チキンのトマト煮は仲間の証 3
エアリーズ王国。
私が今まで住んでいたアートルム王国の隣にある、貿易が盛んで発展しているとても大きな王国だ。
隣国アートルムとの間にある月隠の森は勿論、他の国との行き来がしやすいように繋がる道は全て舗装されている。
『何かを求めるならエアリーズへ』
外国に出たことがない私でも耳にしたことがあるフレーズだ。
交易が盛んな為人も物もその地に集まる。だから探し物をしているならエアリーズに行けば見つかるよ、という事らしい。
陸だけじゃなく、国の西側は海に面しているため様々な外国船が商いの為に漁港へ停泊し、いつも賑わっている。
国内外の人々が目当ての品物を求めて自然とこの地へ集うようになると、国や種族の垣根を越えて繁栄して行ったため、今では一番人の集まる首都は沢山の人々から親しまれてこう呼ばれるようになった。
自由都市、レーベンと。
「うわぁ……! 大きい!」
昼を過ぎた頃、明るいうちに私達は目的地であるレーベンへと辿り着くことができた。
今まで社交の場くらいしか家から出ることのなかった私は、マイアとしてこの世界に生まれて初めて見る大勢の人や賑わう街を見て興奮が抑えきれない。
名前やこの地の歴史は教養として婚約時代に学んで知っていたけど、こうして実際に目の当たりにすると驚く事でいっぱいだ。
祖国とは違う風景、行き交う人々の格好、売られている品物。
どれも興味が湧いて惹かれてしまい、無意識に口を開きながら辺りを見渡す。
その中でもアートルムに住んでる時には一度も見たことがなかった存在が、私の視線を釘付けにした。
「あれが、獣人族……」
この世界は前世の科学が発達している世界とは違い、魔石に秘められた力を利用して魔法を使うことも出来るし、人間ではない種族も複数存在するファンタジーな世界だった。
そして、今私の視界にある存在こそ、人間以外の種族の一つである獣人族だ。
人間とよく似ているけど、そこに様々な動物の耳と尻尾が付いている種族、と言ったところだろうか。
「(存在は知ってたけど、こうして見ると……可愛い!)」
今目の前では楽しげに犬の耳と尻尾が付いた獣人族の親子が買い物をしていた。
きっと目当ての品を買ってもらえて嬉しいのだろう。子供の尻尾が激しく横に振り乱れている。
この国では人間も獣人族も種族は違えど、争うことなく一緒に暮らしている。
しかし、それは自由都市と呼ばれるからこそ見ることの出来る光景。
他の国では彼らは冷遇される事も多々あり、故郷アートルム王国では獣人族は暮らすどころか入国さえ許されていなかった。
「かーわーいーい! ちっちゃい犬耳と尻尾がピコピコ動いてて、凄く愛くるしい! あ、あっちには兎の獣人族さんもいる! 凄いわ、自由都市だわ!」
馬車に乗りながら見る光景すべてが新鮮で、子供のようにはしゃいでしまう。
まだ到着して少ししか経過していないのに、もう私はこの国に来てよかったと心から思うほど楽しんでいた。
(勢いで家出したけど、来てよかった。ここならきっとやっていけそうな気がする)
今までのマイアとして生きてきた人生では味わえなかった自由を、きっとこの街で得ることが出来るだろうとこの時強く感じたのだった。
「おい、騒いでないで早く入国審査済ませるぞ」
「は、はい!」
興奮し続ける私に対して急かすようにウィルが声をかける。
外国に来てどの国でも一番最初に行うのは入国審査だ。
この国へ訪れた理由やいつまでの滞在か、もしくは永久に在住するかなどを登録するための審査である。
私は急いで入国審査を行うために二人に連れられて入国管理局へ訪れた。
その場所は街の中心地にあり、建物の中では私と同じ様に審査を受ける人々で溢れていた。
用意されていた書類に必要事項を記入する。
少し迷ったけど、シモンズの家名は書かなかった。
家出してからずっと私は、この国ではただのマイアとして生きていこうと決めていた。
国によっては姓を持たない人もいる事は知っていたから書かなくても問題ないとは思ってた。しかし、重要な審査で本名を書かない事に罪悪感を感じてしまう。
緊張した面持ちのまま私は書類を審査官へ提出するといくつか質問された。
働きに来たこと、永住する予定であること、緋色の小鳥亭という店で働くことが決まっていると答えると質問は終了した。
終わると緊張から開放されて思わず深く溜息が溢れる。
少しして呼ばれたため審査官の元へ戻ると私の名前が書かれた手形がそこにあった。
「お疲れさまでした。こちらが入国手形となります。身分証にもなっていますので大切に保管してください。出国の際も必要となります。万が一紛失した場合はすぐに当局へご連絡ください。再発行もこちらで行うことが出来ます」
「あ、ありがとうございます」
あまりにもあっけなく終わった審査に驚き、不安から思わず後ろに居たウィルとエルネストに問いかける。
「ほ、本当にこれで入国していいの?」
「ああ。自由都市って言われてる通りこの国は入国する人々が多い。だから審査自体は案外簡単にできる。だがその分この国で問題を起こした場合それ相応に厳しい処分が課せられる」
「来てもいいけど、悪い事したら遠慮なく処罰するから覚悟しておくように、ってことですよ」
そういうものか、と何とか納得していると最後に審査を担当した係員の方は私へこんな言葉をくれた。
「ようこそ、エアリーズへ。貴方の入国を歓迎いたします」
その言葉に思わず照れくさくて、俯きながらも小さくありがとうと返す。
祖国では居ても居なくてもいいような存在だった私。
――ここに居てもいいよと言ってもらえたみたいで、胸が熱くなった。
こうして私はエアリーズ王国に、無事入国することができたのだった。