幕間 死の悲しみの淵で
フォロイアから遠く離れた地、枯れかけた草ばかりが生える荒野に大きな国があった。
高い壁は国全体を覆い、そこに住む強靭な魔物からの襲撃に対しての備えは中々にできている。
そしてその国の中央には高々とそびえ立つ灰色の城とそれを囲むように建つ、先端が鋭利に尖った六本の塔がある。
そんな城のある一室、場内でも玉座の間に次ぎ二番目に広い部屋の真ん中には木製の大きな円卓が設置されている。共に置いてある10脚の椅子は赤い布が張られ金の装飾がされた、いかにも高そうな、そんな印象を受ける椅子だ。そこには各種族の王として認められた者たちが席についている。その中でも一際豪華で威圧感を醸し出す王に相応しいものには他とは全く違う、並の人間であれば気を抜けば意識を刈り取られそうなほどの気を放つ男が座っていた。白銀色の髪はオールバック風に後ろに流しており、鋭い眼光には金色の瞳が据えられている。
「余の元に集めたのは他でもない、アウェルム・オークキングが死んだからだ」
腹の底を震わせるほど恐ろしく低い声が室内に響き渡った。仲間の死。それは身近にあるものの、いざその時が来れば受け切れるかは定かではない。声を発した男以外が固い表情になる。一層顔を痙攣らせたのは蛇の鱗を体に持つ美女だった。その目は捕食者の目を彷彿とさせる。彼女は発言を求めるために手を挙げ、それを認めて男も頷いた。
「彼を…アウェルムを殺したのは人間族なのですか?」
重苦しい声で発せられた質問に男は再度頷く。
「如何にもその通りだ。それについては余が説明するよりも適した者がおる」
扉近くに立つ兵に目線を送ると扉を開けさせた。コツコツと音を鳴らしながら部屋へと入ってきたのは金髪碧眼に尖った耳のエルフだった。
「この度は魔王閣下、その他各王への謁見、誠にありがたく思います」
仰々しくお辞儀をするエルフは凛とした態度でそう言った。
「其方はアウェルム・オークキングの最後に立ち会ったというが、それは真か?」
「はっ、その通りでございます。先程、魔王閣下がお話しされた通り、アウェルム様は1人の人間と戦い、その上で死に至りました」
それを聞いた王たちの1人、獅子の顔を持ち獣王を名乗る彼は円卓を力一杯叩いた。
「アウェルムが人間に?しかもたった1人だと?ふざけるのも大概にしろ!」
拳が落ちた箇所からヒビが入る。相当強く握りしめているのか、手の平からは鮮血が流れる。
「獣王ガレラルトよ、落ち着け。それでエルフよ、それを真実たらしめるような、我々が納得できるような証拠はあるのか?」
落ち着いた様子で話すのは、背中から翼を生やした男だ。翼がなければ人間と相違ないことを使い、彼らは人間社会に溶け込むことができる。
エルフはポケットから小さな手鏡を取り出すと、円卓の中央に置いた。何か呪文のようなものを唱えてしばらくすると空中に映像が映し出された。
それはある1人の青年を中心に展開された映像であり、ところどころ場面が切り替わるものの、やっていることに変わりはない。
青いコートをはためかせ、素手でオークを虐殺していく。殴っただけでオークたちの半身が吹き飛び、蹴っただけで刃物で斬ったかのように分断される。ゆらりゆらりと攻撃を躱し、そうかと思えば強烈なカウンターを叩き込む。一瞬であたりを血の海に変えるそれの整った顔はただただ無表情だった。
「…なに…これは」
蛇の女が掠れ声でそう呟いた。圧倒的な力にねじ伏せられ、あっという間に肉塊になっていくオークたちくぉ見てそれしか言葉にできなかった。単騎の人間が素手でここまで出来るものなのか。
「これが人間族とは、信じ難いな。エルフよ、この青年は何者だ?」
「彼は冒険者です。しかも、この惨劇が起こる1日前に登録したEランクの」
Eランクといえば冒険者の底辺だ。そんな奴が大規模なオークの集落を全滅させた、その事実に魔王を除いた全員の目が見開かれた。
「皆様のお考えもわかりますが、彼からはこの力に納得できる気を感じました。魔王閣下、あなたにならばわかるはずです」
そう言ってエルフが取り出したのは青年の魔力を気付かれないように少しだけ取り入れた魔力玉。それを見た途端、魔王の眼光はさらに鋭くなった。
「その気…彼がそうなのか。して、アウェルム・オークキングは敗北後、どのような措置を取った」
「青年が彼の方の名前を出すと、コロイヤの街に行き、今は魔道具屋の老店主に扮しているアイドリスウィル様にお会いになるように言い残しこの世を去りました」
「ーーアウェルム・オークキングは人間族の青年に託した、か」
魔王は一人納得したように下を向いた。
「…いいですか。アウェルムは…どんな最後を迎えたのでしょうか?」
指と指の間に水かきを持つ手をあげながら、水中においては右に出るものはいない、そう言われる彼女は質問した。
「私から見ますと、アウェルム様は敗北して尚自らの誇りを貫き、騎士道を押し通した、そんな印象を受けました」
「そう…彼らしいですね…」
悲壮感あふれる声はか細くなっていき、最後には消えていった。
更に思い空気が漂う中、魔王が足を組み直した。
「アウェルム・オークキングは自らの望む死に様を果たし、我らの目的へと繋げた。奴の目は曇ってなどいない。スウィーラよ、コロイヤの街のアイドリスウィルへと事の顛末を伝え、人間族の青年への協力準備をさせろ」
「はい…承知いたしました」
スウィーラと呼ばれた魚人族の女性は相当アウェルムの死がショックだったのか、覇気のない声で返事をするとゆったりとした足取りで部屋を出ていった。
我慢できなくなったのか、ガレラルトが座っていた椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がった。
「アウェルムを殺した人間に協力するってのか!?ふざけるな!また殺されるかもしれないのにか?!」
咆哮をあげるように怒鳴り散らす自分を一直線に見つめる魔王にガレラルトは一瞬たじろんだ。
「獣王ガレラルトよ、ならば其方には何か良い案があるというのか?彼の方の封印を解くには間違いなくあの青年の力が必要だ」
「ぐっ…それでもっっーー」
この話し合いで初めて感情を露わにした魔王からとてつもないプレッシャーが放たれる。重力が何十倍にも増したかのように錯覚し、地面に這い蹲りそうになるほど。
「其方は…アウェルム・オークキングの死を無駄にするつもりなのか?犬死させて満足なのか?」
的を得た言葉になんの反論もできない。俯いたまま悪態を吐くと荒々しく部屋を出るガレラルトに続き他の者も話を終えて部屋から出る。
「全ては…この世界を、否、全ての世界を守るため…創世神なんぞの好きにさせてたまるものか…!」
一人だけになった部屋で怒りと憎しみが混ざり合った感情を押し込めながら魔王が呟いた。円卓についていた手に無意識に力が入り、広がったヒビに沿って円卓が割れた。