チキンのトマト煮は仲間の証 13
「…………くくく……」
「………………ふふ……」
「ははははは!!」
「あはははっ!!」
突如不穏な空気をかき消すような笑い声がホールに響き渡る。
「あー、無理。本当にウィルのやつ全然変わんねえな!」
「流石に成長してると思ってたんですけど……ふふふっ、駄目です。お腹いたいです……ッ!」
涙目になりながら腹部を押さえて必死に笑いを抑えようとしているリコと笑いすぎて椅子に抱きつきながら笑い過ぎによる痛みに悶えるエルネスト。
笑い続ける二人に対して私は何が起きているか分からず、呆然としてしまったが説明が欲しくて様子を窺うように声をかけた。
「あ、あの……お二方、大丈夫ですか?」
「あっ、ごめんねマイアちゃん。突然笑っちゃって驚いたでしょ」
「ええ……。ウィル怒って出ていっちゃいましたけど……放っておいていいんですか?」
「大丈夫だよ。あれは怒ったんじゃなくて俺達にズバズバと言われたくない事指摘されて、恥ずかしくて逃げただけだから。本当、子供の頃からまったく変わってなくて安心したような心配なような……」
二人共満足したようにとてもいい笑顔を浮かべている。
どうやら先程のわざとらしい問いかけはウィルをからかっていたらしい。
「ん……?子供の頃って、リコさんはこの店が出来る前からの知り合いなんですか?」
「そうだよ。こいつらとはこの国に一緒に来た仲だ」
「昔、私の家で彼の父親が働いていた関係で幼い頃からウィルとリコと私の三人で一緒に過ごしていたんです。いわゆる幼馴染っていうやつですね」
(なるほど。とても仲良さそうだとは思っていたけど小さい頃からの付き合いだったんだ)
それにしても彼らの仲が良いことは分かったが、先程のやりとりの意図がまったく分からない。
きっと理由があるはずと思い、再度問いかけてみる。
「あの、それで……。なんでウィルのことからかってたんですか?」
「それはですね。……これですよ」
エルネストが示したのは彼の手にしていたフォーク、というよりもその上に乗っていたものだろう。
それはチキンのトマト煮の中心に添えるように置かれていた一枚のバジルだった。
「バジルですか?」
「ええ。この料理はですね、ウィルにとって特別な料理なんですよ」
「特別……」
「ただ店名をイメージして作っただけじゃなくて……それぞれの食材に意味があるんですよ。例えばメインのトマトはウィルの赤い瞳から。チキンはこの店の名前のきっかけを作ったプリムをイメージして」
「茄子と人参はエルネストと俺の髪色に似てるから、だっけ。その話初めて聞いたときは『乙女かよ!』とツッコんだなー」
「じゃあこの料理そのものが皆さんを……緋色の小鳥亭を表現してるんですね」
この白い皿に載った料理全てが緋色の小鳥亭を表現してると聞いて、どんな気持ちで彼はこの料理を作ったんだろうと思う。
普段の彼からは想像できないくらい素敵な話だと実感したし、確かにこの話をしたら彼の性格だと照れてしまうだろう。
(でもそれだけ、ウィルにとってこの店が……この人達が大切だって事だよね)
「そして、このバジルですが……今まで乗って無かったんですよ」
「えっ?」
「このバジルは今日初めてこの料理に追加されました。それまでは乗っていなかったバジル、そして彼の行動からしたら……このバジルは、何を意味してるんでしょうかね」
楽しげに語るエルネストの視線が痛いほど突き刺さる。
このバジルが意味するもの。
――新しく追加された食材。
――新しく仲間になる存在。
結びついた瞬間、私の顔がとてつもなく熱くなるのを感じる。
きっとこのトマトのように、真っ赤になっているに違いない。
「素直になれない性格ですけど、ちゃんとマイアさんの事を仲間と認めてるって……どんな形でも伝えたかったんですよ」
「まぁ、こうして俺達が指摘しなかったら伝わることはなかったと思うけどさ。本当に初心なんだよなー」
数日前に出会ってから私は彼らに救われてばかりだ。
食事を与えてくれた、衣服を与えてくれた、友人が出来た。
かけがえのない居場所を与えてくれた。
涙が溢れそうになるけど、こんなに美味しい料理を塩辛くはしたくない。
溢れかけた雫は指で目元を拭い、笑顔で消し去った。
「私、パンのおかわり持ってきます!」
椅子から立ち上がるとその足は別の目的のために歩き出す。
美味しい料理で気持ちを伝えてくれた彼に、心から溢れんばかりの感謝を伝えるために。
「あ、ワインも追加お願い。取りに行ったどこぞの店主が遅いから、二人で一緒にいいワイン選んできて。ゆっくりでいいからね?」
背中にかかる声は相も変わらず楽しげで、きっと私の嘘などお見通しだろう。
先程同じような事を告げて、この場所を離れた人がいたから。




