チキンのトマト煮は仲間の証 9
突然追い出されるように店から外に出されて、扉の前に二人、呆然と立ち尽くす。
ウィルが慌てて文句を言おうと中に入るために扉に手をかけるも、鍵が閉まっていて入れなくなっていた。
「(これは、何かの策略なのだろうか)」
慣れないウィルとの二人きりの状況に、どうすればいいか分からない。
混乱しているのが態度に出ていたのか私を見たウィルが大きな溜息の後に「後で覚えてろよ」と小さく呟く。
やはり彼は私と一緒に出かけるのは嫌なのかも知れない。
「あ、あの……」
「行くぞ。ここに居ても何も出来ないからな」
思わず私が声をかけると、ウィルがそのまま歩き出し始める。
慌てた私は彼に置いていかれないよう、急いで後ろを付いていくように歩き出した。
今日もレーベンの大通りは騒々しいほど賑わっている。
しかし、今の私は楽しむ余裕はないと言えるだろう。
「す、すみません……通してください!」
それは想像以上に人が多いから。
前世の満員電車を思い出しそうな程人が通りに溢れて、少しでも余所見をすると先を歩くウィルからはぐれてしまうからだ。
人の隙間を縫うように、前へと進む。
しかし、一向に彼との距離は縮まらない。
(は、はやい……)
お互いの身長差からくる歩幅の違いもあるけど、ウィルの歩く速さが私より早いのだ。
少しでも近づきたいのに、周りの人の波に溺れかけて普通に歩くことさえ困難になっている。
せめて迷子にならないように、彼の綺麗な金色の髪を目印にして追いかけていると、彼が後ろを振り返り私を視界に入れた瞬間驚きの表情を浮かべた。
ウィルの手が人波をかき分けて私の方へと伸びる。
伸ばされた手を必死に掴むと彼は引っ張るように自分の元へ引き寄せ、そのまま人通りの少ない場所へと誘導してくれた。
漸く人混みから逃れることが出来て一息ついていると、眉間に皺を寄せてるウィルが叱るように私に問いかける。
「なんでそんなに離れてるんだよ……っ! こんな人の多いところではぐれたら見つけるのも大変なんだぞ!」
突然のお叱り。
しかし、確かに歩く私が遅かったのもあるけど、私が全て悪いわけではない。
思わず溜まっていた不満をぶつけるように彼に負けじと反論した。
「ウィルの歩く速さが早いの! 私だって頑張ってウィルに追いつこうと走りたかったけど人も多くて動けなくて……ウィルを見失わないようにするのが精一杯で……」
言いたいことを素直に言葉にする度に段々足手まといになってるな、と思案してしまう。
怒りは収まったが同時に情けなさが込み上げてきた。
「ごめんなさい。このままだと私、ウィルの買い物の邪魔になっちゃうよね」
「え……あー……」
このまま彼に買い物を全て任せて大人しく店に帰ろうか。ああ、でも私は帰り道が分からない。
ますます思考の悪循環に陥ってると、ウィルが唐突に先程まで私が目印にしていた金髪が乱れるほど頭を掻く。
突然の行動に彼が何をしているのか分からず、目を丸くしていると小さな声が私の耳へ届いた。
「すまなかった……」
何故かウィルに謝られてしまった。
訳が分からず首を傾げつつ眺めていると、彼の視線があからさまに逸らされる。
しかし、ウィルの顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。
「慣れてねえんだよ、女性のエスコートとか」
「エスコートって……」
その時頭に浮かんだのは今私達がここにいる理由を作った張本人の言葉。
店を出る前に、彼に私のエスコートをするように叫んでいたのを思い出した。
彼は彼なりに、その進言を聞いて私を意識していたらしい。
「ずっと女性と関わることなんて滅多になかったから、いきなりエスコートしろとか言われても……どんなことしていいかわからなかった」
「エスコートって言われても、普通に一緒に買い物してくれるだけでいいよ。私はそこまで畏まったものより……一緒に楽しく買い物してくれるほうが嬉しい」
「……それでいいのか?」
私の願いを聞いた途端、固くなっていた彼の表情が少し柔らかくなったように感じる。
もしかしたら私と同じ様に、彼も二人きりなのを意識して緊張していたのかも知れない。
そんな彼の不器用さに触れて、思わず笑顔が溢れた。
「うん、ウィルがどんな料理作るのか考えながら買い物すると、絶対楽しそうだもの! 今日も、どんなご飯食べられるかなとか考えちゃうし……。もちろん店のこともちゃんと考えるよ! ウィルどんな料理作れるか気になるし……あれ、結局ウィルの料理のことしか考えてないな、私」
色々考えても私の思考は最終的にはウィルの美味しい料理が食べたいに行き着いてしまう。
ふと、そんな食い意地の張った私の話を聞いてくれていたウィルを見て私は息を呑んだ。
「……本当に、変わったやつだなお前は」
さっきまでとは違う心臓の高鳴りを全身で感じる。
とても顔が熱くて、きっと私の顔は茹で蛸のように真っ赤に染まっているに違いない。
だって、ウィルが初めて私に笑いかけてくれたから。
ここ数日一緒に過ごしたなかで見たことのなかった彼の笑顔に、私は驚くと同時に見惚れてしまっていたのだった。
それから私達は、いつも食材や酒を買う商店を挨拶も兼ねて廻る。
沢山の店を回り、その度にたくさんの事を優しく教えてくれた。
――この酒がスヴァル達が飲むもので、たくさん買わないとすぐに飲み干される、とか。
――この店の品は安くて品質も良いから開店当時から取り扱ってる、とか。
最初はまだまだ会話もぎこちなかったけど、いつの間にか笑い話が出来るほどに距離は縮まっていった。
メニューに関しても、今まで常連に出していた料理やウィルの作りたい料理を中心にして、今後出してみたいものは新商品として増やしていこうと決まった。
相談をしていくうちに、気付けば互いに話を交わすことは難なく出来るほど、交流が出来たようだ。
「今後、試食してるマイアが美味そうに食ってる光景を見てから決めるのも楽しそうだしな」
と、突然からかわれたときは、思わず恥ずかしくて逃げ出したくなった程だ。
帰る頃には沢山の人波に揉まれそうになっても自然と手を差し伸べてくれて、私が掴んだその手を繋いだままゆっくりと歩いてくれるようになった。
(ちゃんと出来るじゃない、エスコート)
決して言葉にはしないでおこうと私は素知らぬ態度を見せる。
きっと言葉にしてしまったら彼の不機嫌が戻ってきそうだし、出会った時に警戒していたウィルがこうして私と一緒に居て楽しそうに過ごしている事が嬉しいから。
そんなウィルの機嫌は、手を繋いでいた所をたまたま外出していた時に目撃し、帰ってきた私達を満面な笑顔で出迎えたエルネストを見て一気に急降下していったのだった。




