チキンのトマト煮は仲間の証 2
朝食も済ませていよいよ出発の時間となった。
今日で四日目、この月隠の森ともおさらばである。
改めて今日の行程を聞くとエルネストさんはすんなりと答えてくれた。
「このまま何事もなくいけば、夕方前にはレーベンに着きますよ」
「え、今日着くんですか!?」
予想以上に早く目的地へ到着できることに驚きを隠せなかった。
どうやら野営していた場所は王国が交易のために整備した道だったらしく、三日間迷子になり獣道を歩いてた私は、昨日の料理の香りのおかげで正しい道へと戻れたようだ。
そして野営していた場所が、エアリーズ王国側から森へ入ってから少しの距離にある休憩用に広くなっている場所らしい。
目指していた隣国がもう目の前だと聞かされて嬉しいと思うと同時に、よくあの獣道から無事に整備された道へと戻れたなと心から安堵した。
食事が絡むと予想以上に力を発揮するのか、と自分の図太さを再認識していたのはここだけの話である。
折角なので私はエルネストの座る御者台の隣に座らせてもらうことにした。
幌馬車の荷台の中、ウィルと会話もなく長時間……というのは少し気まずすぎるし、今まで国の外へ出たことが無かったから外の世界を見てみたかった。
ただずっと景色を見続けるだけなのも勿体ないと思ったので、これから共に働くことになる二人の事を改めて聞いてみることにした。
ウィルとエルネストは幼い時から兄弟のように過ごしてきた幼馴染だそうだ。
元々は違う国で暮らしていたけど、ウィルの料理人になりたいという願いを叶えるために一緒にエアリーズ王国へ数年前にやってきた。
アートルム王国へ旅行に行っていた帰り道に私と遭遇したらしく、現在店は一時休業中にしているらしい。
思わず「そんなに簡単に店休みにしていいの?」と聞いたら、「たまにはいいだろう」と後ろに座るウィルがあっけらかんと答えたので、それでいいのかと疑問を抱きつつ納得することにする。
流れていくのどかな景色を見ながら楽しく会話を続けていると、話題はウィルの個人的な話へと変わっていった。
どうやらエルネストが私にもっとウィルの事を知って欲しいらしく、饒舌に語りだしたのだ。
「ウィルは確かに料理は得意です。しかし、それ以外のことに関しては全く興味が無いような人なんですよ。だから私が一緒に行かないとすぐに野垂れ死にしそうだと思ったんですよね」
「そ、そうだったんですか。エルネストさんがとてもお世話するのが得意なのは、そんなウィルと小さい頃から一緒に居たからなんですね」
「そう、そうなんですよ! 私がいないと何にも出来ないよなこいつとか思っちゃって! でも小さい時のウィルは、それはそれは可愛いかったんですよ。今はあんなにぶっきらぼうですけど。昔はよく私の後ろに着いて歩いてまして。あれはそう……ウィルが4歳の頃――」
「おい、命が欲しければそれ以上口を開くなエルネスト」
エルネストがウィルの小さな時の話をしようとした瞬間、今まで静かだった後ろから低く冷たい声が聞こえてきた。
見えないのに鋭い視線が突き刺さってる様に感じる。
(ひぃいっ! こ、これは絶対怒ってる!)
後ろを振り向くのが怖くてこれはどうしたらいいか分からないと震え慌てる私に対して、語りを邪魔されたエルネストは口を尖らせていた。
「いいじゃないですか、減るもんじゃないし。こうして新たにお店に店員が増えたんですよ! ちょっとくらい世間話してもいいじゃないですか」
「お前の話は世間話じゃねえだろ……! 嫌がらせにしか聞こえねえよ!」
「もっとウィルを知ってほしいからですよ。マイアさん、実はウィルはですね……」
「お前、頼むからもう喋るな!」
怒り心頭なウィルを敢えて放置するかのように再び彼の話しを始めようとするエルネスト。
「これは確かに小さな時から一緒に過ごしてるからこその遣り取りだな」と内心思いながら、私は未だに続く二人の会話を楽しく聞いていた。




