#06 第一印象はインパクト重視
宿の女の子が部屋の扉を叩く音で目が覚めた。外はすでに明るく、ルージュも起きている。レンたちが泊まった冒険者ギルドから近い『ウサギの園亭』は冒険者の声で少しうるさいが、とてもいい朝を迎えられている。
目覚めから頭がクリアでいい朝を迎えられている。
「おはようございます、主様」
「ああ、おはよう。で、外の様子は?」
「リナに聞いた方が素の反応が聞けるかと」
そういったルージュが扉を開けると、リナが立っていた。リナはこの宿の女の子である。昨晩、レンが外に出て帰ってきた時、話している時に知った名だ。そのリナはなんだかあたふたしていた。
「おはようございます!レンさん、冒険者ギルドの前のアレ見ましたか⁉︎」
「起きたばかりなんだから知るわけないだろ。何かあったか?」
「可哀想になるぐらいすごいんですよ!とりあえず見に行きましょ!」
誘っておいて一人で飛び出していったリナを見てレンは計画通りと唇を舐めた。自分がやったことがまだそのままなら少しは面白いことになっているのではないか、と。
朝食はひとまず、リナに少し遅れて冒険者ギルドに向かった。その時点ですでに人だかりができているのが見え、それと同時に笑い声も聞こえる。レンは近くにいた男に尋ねて事情を聞いた。
「なぁ、どうかしたのか?」
「ん、お前確か昨日登録したやつだよな?いやな、面白いことになっててよ。実はな、このギルドにちょっと前から新規登録者を襲っては持ち物奪ってる奴らがいたんだけどな、遂に晒し者になってんだよ!」
そう言って男の指が示す先には、服をひん剥かれパンツ一丁にされて十字に組まれた木に貼り付けにされたトリオがいた。しきりに見るなと連呼しているあたり、恥ずかしいのだろう。トリオの前にはいかにして今に至るのかが事細かに記された板が立てられている。
それを見ると、どうやら彼らは昨日新規登録した冒険者の持ち物を狙って襲ったところ返り討ちになり、気づけばこの状態だったらしい。トリオはなかなかに恨まれていたようで、群がる数多の人から嘲笑され、近所の子供からは身体に落書きをされている。
その様子を眺めているのを見つけ、例のダンディな受付、キーランがレンに近づいてきた。
「おはようございます、レン様。昨晩は何事もなかったですか?」
「安心して夜を過ごせた。そういえば、昨日の夜に裏路地から真っ赤な炎が見えた、っていう噂を聞いたんだが、何かあったのか?」
「裏路地ですか…まぁ、何かの見間違えでしょう。レン様もご覧に?」
「いや、何も見ていない」
そんなやりとりをするキーランは実に楽しそうであった。どうやらアレの片付けはキーランをはじめとした受付の方々がやってくれるそうで、レンにはすることがなかった。
途中で見つけたリナと一緒に『ウサギの園亭』に帰り、レンとルージュの二人を見て無駄にもじもじするリナは放っておいて早速朝食を食べた。朝食はパンに野菜のスープ、チーズやフルーツのワンコインで食べれそうなモーニングセットだった。十分美味しく、その上おかわりも出来たものだから、この点だけでも『ウサギの園亭』に対するレンの評価はうなぎ上りに上昇した。もちろんベッドの状態も良く、バルナが紹介しただけある。
朝食を食べ終わり、レンとルージュはギルドへと来ていた。
ギルドでは依頼を受け、成功するたびにそれに見合った報酬とポイントが与えられる。ある程度までポイントを稼ぐと上のランクへと昇格するシステムで、上に上がれば上がるほど受けられるサービスの質も高くなる。話によると、数える程しかいないSランクにもなれば王家から直接依頼が来るらしい。ちなみに、一定期間依頼を受けていない、又は三回連続で依頼を失敗するとどんどん降格していくため、定期的に依頼を達成する必要がある。
現在Eランク冒険者のレンたちが受けられる依頼は限られており、二人だけならば街医者からの薬草採集などの簡単な依頼しか無い。しかし、自分たちより上のランクの冒険者の付き添い、という形であるなら2つ上のランクの依頼が受けられる。
依頼票が貼ってあるボードに近づくと、採集系依頼ばかりが並び、特に難しいものはない。難易度の高い依頼ほど報酬も良くなるので、レンはせめてCランクまでには上がろうと思っているところだ。
「あなたたち、昨日登録してた二人よね?」
ひとまずお決まりといってもいい薬草採集の依頼を受けようと手を伸ばした時、不意に後ろから声が聞こえた。振り返った先には金髪碧眼に尖った耳、背中には矢筒と弓を背負った女性がいた。彼女の背後にはパーティメンバーであろう二人の冒険者もこちらを見ている。
「そうだけど、アンタは?」
「あら、ごめんなさい。私はフィオーレ、Cランクの冒険者よ。ちなみにというか、見たとおりエルフよ」
隠れているもう片方の尖った耳を見せ、自らがエルフであることを示した。エルフなら納得できる胸元の涼しさ。通気性抜群ですね。
「俺はレン、こっちはルージュ。で、何か用か?」
「えぇ、ちょっと人数が足りてなくてね。なかなかの業物を持っているみたいだし、一緒に依頼を受けてくれないかなぁ、って思って。どうかな?」
「依頼内容は?それがわからないと話にならない」
「Cランク依頼ね。近隣の森のオークの群れに何人かの女の子が連れ去られてるの…無事かどうかはわからないけど、その娘たちの救出よ。危険かもしれないけど、Eランクのあなたたちにとってはポイントも多くもらえるし報酬も渡すから良いんじゃないかしら?」
オークは雌がおらず、他の種族の雌を苗床にして繁殖する。繁殖スピードの早いオークのことだ、この場合だと連れ去られた娘たちは既に孕んでいるかもしれない。それよりも精神面のショックの方が大きいだろう。にしても、オークとエルフの組み合わせは…危なくない?
「わかった、引き受ける。ルージュもそれで良いか?」
「はい、主様がされるのなら私もついていきます」
「と、いうことだ。いつから行く?」
「まだ朝だし、なるべく早く助けたいから今から行こっか。今更だけど、そっちの女の子…ルージュってオーク大丈夫?」
「あなたは自分の心配をしていてください。私は大丈夫ですので」
ルージュさんかなりドライな反応をとっていらっしゃるご様子で。が、その点に関してはレンも心配はしておらず、いざとなればホオヅキを振り回せばどうにでもなると思っている。
その後軽く自己紹介をしたところ、フィオーレの後ろにいた二人もそこでスカウトされた双子の冒険者であることがわかった。双子の兄妹でペアを組んでいるらしく、両方Cランクとのこと。こうなると何故自分たちをスカウトしたのか、するのだったら他のCランク冒険者をスカウトした方が安全なのではなかろうか、そんな考えがレンの頭に出たが、すぐに消えた。もうどうにでもな〜れ♪
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「あれがオークか。実物は初めて見たな」
「あら、そうなの?で、その感想は?」
「強いて言うなら豚と人のミックスか」
頭は豚、体は毛が生えた人のもので、一番小さい個体でも250cm以上はあるだろう。手には斧や棍棒、大剣を持っており、何かを話している。言葉を話す知能はあるようだ。
そんなオークの群れは最早村のようになっており、簡易的ではあるが家のようなものまであった。中央には大きな焚き火が組んであり、轟々と燃え盛っている。奥を見ると一際大きく丈夫そうな石造りの家がった。おそらくあそこに連れ去った人を詰め込んでいるのだろう。
持ってきていた荷物を下ろし、フィオーレが振り返って作戦を説明しようとした時だった。オークたちの間にこちらまで聞こえるほどのけたたましい鐘の音が聞こえる。
「…もしかして、気づかれちゃった?なんで?」
「いや、あいつだろ」
レンが指差す先には一匹のオークが走り去って行く姿があった。その巨躯に似合わず中々に速く、おそらくあのオークがたまたま見つけてそれを伝えたのだ。当初の目標としては見つからずに連れ去られた人たちを救出してからすぐに逃げる、というステルスミッションだったが、それは既に不可能となってしまった。
「一度隠れましょ!このままだと大群が来てしまうわ!」
「いえ、もう遅いようです。戦闘準備を」
奥から近づいてくる気配を感じ取ったルージュが【火球】を浮かび上がらせ戦闘を促す。地響きはだんだんと大きくなり、こちらに近づいてくるのが嫌でもわかってしまう。視界に見えたオークはかなりの大群で、その先頭には指揮官らしき更に大柄なオークがいる。大群は徐々にスピードを落とし、レンたちの前で止まった。
「オ前たチハ何モのダ?」
「見ればわかるだろ豚頭。人間だ。連れ去られた人間を救出しに来たんだけど、そこんとこどうにかしてくれない?」
挑発するな、とレンを小突くフィオーレにルージュが反応する。どうかその怒りをオークに向けてくれ。
「ドウにカする?スるわケ無いイだろウ。ソンなことモワカらなイのカ、低脳ガ」
「お前にだけは言われたくないな。あと、もっと上手く喋れよ。それか豚らしくブヒブヒ鳴いとけ」
ブヒブヒがよほど気に障ったのだろう。先頭にいたオークを追い抜かして後ろから別の一体が突進してきた。手に持った巨大な棍棒を振り回しながら向かってくるのはまさにゲームのよう。十分レンの間合いに入ったところで容赦なく放たれた前蹴りはオークの頭を勢いよく吹き飛ばし、首からは噴水のように血が溢れ出した。
吹っ飛び過ぎて森の奥へと消えていった頭を失った体はしばらくしてから大きな音を立てて倒れた。
レンは思った。
(首のところ脆過ぎじゃないか?)