チキンのトマト煮は仲間の証 6
本来なら翌日から早速店の改装作業を行う、予定だったけどこれから私の部屋となる物置を片付けている時、持ってきた荷物を見てエルネストが言った。
「改装の前にまずはマイアさんに必要なものを買いに行きましょう」
実はほぼ荷物を持たずに勢いのまま家を出てきた為、着替える服さえ手元に無かった。
今はウィルの小さくて着れなくなっていたワイシャツとズボンを借りている。
それでも大きめだから裾や袖を折り曲げて着ている。
確かに着る服もないと店に立って接客など出来ない。
そのためまずは皆で買い出しと決めて、次の日に早速二人と共にレーベンの大通りへと来た。
必要なものは大体ここで揃うという話を聞いていたが、様々な商店が並ぶ通りがそこにはあった。
初めて見る町並みに目を惹かれつつ、まずは今の格好ではまずいと私の服を買うために洋服屋へ向かう。
そのお店は猫耳獣人族であろう、可愛い猫耳の女性が営むお店だった。
この店の洋服はとても可愛らしいデザインが多く、値段もお手頃なのでレーベンでは女性の間で流行っているらしい。
猫耳の店長さんは入店した私を見て目を輝かせた途端、嬉々として店中の洋服を出してきて私は試着の繰り返しをさせられることになった。
二桁数試着を済ませ、疲れから助けを求めようとするもいつの間にか二人は店内から消えている。
「あ、あれ? 一緒に来た二人は……」
「お出かけしたわよ。後は頼んだって頼まれちゃいました!」
どうやら試着している間に他の買い出しに出てくると去ったらしく、置いていかれた私は二人が帰ってくるまで店長さんのファッションショーに付き合わされる事になった。
どの服を着ても可愛いと店員さんに褒め続けられ、恥ずかしさと疲れから小さな声で感謝を述べることしか出来なかったのは仕方なかったと思いたい。
私を置いていった二人は一刻後に帰ってきた。
彼らから見ても分かるくらい置いていかれて機嫌が悪そうに見えたのだろう。
「あとで甘いものでも食べに行くか」
ウィルの一言で機嫌が治ってしまったのは流石に甘すぎたか。
その頃には試着も落ち着いてたので、着替え終わってゆっくりと購入する服を選ぼうとしたところ何故か既に試着していた服は梱包されていた。
「はーい、おまたせしました。こちらが商品です」
店長がウィルとエルネストに紙袋を手渡している。それも数は両手以上だ。
「ほら、行くぞ。まだ他に行く所あるんだからな」
「ま、まって! その袋……」
どうやら二人が支払いを済ませていたらしい。
しかも今試着してサイズがあっていた服を全て購入したと聞いて驚きから目が飛び出そうだった。
確かに貴族の社交界で身につけるドレスに比べたら値段は安いかも知れないけど、それでも数が多い。
ただでさえこれから店を改装するのに、お金が足りなくなると不安になっていると経理担当のエルネストが「これぐらいの支払いなら問題ないですよ」と笑顔で語る。
「これぐらいって、相当値段したでしょ?」
「そうなのか? 女の服なんて値段知らねえし……気にするな」
それでも流石に払ってもらうのは心苦しいと思い、私の分のお金は持ってきたアクセサリーを売ったお金を渡すと言ったのだが二人に止められてしまった。
「そのまま取っておけ、いつか使うかもしれないだろう」
「必要経費ですから、遠慮しないでください。その分働きで頑張ってもらいますから」
「二人共……ありがとうございます! 大切に着ます!」
少しでもお礼を伝えたくて、深く頭を下げて感謝を述べる。
その後も休憩の後、店の改装に必要な物資を購入し続け、気付けば買い物だけで一日が終わっていた。
明くる日、いよいよ店舗改装工事の開始である。
買ってもらったばかりの服の中で動きやすく汚れても目立たないであろう藍色のワンピースを着て、いつも下ろしていた茶色の髪も気分を変えるためにポニーテールにして高く結んだ。
ウィルの作ってくれた美味しい朝食も食べて気合十分。
いよいよ開始しようと外に出ようとした瞬間、入口の扉が開かれた。
「相変わらず外れそうな扉だな。おーい、お二方、帰りましたよー……っと」
突然店内に入ってきた赤い髪の青年。
見たところ冒険者だろうか。身軽な旅装束に身を包み、肩には髪とお揃いと思ってしまうほど真っ赤な赤い羽根の鳥が止まっている。
「あ、あの……お店、まだお休み、でして……」
驚きながらも常連の客かと思った私は休業中だと伝える。
すると何故か彼は私の目の前まで移動した。そしてじっと上から下まで大きな赤い瞳で見つめられ、私の両手を握ってきた。
「こんにちは、お嬢さん。こんな可憐な美しい人に出会えるなんて、今日は何て素晴らしいんだ」
私に熱い視線を贈りながら挨拶のように甘い言葉を囁かれる。
脳内が混乱し「あ、あの……」としか声が出ない。
「宜しければこの後時間があるならお食事でも……っ、いてぇっ!!!」
どうすればいいか分からないで困っていると、突然近くでゴツンという大きな音が聞こえる。
そして目の前の彼は頭を抑えてしゃがみこんでしまった。
「店に来ていきなり女を誘うな」
いつの間にか隣に拳を作って睨みつけているウィルがいた。
どうやら彼が青年の頭に拳を落としたらしい。
「何すんだよ! 折角可愛い女の子と出会えたからデート誘ってたのに!」
「邪魔しに店に来たなら帰れ!」
音が私にも聞こえる程だから相当強く殴ったのだろう。
青年はずっと頭を抑えながら、ウィルももう一発殴りそうな勢いで互いに睨み合っている。
(しかし、この方は一体誰なのだろう)
初めて見る二人以外の人物だ。
会話の様子を見ている限り、とても仲が良さそうに見える。
「騒がしいですね。……おや、リコ。やっと帰ってきたんですか」
二人の口喧嘩が奥まで聞こえたのか作業していたエルネストが出てきた。
助かったと心から安堵していると、青年は手を上げて親しげに挨拶をし始めた。
「よう、エルネスト。久しぶりだな」
「なんですか、帰ってきて早々喧嘩ですか?」
「そうなの。俺がこの可愛い子に声かけたらウィルが怒り出してさー」
「べ、別にこいつに声掛けたからって訳じゃ……!」
どうやらエルネストとも知り合いのようだ。
三人の楽しげな会話の輪に入れず、身動きも取れない今どうしようか大人しく眺めていると青年は私を見つめながら二人を問いだした。
「それで、この可愛い子は誰?」
「新しい店員だ」
「あの、マイアと言います」
「マイアちゃん! んー、名前も凄く可愛い。改めまして、俺の名前はリカルド。リコって皆から呼ばれてるよ。情報屋をやってて、そこのウィルとエルネストとは長い付き合いなんだ。宜しくね、マイアちゃん」
そして笑顔を見せながら握ってた手を口元に近づけ、そのまま手の甲へ軽く口付けを贈られた。
唐突な出来事に社交の場で慣れていたはずなのに思わず頬が熱くなる。
そんな私達の様子を見てウィルがリコの首根っこを掴んで勢いよく離した。
「そろそろ離れやがれ」
「はいはい。それにしてもいつの間に店員増やしてるのさ。マイアちゃん可愛いから大歓迎だけど!」
「まあ、色々とあったんですよ」
エルネストが軽く私がここにいる理由を簡単に説明してくれた。
森で迷子になって、二人に助けてもらい、そのままこの店で働くことになった事。
流石に空腹で行き倒れていたことは恥ずかしいと思ってたので、言わずにいてくれて有難かった。
「ふーん。それでマイアちゃんが働く事になったわけか」
「ええ、そのついでに店も改装しようと思って、帰ってきましたけどまだ休業のままなんですよ」
「えー、折角ウィルの飯食うつもりで来たのに。……まあ、改装中なら仕方ない。また来るねー」
そう告げると手をひらひらと振りながら帰ろうとするリコだったが、すかさずウィルとエルネストが服を引っ張り阻止する。
二人共笑っているように見えたけど、目は笑っていなかった。
「何を言ってるんですか、貴方も手伝うんですよ」
「飯なら食わしてやるよ、働いた後にたくさんな」
「……まじか」
どうやら、二人の中でリコさんは工事要員として数に入ってたらしい。
少し可哀想かなと思い、手伝ってもらうお礼も兼ねて応援してみる。
「えっと……、一緒に頑張りましょう、リコさん!」
「もちろん、喜んで!」
簡単に眩しい笑顔と共にやる気を見せる彼を見て、意外とリコという青年は単純なのかもしれないと思った。