1.えんぷ亭のエンプティ
もっと書き溜めてから、と思ってたけど我慢できずに投稿しちゃう。
よろしくお願いします。
――カラコロン
「いらっしゃい。『えんぷ亭26号店』へようこそ~」
ドアベルの音に若い店主の男は顔を上げ、寸胴鍋をかき混ぜながらこなれた調子で来客へと声をかけた。
「あれ…ここって武器屋さんじゃない…ですよね? 26号店?」
「ん? 看板掛けてなかったか?…あっごめんごめん。ここにあるわ。悪いけどこれ表に掛けてくんない?」
ドアから顔を覗かせたのは藍色の髪をポニーテールに結った、どこか幼さを感じさせる若い女だった。問われた店主はカウンターに置きっぱなしだった「本日のオススメ」看板を軽い調子で客へと渡す。
女は、あっはい、と面食らいつつ受け取り、表に出て看板を掛けた。
「ありがとな。武器屋なら二つ先の通りだな。ウチにもいくつかあるから見てってくれ。看板のお礼にメシは奢るからさ」
「…ウチにもあるって、ここ、ご飯屋さんですよね?」
店内にはナイフひとつ並んでいなければ、先ほど店先に出た看板にも料理名しか書かれていない。店主も鍋をかき混ぜている。
「プレイヤー経営だとついででいらないもの売るってのがよくあるんだよ。店に売るより高く売ったりできるし。相手も選べるし」
「なるほど」
基本的には店のメニューウィンドウを開けば商品の一覧を確認できる。ちなみにメニューウィンドウの開き方は店主が設定でき、この『えんぷ亭26号店』の場合はカウンターにあるお品書きを調べればよい。
はいどうぞ、とカウンターにカレーライスの親戚とでも言うべき一皿が置かれた。話しながら店主がよそっていた料理だ。遠慮がちに礼を言って客の女が席につく。
「すごい良い匂いですね。このゲームで料理食べるの初めてです。…おいしいです!」
「まあ、実を言うとレシピは料理ガチ勢から買ったのなんだけどな。お姉さんやっぱりチュートリアル終わったばっかり?」
「はい。あ、すみません自己紹介が遅くなりました。アオイといいます! 昨日オンラインに来たばかりです! よろしくお願いします!」
「俺はエンプティですよろしくな。さて元気なのは結構だがオフラインで学んだことは一旦忘れようか」
店主ことエンプティは急に立ち上がって丁寧に頭まで下げたアオイに生暖かい目で返した。
VRMMO『ロロックスフィア』はMMOと題する通りメインはオンラインゲームであるのだが、オンラインでプレイするためにはまずオフラインモードでプレイし、オンライン許可証こと『広い世界への地図』というアイテムを入手する必要がある。
オンライン許可証を入手するまでの一連のクエストでゲームの世界観や基本的なプレイの方法を教えられるのだ。ゆえにプレイヤー達にはその一連のクエストやあるいはオフラインモードを指してチュートリアルと称されている。
「『初めて会う人にはきちんと自己紹介をしよう』だっけ。確かにプレイヤーもNPCも名前の表示は出ないけど、だからといっていちいち名乗る必要はない」
「そうなんですか? でもNPCはしてきますよね?」
「オフラインのNPCはな。オンラインのは必要な時しかしないぞ。プレイヤーどうしでも同じだな」
チュートリアルでは礼儀作法についてもとやかく言われる。オフラインモードのNPC達が口煩く指摘するのだ。そして彼等から合格をもらわないとオンライン許可証を入手できない。礼儀正し過ぎる新人はこのゲームの風物詩なのだ。
ちなみにこれに関してゲーム運営は、『ロロックスフィア』ではNPCとプレイヤーの区別が付けにくいため、プレイヤーをNPCと勘違いして起こるトラブルを防止する目的だと説明している。
「勿論オンラインのNPCでもあんまり態度が悪いと相応な対応をされる。店でもの売ってもらえなかったりな。さらに酷いと他のNPCにもその噂が広がるらしい。だからオフラインほどでなくともきちんとする必要はある。とはいえさっきみたいなのだとNPCにも笑われるぞ」
「そうなんですね」
だったらもっと優しくして欲しかったなあ、とオフラインでの日々を思いだしてため息を漏らすアオイなのだった。
○
「ご馳走様でした。おいしかったです」
「お粗末様。武器は見ていくか?」
「あっ、はい是非。…結構品揃えがいいんですね」
「スキルのためにやってると色々溜まっちゃうんだよ」
『ロロックスフィア』にはプレイヤーレベルの概念はなく、プレイヤーの強さは専らステータスとスキルに因る。
ステータスはゲーム開始時に選択する種族により異なり、クエストのクリアや購入することで手に入る『ステータスピース』というアイテムにより強化もできる。
スキルも同様にクエストのクリアや購入することで取得でき、多くのスキルは一定回数使用することで強化できる。それゆえ生産系スキルの強化のためにものが溢れてしまうというのはよくあることなのだ。
エンプティは戦闘系のプレイヤーであるが、気が向けば戦闘系生産系問わず手を出す性分だった。ちなみに『えんぷ亭』も商業関連スキルの取得・強化ために各地に所有している店舗である。…従業員はエンプティひとりなのでシャッターはほぼ降りっぱなしなのだが。
「プレイスタイルとか予算とか教えてもらえれば俺がいくつか見繕うぜ」
「うぅ、ありがとうございます」
品数の多さに目を回していたアオイには有難い申し出だった。
「スタイル…とにかく剣でスパスパ切りたいです! バサバサ倒したいです!」
「元気なやベー奴だな。嫌いじゃない」
「予算はこのくらいまでならなんとか…」
「チュートリアル明けにしてはかなり多くないか?」
当然だがチュートリアルのクエストでも報酬は発生する。それなりの数のクエストをこなさなければならないため、チュートリアル明けにはそこそこの装備一式を用意できるくらいの額は溜まっているのだ。
しかしアオイが提示した金額はそれよりもはるかに多いものだった。それは通常よりも長くオフラインでプレイしていたということである。
「外道プレイでもしていて出られなかった…って風でもないよな」
「はい。…えぇと、お恥ずかしいんですけど、元々ちょっと人付き合いが苦手でして。チュートリアルでも余計に後込みしてしまって。でもゲームは楽しいのでずっとオフラインに籠ってたんです」
「…なるほど。やっと覚悟が決まったって訳か」
さほど人付き合いが苦手というようにも見えないが、外道プレイよりは説得力がある。納得するエンプティに対して、アオイはバツの悪そうに否定した。
「…いえ、ホントは出て来たくなかったんですけど…あっちに敵がいなくなっちゃって、出て来ざるをえなくなったと言いますか」
「は?」
「オフラインで敵全部倒したんです。そしたらいい加減出てけってNPCに、出禁くらったんです」
「オフラインを出禁…つか敵全部倒した?」
出禁も聞いたこともない話だが、それ以上にエンプティの興味を引く話があった。
オンライン許可証を入手したあともオフラインモードでのプレイはできる。とはいえ、オンラインに比べてできることが遥かに少ないので、オフラインはあくまでチュートリアルのためのモードだと言われている。
移動可能な範囲は小さな町一つとその周辺のみ。そのマップはオンラインモードのマップから流用しており、『最初の町』になる町はにいくつかある。どの町が『最初の町』になるかはプレイヤー毎にランダムで決まるらしいが、あまり差が出ないようにするためか、どの町も似たり寄ったりな設定をされている。
すなわち、大した装備は売っておらず、基礎的なスキルしか得られず、周辺には超簡単なダンジョンが二つか三つと、そしてどういう訳だかそれなりスキルと装備を持った中級プレイヤーでなければクリアできないようなダンジョンが必ず一つある、それが『最初の町』なのだ。
それを全てクリアしたと。
「面白いな、それ。そのアイデアもらっていい?」
「アイデア? よく分かんないですけど…いいですよ?」
○
ところでアオイの武器である。
アオイの希望は高火力の剣士で、人付き合いが苦手とのことだったのである程度ソロでも立ち回れるのが良いだろう。
「プレイヤースキルは高そうとはいえ、ソロでってんなら攻撃極振りじゃ不味いしなあ。今の剣とできるだけ使い勝手が変わらないように…この辺だな? 」
エンプティが数本の剣をピックアップしてどうせならと現物を出す。アオイはざっと見比べてすぐに一本を選んだ。
「これにします」
「早いな。うん、どこでも使えるやつだな。ソロでやるなら良いチョイスだ。毎度あり。そうだ、これもついでにやるよ」
アオイから受け取ったコインをしまいつつ、エンプティは腕輪をひとつ取り出して渡した。
『転ばぬ先の腕輪』という、HPが無くなっても半分まで回復するという名前通りの代物で、上級ダンジョンから時々出てくるアイテムだ。
装備枠は取らないが都市などの安全圏でしか装備しておけず、一度効果を発動するとひとりでに砕ける使い捨てである。持ってるならとりあえず着けとけというのが専らの評価だ。
「いいんですか?」
「そのうち溢れかえるようになる。俺もつけてるけど発動させたことないな」
○
「それじゃあありがとうございました。腕輪大事にしますね」
死なないように気を付ける、という上級プレイヤー間での定型句だ。勿論アオイはさっき教わった。
「おう。こちらこそ」
藍色のポニーテールが揺れてドアが閉じた。
思いがけず良い出会いだった。偶には店も開けてみるものだ。
「ま、もう閉めるんだがな」
鍋なんかかき混ぜている場合ではない。
チュートリアルなんて何年も前のことだ。まずはオフラインの『最初の町』で何が得られるのか調べなければ。武器はオフラインで店に行けば確認できるが…。スキルの方はどうしたものか。
オンライン・オフラインのどちらで取得したかに関わらず、スキル取得クエストは一度クリアするともう発生ない。よってすでに多くのスキルを取得しているエンプティが今更オフラインモードをプレイしてもクエストが発生せず確認はできないのだ。
「オフラインで使えるスキル…どうすっかな。ネットに転がってりゃあ良いんだが…。最初からオフラインにだけ籠って攻略情報集める奴なんかいるか? 俺ならやらない」
客がいないことを良いことにぶつぶつと呟いていると、カラコロン、とドアベルがなった。
「ん?あ…看板出しっぱか。ごめんごめん、もう店閉めるんだ」
「ようエンプティ。店閉めるってことは今から暇だな、付き合えよ。今回のはデカいぜ。絶対『裏エリア』だ。間違いねえ」
「お前かよガル。用があるから閉めんだよ。おい座んな。注文すんな。ああもう自分で勝手につげ!」
寸胴鍋を丸ごとカウンターにのせながらため息をつく。「絶対」とか「間違いない」とかの言葉が全く当てにならない友人を無視して表の看板を取りにいった。