出逢いの野菜スープ 2
ああ、きっとこれは走馬灯なのだなと感じながら私は自分の人生を振り替える。
今のマイア・シモンズの人生はある日を境に大きく変わった。
『今の』と言葉にしたけど、ここでまず私の事で語らなければいけない重要なことがある。
それは私、マイア・シモンズには前世の記憶があるという話だ。
十歳のとき、私が風邪をこじらせ肺炎になり生死の境を彷徨った時の事だ。
高熱が一向に治まらず、数日も意識不明になっていた私は突如前世の記憶を思い出した。
そこでの私は食堂を営む両親の元に生まれた。
料理の上手い父、愛想の良い母。
父の営んでいた食堂は小さなお店で、お金は無かったけど父の作る美味しい料理を毎日食べて、大好きな家族と明るく楽しい生活を過ごしていた。
大きくなった私も、高校を卒業してからその店を手伝うようになった。
小さな頃から思い続けた夢。
――いつか自分も大切な誰かの為に、美味しい料理を振る舞いたい。
そんな夢を叶える為に、父の料理を覚えながら店で働く何気ない毎日を過ごしていた。
しかし、そんな日々は終わりを迎えた。
それは足りない食材を買い出しに行っていた帰り道のこと。
突然アクセルとブレーキを踏み間違え物凄いスピードで突進してきた車に跳ねられ、私は死亡した。
やりたい事も叶わなかった、早い人生だった。
そんな前世を思い出した時は、あまりにも悲しくて高熱に魘されながら、私は涙を流し続けた。
愛する家族との突然の別れ。
親よりも先に死んでしまった不幸者の自分。
悔しくて悲しかった。
(でも、こうして私は生まれ変わった。だったら、一生懸命生きなきゃ……。今生きているこの世界を、『私』として!)
この時から私は、前世の記憶を抱きながらマイア・シモンズとしてきちんと生きていこうと幼いながらも決意したのだった。
数日も経つと風邪はよくなり、私は少しずつ回復して元の生活へと戻っていた。
しかし、前世の記憶を思い出し改めて今の環境を顧みると、とても自分にとって幸せなものではないと、実感させられるのだった。
いつも私は広いダイニングルームで、一人きりで食事を取る。
私は家族とともに食事を取ることはない。
今だけじゃなくて毎日毎食、誰かと食事をすることはない。
父と母、そして妹は既に食事を済ませている。
三人の食事が終わったあとに私は侍女に呼ばれて、一人で冷めた料理を食べる。
これがシモンズ家のいつもの食事風景だ。
しかしこれは食事だけではなく日常でも同じだった。
私の本当の母は私が生まれてすぐに亡くなり、今の母は後妻である。そして私の父と彼女の間に生まれたのが妹のリリアだ。
異母姉妹のリリアは見た目も可愛らしく両親に甘やかされるように育てられ、私は先妻の子供だからか義務的に育てられているようなものだった。
楽しげな家族達の中に私が混ざることはない。
前世の記憶が戻ってから「自分はこの人達にとっていらない子なんだな」と気付く事になったけど、何故か悲しいと思うことはなく、もう一度前世の両親のもとに生まれたかったなという残念な思いだけが残った。
幼い子供にとって残酷な話だろう。
しかし、前世で生きていた分精神が大人の私、破綻している家族の輪に入ろうとは思わず、早く自立をしようと考えた。
その方がお互いいざこざも起きない。
養ってくれるだけ幸せなものだ、と割り切ることにしたのだ。
「こんな家庭の子に生まれ変わってしまったものは仕方ないけどなるようになる、って言葉もあるから、一生懸命生きていきましょう」
と悟りを得たような気分になっていた。
しかし、そんな私にとって、どうしても我慢できないことがあったのだ。
いつものように誰も居ない部屋で静かな食事の時間。
ナイフとフォークが皿に当たる音が大きく聞こえるように感じてしまう。
今日のメニューは牛肉の煮込み。シェフが丹精こめて作ったのかナイフがすぐに通るほど柔らかい。
私は牛肉を食べやすいように細かく切っていく。
しかし、その間に私は深く深呼吸を繰り返し目の前の料理と対峙していた。
覚悟を決めて一口放り込む。
しかし一向に口に入れても喉を通っていってくれない。
我慢できない私は水の入ったグラスを手に取り飲んで流し込む。
そして心のなかで叫んだ。
「(料理、おいしくない……!)」
そう、私が我慢できないこととはこの家の料理が美味しくないということだった。
はっきり言って食べたくないと思う程、不味い。
前世の私は美味しいものを食べることが大好きで、趣味も食べ歩きと自負する程だった。
家では料理人の父の作る料理を毎日食べ、美味しい料理を食べ続けてきて舌が肥えていたため、目の前の料理の不味さに耐えることが苦痛だったのだ。
「(どうしてこの家の料理はこんなに美味しくないの? 冷めてるから油ギトギトで、味は濃すぎるし。絶対いいお肉とか使ってるのに台無しだよ! ああ、辛い、しょっぱい、油っぽい! )」
元々この国の貴族たちは濃い目の味付けで油たっぷりこってりな料理を好む。
この牛肉の煮込みも子供の私でさえ胃もたれしてしまいそうな程味が濃い。
勿論毎日出される他の料理も強く主張するかのように、こってりなものばかりだ。
しかし、それがこの国の味付けだからという理由ならまだ我慢できた。
「(熱々の出来たてで食べたらきっとまだマシだろうけど……。冷めてるから更に美味しくないよぉ…………)」
普段私が食べるとき、いつも料理は冷めきっている。
きっと両親と妹が食べる時に一番美味しくなるように作られている為だろう。
使用人達にとっても大事なのは主である父と母と妹だけ。
私は出されたものに文句を言う権利はない。
養ってもらうだけでありがたい環境なのだ。
「(それでも、これはない。作ったなら最後まで責任取って美味しくしてほしい。こんなにもいいお肉使ってるのに……勿体無い)」
前世であれば電子レンジという素晴らしい家電器具があったがこの世界にそんなものはない。
これが毎日、毎食続くので、まさに地獄。
それならば是非私に作らせてくれとシェフに懇願したいくらいだ。
しかし、シモンズ侯爵家の娘として生まれた私が自分で料理をするなんて、以ての外な行為。頼んでも許されるものではないだろう。
仕方なく食事は栄養摂取のため、と自分に言い聞かせ我慢しながら食事をすることを決めたのだった。
いつかこの家を出れば、美味しいものに出会えるだろう。
そのために早く大きくなりたいと願い続ける日々を何年も続けてきた。
そしてその願いは、意外な方向で叶うことになる。
自分にとっての人生の岐路ともなる、酷い出来事によって。