石』と呼ばれる。『緑の適応ロロック』は『緑石』だ。
「飛行スキルはアーザクラム公国でしたっけ。じゃあ一度下りますか………あれ? 女の子? こんな所に一人で…ああコロボックルさんか。だったらむしろやり易いですよね」
山を下りようと歩き出したアオイが遠くに見つけたのは、一人の小さな少女だった。光る金色の髪に白いゴシックロリータ。まるで人形のような可愛らしい姿だ。
とても戦闘向きの格好には見えなかったが、全種族で最も魔法に長ける妖人ならば、厳つい防具も武器も必要あるまい。空を自在に飛び回るので攻撃を当てにくい飛竜だが、長射程攻撃をもつ魔法系のプレイヤーならそれほど苦戦しないだろう。アオイは独りでにそう納得した。
実際には長射程攻撃があっても飛び回る対象にそれを当てるのは簡単ではない。普通は攻撃役の他に、飛竜の注意を逸らしたり動きを止めたりしてアシストする役が必要となるのだ。一人で倒せる敵ではない。
ちょっと常識が抜けているアオイと違い、その辺りの事情をきちんと知っていた妖人の少女――海底からさっさと上がって来ていたウーナは、一人で、しかも見るからに物理アタッカー然とした格好で『飛竜の巣』にいた藍色ポニテの先客に驚いていた。
見覚え無いけど上級のプレイヤーかな? それでも飛竜を物理でソロってかなり難しいんじゃない? などとウーナが考えている間にも、アオイはウーナのいる方へスタスタと歩いて来ており、すれ違いざまに声をかけられる。知り合いでもないので別にわざわざ挨拶しなくとも良いのだが、アオイは未だにチュートリアルが抜け切れていないのだった。
「こんにちは!」
「あ、うん。こんにちは………えっ、その剣!」
反射的に挨拶を返したウーナは、アオイの腰にかつての相棒が愛用していた剣の一つが提げてあるのに気付いた。遠目では気付かなかったが、すれ違う程近ければ見間違いはない。ドロップ品を元にエンプティ自身がいろいろ手を加えた一点物だ。同じものは存在しない。
「その剣どうしたの!? あなたエンプティの知り合い!? どんな関係!?」
「え、ええと? とりあえず落ち着いてください!」
興奮したウーナをなんとか落ち着かせたアオイは、剣に関するあらましを説明する。一通り聞き終わったウーナは、それでも訝しげな顔をしていた。
「うーん…いろいろ信じられないなぁ…」
「そう言われましても」
「あっ違うの。アオイちゃんを疑う訳じゃないんだけどね?」
エンプティは物に対する執着が少ない。高性能のアイテムであっても、その上位互換の物を手に入れるなどして使うことがなくなればあっさりと手放してしまうのだ。つまり…。
「…エンプティさんはこの剣の上位互換を持っている、ということですか。…これも破格の性能ですよ?」
「…信じられないでしょ?」
「…はい」
それから、とウーナは続ける。ともすれば嫌味にも聞こえてしまうので、ウーナは努めて明るく言った。
「アオイちゃんがオンラインに来たばかりって言うのもちょっと信じられないよ。いくら武器が良くてもここまで来られないよ普通」
「そうでしょうか? オフラインクリアしていれば、武器が多少悪くてもここまでは来られると思いますよ?」
「…ん? オフラインクリア?」
オフラインからオンラインに出てくることはチュートリアル終了と言われることが多い。細かい言葉遣いだが、「クリア」という言い方にはなんとなく引っ掛かるものがある。
似たような言葉を最近見たな、というウーナの思案顔も気にせず、アオイは続ける。
「まあ、武器がかなり良くなければ飛竜までは倒せなかったとは思いますが」
「…ん? 倒したの? 飛竜を? ソロで? 剣で?」
「ええ。すごいですよね。この剣」
「………ねえ、オフラインクリアしたら何があるのか聞いても良い? 嫌なら良いんだけどさ」
「いえ、別に良いですよ?」
アオイの口から、オフラインから出て来ずに全てダンジョンをクリアすると常時発動スキル『期待の新人』を入手できることが語られる。そしてその効果というのが…。
「『基礎スキルの効果を十倍にする』………ぶっ壊れだよそれ。エンプティが動画で何も言わない訳だよ。…それとも一度出て来てたら取得できないのかな? そんなの聞いたことないけど…」
「強いとは思いますが、ぶっ壊れというほどですか? 結局、上級スキルの方が効果も高いですし」
「基礎スキルはクラス関係なく使えるでしょ? しかも効果量が低い代わりに固定値でステータスに依存しない。それが十倍だと大体中級スキル並みかな。つまり、『期待の新人』があればクラスやステータスに関わらず中級並みの役割をほぼ全部一人でこなせるようになるの。正直、運営の頭を疑うレベルだよ。ゲームバランスが崩れちゃう」
基礎スキルは初心者が使うことを想定しており、そのためにかなり特殊な仕様である。効果の低さだけがネックであるのだが、それさえなければ十分に強スキルなのだ。
そして当然だが基礎スキルにはエンプティが攻略で使っていた強化スキルや回復スキルだけでなく、物理・魔法の攻撃スキルなども存在する。その全てを中級レベルで扱えるとなると、他方向に能力を伸ばしにくい『ロロックスフィア』において最高レベルのオールラウンダーとなるのだ。
そこにさらにクラスやステータスに基づくスキルを使えるのだ。弱い訳がない。
「という訳で、アオイちゃんは多分唯一の基礎スキルを極めたトッププレイヤーだよ。おめでとう。パーティプレイはともかく、ソロのPvPならほんとにトップかもね」
「…そんな小説ありますよね。私は好きです」
「冗談はさておき」
「冗談なんですね…」
「私がいるからね。ソロでトップはないかな」
「…え、それはどういう」
「アオイちゃんにお願いがあるんだ。『期待の新人』はできるだけ秘密にして欲しいの。信用できる人以外には教えないで欲しい」
「スルーですか。…私は別に良いですけど、そもそも教えても簡単には取得できないと思いますよ?」
アオイも、基礎スキルを鍛え、何度も挑み、様々な立ち回りを試し、一月以上かかってようやく倒せたのだ。
しかし、ウーナは遠い目で何かメニューを操作し始めた。
「ちょっと待ってね。…あった。こんなのがあるんだ」
中空に現れたのは二十インチ程のモニターだった。ある動画が再生される。
「あ、エンプティさん。投稿者だったんですね。「『最初の町』をオフラインの戦力で完全攻略」ですか、あの時のアイデアってこういうことだったんですね。………って早すぎません!? あれからそんなに経ってませんよ!?」
「また変なことやってるって思ってたけど、なるほど、アオイちゃん由来だったんだ」
動画投稿者としてエンプティの知名度は高いが、アオイは攻略サイトを見ても動画を見ることはほとんどなかったために知らなかった。
動画が進む。敵の行動パターンは勿論、かなり細かい数値の解説もある。
「…すごいですね。私がやったダンジョンとは違いますけど。この動画を見ればこのダンジョンは簡単にクリアできそうです。…この短期間でここまで詰めるって何者なんですか」
「ただの変態だよ。本人は『時代遅れのガチゲーマー』って名乗ってた」
エンプティは最低限のレベルのスキルしか使っていないが、スキルの強化をすればエンプティ程のプレイヤースキルがなくともそれなりに戦えるだろう。勿論、そういうことも動画内では解説されていた。
「…という訳でね、もうこんな動画が世に放たれてしまってるんだ。今はまだいつもの誰得動画で済んでいるんだけど、『期待の新人』の存在がバレたら、スキル取得者が一気に増えてゲームが大変なことになっちゃうかもしれないの」
『期待の新人』が、後からでは取得不可能なスキルである可能性も無いではないが、そういったスキルの存在をウーナは聞いたことがなかった。なので警戒するに越したことはないだろう。
「…しかしバレないようにとなりますと、人前で基礎スキルを使えないということでしょうか? それはちょっときつそうですね…」
「ああいや、アオイちゃんは人前でも気にせず最強のオールラウンダーやっちゃって大丈夫。ただ、強さの秘密を聞かれた時に、曖昧に微笑んで誤魔化して欲しいの」
「それ難易度上がってませんか!?」
アオイのツッコミはウーナの曖昧な微笑みに誤魔化された。それはもう、見事な曖昧な微笑みだった。
そんなこんなで互いに『期待の新人』をむやみに拡げないことを約束した。頼んだウーナは言わずもがな、アオイも自分だけのユニークスキルとか大歓迎だった。…そもそも教える知り合いもいないし。
「ところで、アオイちゃんがここにいるのって高空エリアに行くため?」
「はい。緑石はゲットしたので、後は飛行スキル取ってからまた戻ってきます。先に取っておけば直ぐに行けたんですけどね」
シイガスが覆う地表からは、真っ直ぐ飛び上がればどこからでも高空エリアに行けるという訳ではない。シイガスにあてられて途中でHPが尽きるのだ。
高空エリアに行くためには、『シイガス避け』によって通行が可能となった特定のルートを行く必要がある。そのルートの一つがフーダス山脈からのものだった。
「今すぐで良ければ私が送ろっか?」
「…へ? 私、飛行スキルないんですけど…」
「上でも取れるよ?」
「…えっと、でしたら…」
「じゃ、けって~い! 早速飛ぶよ! 掴まっててね!」
言うが早いか、ウーナは飲み込めていないながらに押される形で頷いたアオイに抱きついて飛び始めた。
「え? ちょっと待って、飛行ルートってここじゃないですよね!?」
「道は自分で開くものだよ!」
「そんなアホな!」
斜めに上昇し、飛竜達の脇を抜けてシイガスに突っ込む。当然ウーナがいるのでダメージは直ぐ様回復していくのだが、気の動転したアオイは全く気付いていない。
アオイの慌て様が予想以上に酷かったので、ウーナは予定よりも早く正規のルートに入ってアオイを宥めた。
「あはは、ごめんね? そんなに慌てるとは思わなくて」
「慌てますよ! シイガスに突っ込むなんて、死ぬ気ですか!」
「死なないよ。ほら、もうダメージ残ってないでしょ?」
「…え?」
「私がいる限り絶対に死なせないから。でも、もうルート通りに行くから安心してね」
「………もう駄目ですよ」
ごめんね、ともう一度繰り返してからアオイを強く抱き締め、空へと昇って行った。
アオイちゃんどう見ても人付き合いが苦手じゃない件。