出逢いの野菜スープ 8
久しぶりに感じる満腹感に思わず深く吐息を漏らす。
自分でも食べ過ぎたかも、と思うけどスプーンを掬う手が止まらなかった。
「ごちそうさまでした!」と心から感謝の気持ちを込めて言葉にする。
「いえ、いい食べっぷりで見ているこちらも嬉しくなりましたよ。ねえ、ウィル?」
「……まあ」
その言葉に思わず照れてしまうけど、本当に美味しかったから仕方ない。
「本当に美味しかったです! 私、こんなにも美味しい料理初めて食べました」
この世界に来てから初めてだから間違ったことは言ってない。
その言葉を聞いてウィリアムさんもエルネストさんもとても驚いていた。
「初めてって……今までどんな料理食ってたんだよ」
「そう、ですね。冷めていて……凄く、味濃くて…………、我慢して食べてました」
「残せばいいじゃないか。無理に食うもんでもないだろう」
「駄目ですよ、お残しなんて! どんな料理も命を頂いてるんですから……食べないと勿体ないです」
そう、命を貰っている。
前世で店を営んでいた父と母から教えられた大切な教えだと思って、たとえ不味くても私は食べてきた。
でも食べるなら、ちゃんと美味しく食べたい。
それが自由になった私の願いの一つだ。
「それにしても……ウィリアムさん料理お上手なんですね。凄く美味しかったです」
作ってくれたウィリアムさんに感謝を込めて素直に伝えると何故かエルネストさんが胸を張って答えた。
「ええ、ウィリアムの料理は美味しいですよ。これでも料理人ですからね」
「なんでお前が偉そうに言うんだよ」
「ウィリアムさん、料理人なんですか?!」
「まあ……エアリーズの首都レーベンって町の外れで『緋色の小鳥亭』っていう店を営んでる。小さな店だけどな」
「私達は店で扱う食材の買い付けを兼ねてアートルムに行ってたんです」
それは料理が美味しいわけだ。
きっと他の料理も美味しいんだろうなと考えていると、美味しい料理が食べたいという気持ちが、もっとウィリアムさんの料理を食べてみたいという気持ちへと変わっていた。
「さて……満腹になったところで。マイアさんこの森を抜けたいんですよね」
「は、はい。エアリーズ王国に行きたいです」
そうだった。
私の目的はこの森を出て、エアリーズ王国へと向かうこと。
まだその目的にも達していない。
「折角なら私達も帰り道ですし、ご一緒にどうです?」
「はぁ、エルネスト?!」
突然の申し出に思わず言葉を失う。隣のウィリアムさんも驚いてエルネストさんの首根っこを掴んでいた。
「だって、こんな森の中で一人でマイアさんに行けって言ったらまた遭難しますよ。飢え死にして骨になっちゃいます」
「それにしたってお前な……!」
「いいじゃないですか、もうすぐそこまでですし。私達は首都レーベンまで行きますけど、マイアさんはどこまで行くんですか?」
首根っこを捕まれ揺らされながらエルネストさんは私に聞いてくる。
でも私はその質問にすぐに答えられなかった。
「……決めて、ないです」
「はぁ?」
「私、家出してきて……アートルム王国に、もう居られないから…………隣のエアリーズ王国に行こうって、それしか決めてなくて……」
「家出ってお前……」
ウィリアムさんの呆れたようなため息がとても心に刺さる。当たり前だ、家出して遭難してたなんて迷惑な存在でしかない。
申し訳なくて頭を上げることが出来ず、私は俯いていた。
「そうですか……家出、ねえ。じゃあ今から働き口を探すというわけですね」
「はい。一応そのつもりです」
「…………おい、エルネスト。お前何考えてる」
「マイアさんいくつか質問しますのでお答えいただけますか?」
「は、はい」
あまりに唐突な問いかけに私は慌てて頷く。
「計算、読み書きはどの程度出来ますか?」
「一応教育を受けていたので普通にどちらもできます」
「物を覚えるのは得意ですか?」
「得意という訳ではないですが、すぐに忘れるということは早々ないです」
「人見知りとかするタイプですか?」
「こうしてウィリアムさんとエルネストさんと会話は出来るので、人見知りは無いと思います」
「どんな時でも笑顔を作れますか?」
「……一応、作り笑顔は得意です」
質問の意図が掴めず私は問われた事を答えるしか出来なかった。
答える度にエルネストさんがいい笑顔になっていっている。
「最後の質問です。…………ウィルの料理を、もっと食べたいですか?」
「食べたいです!」
最後の質問が問われた時私は思わず食い気味に答えてしまった。
だって、本当に食べたかったのだ。
ウィリアムさんの作る、他の料理を。
「その質問はどういう意図だ、あぁ?」
笑顔のエルネストさんに対してウィリアムさんの機嫌はとても急降下していたようだ。
とてもカッコイイ金髪青年がメンチを切っている。
「なーに、簡単なことですよ。――マイアさん、うちで働きませんか?」
「はあ?!」
「ええ?!」
私とウィリアムさんの驚いた声がハモった。
「どういうことだ!」
「だってウィル。正直私ホールと経理掛け持ちがそろそろしんどいんですよ。ホールの仕事が終わったあと経理の仕事とか、休む暇ないんですからね。それなら、こんなにも可愛いマイアさんにホールのお仕事をお願いしようかな、と」
「勝手に決めるな!」
「いいじゃないですか、可愛い女の子がホールだとお客さん増えそうだし」
あまりに唐突な話に頭が追いついていないけど、要するに私は二人のお店に勧誘されているらしい。
エアリーズ王国の首都レーベンの外れにある緋色の小鳥亭という小さなお店だと言っていた。
ふとその時私は前世の実家の定食屋を思い出した。
父と母が毎日営んでいた小さな定食屋。
その店には沢山の常連さんが毎日のように訪れ、私も店を手伝うのが大好きだった。
そしていつか、自分もそんな素敵なお店を持って働きたいと思っていたのだ。
もう、私の気持ちは固まっていた。
「あの……雑用でも何でも構いません。私をお二人の店で働かせてください!」
地べたに土下座をして懇願する。
侯爵令嬢としていた時は何も出来なかったけど、知識が無いわけじゃない。
前世で出来たことはきっと今の私にも出来るはずだ。
それならば二人の店で働けるなら頑張りたい。
その気持ちを表すように私は頭を下げ続けた。
ウィリアムさんの深い溜め息が聞こえた。
「もういい、頭を上げろ」
言われるがままにゆっくりと頭を上げるとウィリアムさんの顔は諦めたような表情を浮かべていた。
「使えなかったらすぐに辞めさせるからな。覚悟しておけ」
「あ、ありがとうございます!」
思わず嬉しくてウィリアムさんの手を取り握手する。
何故か私の顔を見ないようにウィリアムさんが顔を背けて、それを見たエルネストさんが楽しげに笑っていた。
「ひとまず、遅いから寝るぞ。明日は早くここを立つ。寝坊したら置いていくからな」
「分かりました!」
素直に返事を返すとウィリアムさんが何かを言いたそうにしていた。
何か追加で言われるのかな、と大人しく待っていると小さな声が聞こえた。
「あと……ウィリアムさんとか、気恥しいから…………ウィルでいい」
「…………分かった。これからもよろしくねウィル、エルネストさん!」
月も見えない真っ暗な森の中。
私は新たな道を見つけることが出来たようだ。