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チキンのトマト煮は仲間の証 4

 

 このままレーベンの町並みを眺めながら観光したい気分を抑えて、私達は早速ウィルとエルネストの店へ向かうことにした。



(二人の店ってどんな所なんだろう。街外れにあるお店だって聞いたけど……。でもウィルの美味しい料理が食べられるお店なら、きっと素敵なお店だよね!)


 

 緊張もしているけどそれ以上に高揚感が心臓を高鳴らせていく。

 しかし、そんな私の胸をときめかせる様な想いは、到着してすぐに消えることになったのだった。





「ここが、我々の店『緋色の小鳥亭』です」


 その店は街の大通りから少し距離の離れた場所にあった。

 人通りも少ない、閑静な住宅街の一角。

 耳を澄ませると子供達の楽しげに遊ぶ声が微かに聞こえるものの、今私の見える範囲にはいない。


 明らかに周りの家々とは違う雰囲気が、目の前の建物から醸し出されていたからだろう。

 

 

 私は思わず言葉を失った。唖然とした、とも言える。

 今私が一言で感想を述べるならば「ここはお店ですか?」になるだろう。

 


 入り口だと思われる木製の扉は取っ手が錆びていて、蝶番が外れているためガタついていて、今にも扉の役目を終えてただの木材になりそうだった。

 入り口の上にある小さな木材は看板なのだろうか。とても小さく、文字も掠れていてこれでは店とさえ思われないだろう。

 外壁も至るところが経年劣化のため剥がれ落ちて、大きな蜘蛛の巣が張られていた。


 まさに飲食店とは思えない、ボロボロな佇まいの店舗があった。


 思わず目を擦り、見直す。

 どう見てもただの廃墟にしか見えず、私は恐る恐る問いかけた。



「――二人の店、ここですか?」

「はい、こちらが緋色の小鳥亭です。いやー、帰ってきたって感じがします!」



 この建物で間違いないらしい。


 天災でも起きて被害を被ったのだろうか、はたまた人が居ない時期があったから老朽化が進んだのかと色々この状況に合う説明を求めて考えてしまう。

 しかし、そんな私の不安とは裏腹に幌馬車から購入してきた品物や荷物を出しながら中へ入っていく二人に私は問いかけた。



「あ、あの……お店がすごくボロボロになってますけど、これお二人が旅行されてる最中に何かあったのでしょうか……」

「いえいえ、旅行に行く前からこうですよ。見事にボロボロでしょう。私としては店舗改装したいんですけど、ウィルは料理作れればそれでいいと言って、結局この状態で営業してたんですよ」



 その言葉を聞いて馬車での会話が私の中で思い出される。


(確かに、料理以外興味はないと聞いたけど! これは、流石に興味なさすぎでしょ)

 

 二人の店でもあるが、私にとってこれから働く店でもある。

 私は勇気を出して一番聞きたかった事を素直に聞いてみた。



「……エルネストさん、お客様って来てるんですか?」

「んー。店舗名を閑古鳥亭に変えようかなって思うくらいですかね」

(ですよね! 私も知らなかったらただの廃屋としか思わないもの!)



 この状況、かなりピンチなのではと私の心を不安が押し寄せる。



「で、でも全く来ないわけではないんです。外見はこのようにボロボロですけど中はまだ比較的綺麗ですから。所謂常連が集まる小さな穴場のお店って感じですよ!」

 


 そう慌てて教えてきたエルネストがフォローするかのように私の手を取って、中へ案内してくれた。


 店内は外装に比べると確かにそこまで荒れているわけではなく、木々のぬくもりを感じられるようなログハウスを思わせる内装だった。

 天井には光を生み出す魔石を利用したクラシックなデザインの照明器具があって優しい明かりが店内を照らしている。 

 L字型のカウンターテーブルと大きめの机が4脚置かれており、そこそこ来客数が来ても座れるようなレイアウトの店舗になっていた。

 見た目は飾り気はなく殺風景かもしれないけど、温かみのあるお店とも言えるだろう。

 


「中は綺麗なんですね」

「ええ。流石に飲食店ですから店内だけは、ね。一応私が働きやすいような内装にしてます」

 どうやらエルネストもこのまま営業を続ける事を危惧しているらしい。

 


 少なくとも私はここがお店だと教えられても、絶対に来ることはないだろう。


 内装は確認できたが、まだ私はこの店がどんな料理を出すお店か全く知らない。

 不安はまだ残しつつ、もう少し詳しい店の情報を聞くことにした。



「このお店ってどんな料理を提供しているんですか?」



 キッチンにいるウィルに聞こえるように少し大きめの声で問いかけると、顔は見せないが返事だけは帰ってきた。



 たった一言、「適当」とだけ。

 


 冷や汗が流れていくのがいやでもわかる。

 そんな私の様子を見たエルネストがまるで彼のカバーをするように詳しい説明を何故かし始めた。



「あ、あのですねー。先程も言ったとおり常連しか来ないのでいつも同じメニューか食べたいものがあったらそれを頼む、みたいにしてまして……」

 


 つまり、適当にお客様がその場で決定する。

 だから適当。



 なんだろう、この湧き上がってくるような気持ち。

 定食屋の娘として生まれて、そして将来の夢が自分の店を持つことだった前世の私の精神が、心の中で叫び出していた。



(これはあまりにひどすぎる!)



 きっと二人に助けて貰わなければ私はあの森でずっと遭難して、見つかった頃には白い骨になってただろう。

 私をこの店で働かせてくれると言ってくれた二人に恩返しするなら、まずはここからスタートするべきではないか。

 

 私は意を決して言葉にした。



「ウィル、エルネストさん、お話があります」




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