チキンのトマト煮は仲間の証 5
キッチンにいたウィルもホールに呼ぶと、私は二人を椅子に座らせる。
何事かと訝しげに見つめるウィルとは対象的に先程まで必死にフォローしていてくれたエルネストは私の反応に不安な表情を浮かべていた。
「お二人共、暫し私の話を聞いてください」
「は、はい」
一度思い切り深呼吸すると、二人をジッとにらみつけると目の前の机に両手を叩きつけて話し始めた。
「もったいないです!」
第一声の言葉を聞いて二人は何を言い出してるんだ、と困惑の表情を見せていた。
私はその二人に言い聞かせるように、言葉を続ける。
「ウィルの料理があんなに美味しいのに、大事なお店はこんなにもボロボロで! お客様もあまり来ない状態で店として成り立っていないなんて……もったいないにも程があります!! いいですか、私の率直な感想ですがウィルの料理は本当に美味しいし、万人受けすると思います! ですがこの店はまず誰が見ても飲食店と言われても分かりません!」
「た、確かに」
「私、働くならもっとウィルの料理をお客様に勧めたいです! こんなにも美味しいお店ですって自慢できるお店で働きたいです!」
「言いたい放題だな、お前」
当たり前です、まだちゃんと店舗で働いてる訳では無いけど気持ちはお二人と一緒に働く仲間だと思っています。
「昨日ウィルの料理を食べて、私本当に感動したんです。この世界にはこんなにも美味しいものがあったんだって、心からそう思えたんです。だから、もっと沢山の人がウィルの料理を食べてその美味しさを知ってほしい。その為なら私はどれだけだってお手伝いします」
家を飛び出した私が自由になってから初めて抱いた願い。
そんな願いをこれから共に歩む彼らに届くように、私は真剣に思いを言葉にした。
あまりにも熱く語ってしまい、我に返ると恥ずかしさが込み上げてきた。
話は以上です、と小さく言葉にすると近くの椅子に座り顔を見られないように頭を下げる。
「素晴らしい……っ!」
拍手と共に聞こえてきた声。
何事かと驚いて頭をあげると、エルネストが瞳を潤ませながら激しく手を叩き歓喜の声を上げていた。
「やはり私の目に狂いはなかった。マイアさん、貴方をこのお店に招いて本当によかった!」
「えーっと……エルネスト、さん?」
「何せ男二人、店を持続させることで精一杯。見た目なんて二の次でしたから。是非貴方の意見を聞きながらこの店を良くしていきたいと思いました」
私の熱い主張は彼の胸に響いてくれたようだ。
先程とは違ってやる気を出したエルネスト、対して隣のウィルは大きなため息を付くもその表情はどこか清々しい表情をしていた。
「確かに、俺自身は料理は作れるけど、どんな店が客に好まれるかはよく分からないしな」
「ええ。これはいいきっかけですよウィル。我々の店をこうして素晴らしいものにしてくれようとしてくれてるのですから」
「二人共……」
どうやら二人共私の意見を素直に受け止めてくれたらしい。
嬉しさが胸にこみ上げてきて、自然と笑みがこぼれた。
「それで、まずは何をするんだ? あれだけ大口叩いたんだから、何か考えあるんだろう?」
私を挑発するようなウィルの言葉。
彼なりに、私の行動を期待してくれていると理解して、まず私が見て問題だと思われる部分を指摘することにした。
「まずは外装を綺麗にしましょう。扉や壁を綺麗にして今よりも大きくて誰が見ても分かりやすい看板を作ればここがお店だと分かります。内装は今のままでも綺麗だから少し物を置いてオシャレにするだけで過ごしやすくなると思います。ただ、三人でやるには時間もお金もかかっちゃうかも……」
そう、今私が行おうとしてるのは改装だ。
指摘自体は無料でできても、看板の用意も扉と壁の修理も両方時間、金銭が共にかかる。
これを実行するには二人の了承を得なくてはならない。
時間はどうにか出来ても閑古鳥状態のこの店に修理費用が賄えるだろうか。
そんな不安を感じさせない笑顔を見せて、エルネストは淡々と答えた。
「お金に関しては気になさらなくていいです。人数は……声をかければ常連の人間が手伝ってくれるでしょうし。一週間もあれば足りるでしょう」
「あいつも明日には帰ってくるだろうしな」
(あいつ……?)
それならば改装の人集めや必要な物の買い出しはエルネストに任せても大丈夫だろう。
ウィルの語る『あいつ』とは誰なのかとても気になるところだが、解消しなきゃいけない問題はこれだけではない。
私はもう一つの問題をウィルに対して話した。
「あとは、提供する料理を固定化したいわ。今までのように食べたいものではなくて初めて来たお客様でも頼みやすいようにメニュー表を作りたいの。だからウィルが調理することが出来て、この店で出したいものに値段をしっかり決めていきたい」
「確かに……初めて来たお客様は何が食べられるか分からないと注文も出来ませんからね」
「……分かった。作れるものをリストにしてお前に渡す。値段はエルネストと決めてくれ」
「あとは宣伝もしないと。お店が大通りから外れてるから人の集まる場所にチラシでも作って貼らせてもらうとかして、大々的に紹介しないとね」
現時点で思い浮かぶ大きな問題はこの位だろう。
あとは問題が起きても何とかなりそうな気がする。
いつの間にか机を囲んで会議をしていると、突然外から鐘の音が聞こえてきた。
外を見るともう太陽も沈みかけて夕暮れになっていた事に気付く。
「おや、もうこんな時間ですか。では、改装準備は明日からにしましょう。旅から帰ってきてみんな疲れてるでしょうから。マイアさんも部屋に案内しないとですしね」
「そう言えば私住むところまだ決まってなかった! ど、どうしよう。今から急いで宿探さなきゃ……」
働く所は決まっていても、住む所が全く決まっていなかった事に今更気付いた私は慌てて宿探しをしようと店を出ようとする。
そんな私の心配を祓うかのようにエルネストは安心させるように優しく肩を叩いた。
「大丈夫ですよ、この店の二階に今物置として使用してる部屋がありますから。そこを片付ければ利用できるので使ってください」
「……良いのですか?」
「良いも何も、お店で働いて欲しいとお願いしたのは我々ですから住居もちゃんと用意するのはこちらの役目です。食事も賃金もちゃんと用意しますのでご安心ください」
エルネストに指摘されて今までこの店の事で頭が一杯で、自分の働く条件など何も決めていなかったことを思い出した。
「ちゃんと飯は食わせてやるから安心しろ。給与は……明日エルネストと相談して決めればいい。ともかく、それだけ大見得を切ったんだ。しっかり休んで明日から頑張ってもらうからな」
「わ、わかりました!」
きっとウィルなりの励ましの言葉なんだろう。
素っ気なく言った言葉でも、私の事を思って伝えてくれたんだと思うと心地よく感じた。
「まぁ、本来なら私達の住む家に…………と言いたいですが、流石に男二人の住む家に可憐な女性と一つ屋根の下は、ねえ?」
何故かエルネストが私とウィルを見ながら笑みを浮かべて呟く。
その言葉に思わず私は彼らと一緒に暮らす事を想像してしまい、顔が熱くなっていた。
(二人と……一つ、屋根の下……!?)
「何言ってんだ馬鹿!」
隣のウィルが慌てて文句を垂れているが、その顔がまるで茹でダコのように真っ赤になっている事に気付いてしまう。
もしかして私と同じ事を考えたのかな?と意識してしまい、更に恥ずかしくなった。
こうして緋色の小鳥亭は、新装開店に向けて大急ぎで改装作業に入ることが決まったのでした。