チキンのトマト煮は仲間の証 8
翌日、改装作業の手伝いに初めて見るこの店の常連のお客様が来てくれた。
「よっ! 久しぶりだな」
「おかえり、エルネスト。えらく長い期間店を閉めてたじゃないか」
気をつけないと入り口に頭がぶつけそうな程の高身長で傷だらけの筋肉質な身体、そしてその強靭な肉体に見合うような大きな大剣を背に担いでいる男性。
そしてその隣には同性である私が見蕩れるほど美しく、羨ましいと思うほどの胸部を持つ妖艶な女性がお店に来た。
端から見たら美女と野獣に見えるこの二人が、夫婦で冒険者をやっているスヴァルさんとサギニさんである。
「お久しぶりです、スヴァル、サギニ。来てくださってありがとうございます。急遽改装することになったので人手が欲しかったんです」
「あら、じゃあうちの旦那は役に立つけど私はいらなかったかしら?」
「ちゃんとサギニにもお仕事はありますのでご安心を。お礼はいつもの酒とウィルの料理をたくさん用意しますから」
「それを聞いて安心したわ。……その子が話してた新しい店員さん?」
唐突に私へ向けられた視線に気付いて、笑顔で挨拶をする。
「初めまして、この店で働くことになったマイアと言います。宜しくお願いします」
「マイアちゃんな。俺はスヴァル、そしてこっちが俺の嫁さんのサギニだ」
「よろしくね。よかったじゃない、エルネスト。この店に素敵な華が訪れて」
店員として二人に受け入れられたことを安堵していると、いつの間にか私の背後に居たリコが小声で私に話しかけてきた。
「マイアちゃん。めちゃくちゃにこやかに見えるけど、あれでもスヴァルのおっさんは冒険者界隈ではモンスターの方が怯えて逃げるって言われてるほど怖い剣士でさ。皆から『鬼神』って呼ばれてる人なんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「まぁ、俺からしたらそれ以上に恐ろしいのはサギニ姐さんなんだよな。なんたってああ見えて御年……」
「あら、リコ。余程命はいらないと見えるわね」
どうやら私達の小声の会話は普通に聞こえてしまったらしい。
綺麗な笑顔を浮かべるサギニが言葉を紡ぐたびに、なぜか寒気を感じる。
それは後ろのリコも感じたのだろう。
「いやいや! 命大事、超大事! サギニ姐さんはとっても美しいんだよってマイアちゃんに教えてただけですから!」
慌てて言い訳を口にするリコを見て、黙って聞いていたエルネストとスヴァルが笑い出す。
彼らから生まれるとても和やかな空気を感じて、私も自然と笑みが溢れる。
店の見た目はボロボロだったかもしれないけど、そんな事が気にならないくらい素敵な空間がここにはあったのだろうと感じた。
「そういやウィル坊は?」
「今買い出しの為に食材の保管室で在庫を確認してます。貴方達が飲むお酒を追加しておかないといけませんからね、」
「おう、たくさん用意してくれよ。遠慮なく飲むからな!」
「お礼は手伝いをしてもらってから、ですよ。早速打ち合わせしますか」
エルネストが今日の役割を皆に指示を出していく。
スヴァルとリコは古くなった扉や窓の交換や店の周辺の修繕、エルネストとサギニはキッチンで使う器具や魔石の整備。
そして、私はというと……
「マイアさんはウィルと一緒に買い出しに行ってください」
「……二人で?」
「ええ、『二人きり』で」
何故か二人と強調されながら繰り返し言われてしまったが、今日の私の仕事は買い出しらしい。
「せっかくなのでメニューの相談をしたり、今まで出してた品を覚えるために一緒に買物をしてきてください。改装の間に覚えるの大変だと思いますから」
確かに今からメニューは決めるけど、それまでに提供していた品もある。
――例えば酒などのドリンク類。
スヴァルさんたちはいつも飲んでる酒の種類が決まっているけど、これから訪れるであろう客はそうじゃない。
ウィルが料理を提供するのなら、飲み物を用意するのは私の役目になるだろう。
だから店にはどんなお酒があって、提供するのかを覚えなくてはいけないのだ。
ちなみに私はこの世界での成人とみなされる年齢は超えているけど、酒を嗜んでいたわけじゃない。
見て覚えていくしか無いのだ。
「わ、分かりました。頑張って覚えてきます!」
「その調子です。だからちゃんとマイアさんをエスコートしてくださいね、ウィル?」
「はぁ?」
後ろを振り返ると買い出しの準備を終えたウィルがホールに来ていた。
しかし、彼は何故か疑問の声を上げる。
「何の話だ」
「だから今日はマイアさんと買い出しに行ってください。二人きりで」
「おい、聞いてねえぞ!」
どうやらウィルは私が一緒に行くことになったのを知らなかったようで、エルネストが勝手に今日の仕事の割り当てをしたらしい。
「いいじゃないですか、提供するメニュー纏めなきゃいけないんですから買い出ししながら決めてください」
「だからって……ふ、二人きりって……」
ウィルの声が段々と小さくなっていく。
(私と一緒に行くの、嫌なのかな……)
嫌われてないとは思っても、彼と親しくなるのはまだまだ時間がかかるのかもしれない。
やはりエルネストと交代してほしいとお願いしようと声をかける。
「あの、エルネストさん。やっぱり私がキッチンを……」
「はいはい! そんな顔しても駄目ですよウィル。マイアさん、ウィルのことお願いしますね」
「え、あっ、はい?」
唐突にお願いされて言いたいことも言葉にできず慌てて返事を返してしまった。
私の言葉を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべるエルネストはウィルと私の手を取るとそのまま玄関まで引っ張り、そして強制的に店外へ出された。
「いってらっしゃい、楽しんできてくださいね!」
扉が閉まる前に慌てて振り返ると、出ていく私達を楽しげに笑みを浮かべて見送る常連客達と、やりきったと大満足そうな笑顔を見せて大きく手を振るエルネストの姿が視界に入ったのだった。
 




