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チキンのトマト煮は仲間の証 12

 



 ウィルが両手に皿を持ってホールへとやってきた。

 部屋に入った瞬間に、美味しそうな香りが強くなって私の元まで漂ってくる。

 

 流石に四人分を一人で配膳するのは大変だろうと、手伝う為に立ち上がる。

 すると「マイアさんは座っていてください」とエルネストが代わりに立ち上がりキッチンへと向かっていった。

 既にメイン料理以外の食事の準備は整えられている。

 四人がけのテーブルには主食となるパンやグラスも用意されていた。

 

 ウィルはまるで客に料理を提供するかのように、私の前へと皿を置き、丁寧な口調で料理名を告げる。


「お待たせいたしました、当店の看板メニュー『緋色の小鳥亭特製チキンのトマト煮』でございます」


 白のシンプルな深めの皿に完熟した真っ赤なトマトで煮込まれた鳥もも肉、素揚げしてから煮込まれた茄子と人参が共に盛り付けされている。

 そして、中心には彩りを添えるようにバジルがそっと乗せられていた。


 見た目も綺麗で、とても食べ応えのある料理に思わず唾液を飲み込む。


「美味しそう……」

「美味そうじゃなくて美味いんだ」

 私の思わず呟いた言葉に先程の丁寧さを消し普段の口調で返事をしながら、空いていた隣の席にウィルが座る。

 エルネストも戻ってきたが、その手には料理だけではなく何故か赤ワインボトルもあった。


「せっかくですから簡単に改装祝いでもしようかと。マイアさんの歓迎会も兼ねて」


 手慣れたようにワインのコルクを開けていくと用意された四つのグラスへ注いでいく。

 私自身お酒は飲める歳ではあるけど、飲んだ事はあまりない。

 明日から一生懸命働かなきゃいけないのに、二日酔いでオープンを迎えるのは流石に怖いので、ほんの少しだけ味見程度に注いでもらった。


「さて乾杯しましょうか。ウィル、店長らしく挨拶お願いしますよ」

「まじかよ。はぁ……」


 大きな溜息は吐きながらもなんだかんだこの店の店長らしく挨拶してくれるらしい。

 ウィルは全員がグラスを持ったことを確認すると、乾杯の挨拶を言葉にした。


「じゃあ……緋色の小鳥亭の新たな門出と、マイアという素晴らしい仲間の歓迎を祝して、乾杯」

『乾杯!』


 四つのグラスが各々触れ合い綺麗な音を奏でる。

 少しだけワインを口にすると思っていたより口当たりは軽めで飲みやすかった。


 いよいよ待ちに待った看板メニューを食す。


「いただきます」

 前世からの習慣を忘れないように、料理に感謝の気持ちを込めて小さく呟く。


 チキンにナイフを入れるととても柔らかくてすぐに切れた。一口大に切ると真っ赤なトマトソースをたっぷり付けて、口に入れた。



「――美味しい!」



 トマトの酸味と甘味がしっかりと主張していて、チキンへと染み込んでいる。噛むほど肉汁が溢れ出て、口の中でソースと味が混ざり合っていくと更に美味しさが増していった。


「鶏肉、柔らかい……。すごく美味しい。トマトの味、すっごく濃い!」


 トマトもそうだが付け合わせの野菜もとても味が濃くて、きっと新鮮でいい野菜なんだろう。

 どの具材も味のバランスが良くて、シンプルな料理だけど毎日でも食べたくなるような美味しさだった。


 これが緋色の小鳥亭のメニューの中で一番人気なのは頷ける。

 自然と笑みが溢れて、食べる手が止まらなくなっていた。


「気に入ってもらえたならよかった」

「ウィルの料理最高だよ! 私が今まで食べた料理の中で一番美味しい!」

「お、大袈裟すぎだろ!」


 大袈裟ではない。事実、今世で一番だと言ってもいいだろう。

 何故なら温かいものが食べられる事から今までの私にとっては珍しかったから。

 やっぱり温かい料理は温かいうちに食べるのが一番美味しい。


「それにしてもこの料理が看板メニューなのは……やっぱり一番人気だからかしら」

「それもあるけど……マイアちゃん、気付かない?」


 突然リコに問いかけられて、質問の意図がわからず首を傾げてしまう。


(この料理で気付くこと? よくあるトマト煮、だよね)


 じっと自分の食べている皿を観察する。

 別段、使用している食材にも見たところ変わったものを使用してる様子はない。


 ふと、エルネストさんを見ると楽しげに笑っている。きっと彼も質問の答えは知っているけど私の手助けはしてくれないらしい。

 ウィルに至っては先程から全くこちらを見ていない。


「うう……分かりません」

「じゃあねえ、ヒント! この店の名前は何だっけ?」

「それは緋色の小鳥亭で……緋色の、小鳥」



 ヒントと言われたこれから働く店の名前を呟くと、何かが繋がった気がした。

 赤いトマトと鶏肉。



 ――緋色と鳥。



「なるほど、この店をイメージにしてるから看板メニューなんですね!」

「正解! 正確に言えば店の名前にちなんでメニューを作ったんだよな、ウィル」


 呼ばれたウィルは返事もせず、ずっと赤ワインを口にしている。

 ただ軽く頬が赤くなっている様に見えるのは気のせいではないだろう。


 そんな素っ気ないウィルをフォローするようにエルネストさんが笑いながら答えてくれた。


「この店が開店する時に看板メニューにしようとウィルが考えたんです。この料理だけはずっと開店当時から変わりません」

「そうなんだ……。思い入れのあるメニューなんですね」

「ええ、ウィルなりに色々と考えて作ったみたいで。……しかし、おかしいですねー」

「そうだな、やっぱりそう思うよなー?」


 何故かエルネストは料理を眺めながら不思議そうに首を傾げている。

 隣のリコも同じように首を傾げているが、何故か二人共笑顔で言葉と表情が噛み合っていない。


「いえ、開店当時から変わらずだったんですけど……変わってるんですよねー。不思議ですねー、リコ?」

「こんなこと今まで無かったのに、なー?」

 

 二人で意気投合して「おかしいなー、不思議だなー」と繰り返す。

 困ってるようには見えない、寧ろ演技をしているように聞こえる。


(開店当時から変わらなかった看板メニューに変化。メニューをリニューアルしたとはいえ……二人の反応が何だか変だ)


 突然、テーブルが物音を立てて揺れる。

 大きな音に驚き慌てて隣を見るとウィルが勢いよく立ち上がっていた。


「うぃ、ウィル……?」

「……酒の追加取ってくる」


 眉間に深い皺を作り、不機嫌を隠すことなく彼はキッチンへと向かった。

 無音な空気がホールに広がる。



(ウィル、怒ってた……どうしよう)



 私はただ楽しい時間が一変したことに不安を抱き、彼の向かったキッチンを見つめることしかできなかった。





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