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異世界転移でホムンクルス無双  作者: 雪川フフ
プロローグ
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プロローグ

 いつも通り、特に大きな出来事もない日常。

 そう、本当に何もない。安心安全な日々。そういえば聞こえはいいが、悪くいえば暇な日々。


「はぁ…何か起こらないもんかぁ?」


 そう言って篠原しのはられんは学校の屋上からあたりを見回したが、グラウンドで3年生の先輩が体育の授業をしているくらいで特に何もない。少し茶が混じった短髪を風が通り過ぎていく。そう、絶賛授業サボり中。

 屋上へと目を戻すとこれまたいつも通り数羽の鳩が集まってきた。


「あのなぁ、いくら俺の家がパン屋の近くだからっていつもパンの残ったのがあってそれをあげるわけじゃないからな?いや、まぁあるけどさ…」


 制服のポケットから残り物と言われて貰ったパンをちぎって投げるとクルッポークルッポーと鳴きながら鳩が蓮の周りに群がった。

 時間としてはそろそろ二時限目と三時限目の休み時間に突入する頃…そして蓮のことを注意しに来るが来る頃。


「あ!またこんなところで鳩に餌あげてる!」


 唐突にガチャリと音を立てて開いた屋上に通じるドアから声が聞こえた。

 そのまま背中まで伸ばした濡羽色の髪を揺らしながら蓮の方へと進んでくるのは学年委員長の藤原咲だ。

 容姿端麗、頭脳明晰で、美人と断定できる顔はそこらを歩いているだけですれ違った男たちが振り返るほどだ。


「なんだ。また委員長か。懲りずによく来るよなぁ、ホント。」

「またとは何よ、またとは。そっちこそまた授業サボって何してるの?」

「見ればわかるだろ。鳩に餌やりしてるんだ。これを見てもわからないとか重症だな。頭のネジ数本抜けてるんじゃないか?」


 そう、授業に出ていないと色々なところでサボっている蓮の行動パターンをなんとなくの勘によって1発で当てて怒りに来る委員長なのだ。が、毎度おちょくられるのが落ちだ。


「抜けてない!!はぁ、なんでこんなにサボってる人が学年ランキング1位で毎日勉強してる私が2位なの…?」

「だから、委員長の頭のネジが抜けてるからだろ。」


 こんなアホみたいなやりとりをしている二人だが、学年の1位と2位である。

 しかし一方は毎日勉強している、もう一方は家に帰ればすぐに寝て起きて夕食を食べてまた寝る。そして学校に来ては授業をサボり、鳩に餌やりをして屋上で寝る。もはや何をしに高校に来ているのかさえわからない生活を送っている。


「抜けてないって言ってるでしょーが!」

「おっと、危ない」


 祖父の影響で習い始めた空手が既に黒帯である咲の正拳突きが繰り出されるも、動体視力が良すぎる蓮はそれを見てからゆっくりとかわした。


「ったく、俺ばっかに構わなくたっていいだろ。頭の中お花畑の光司こうじとお話ししとけよ。あいつも学年委員長の一人だろ。」

神園かみぞの君でしょ?いやよ、私あの人苦手だし。余計に笑顔ばらまいてるから胡散臭い感じがして、こう?」

「俺の前でそういうこと言うときは録音されてると思った方がいいよ?」


 そう言いながら手に持ったスマホをヒラヒラと揺らす。

 おちょくり度合いが一般の上を行っている。


「これ本人に聞かせたら光司君絶句しちゃうかもなぁ。委員長の評価ダダ下がりかもなぁ」

「別にいいけど?それにみんなに嫌われようが篠原君は私をおちょくり続けるでしょう?それで十分よ」

「え…その言い方は…委員長マゾだったの?」

「違うっ!」


 別に鈍感なわけではない蓮に対して色々なことを言っているものの遠回しすぎて未だ一度も好意を汲み取ってくれない。咲が大きくため息を吐くとまたもや屋上のドアが開いた。


「咲、何やってるんだ?また篠原か?」

「(あと妙に馴れ馴れしいところも苦手かな)」


 噂をすればなんとやら、蓮だけに聞こえるように小言を言った咲の視線の先には神園光司がいた。

 蓮より少し低い176cmの身長に小さな顔、黒目黒髪はいかにも女子にモテそうな雰囲気を醸し出している。

 ついでに言えば運動神経抜群で成績も学年ランキング一桁代をキープし続けている。が、どれも蓮よりは低い。


「うん、そうだけど私に何か用?」

「そろそろ授業が始まるから呼びに来たんだ。やる気がない奴は放っておけばいいだろ?さぁ、行こう?」


 そう言ってどこぞの王子さながら手を差し出す光司を見て蓮は下を出した。


「ほれ、王子様が迎えに来てくれてるんだから早く行ってこい」

「(何が王子様よ!全然篠原君の方がマシだから!)」

「咲?何してるんだ?」


 咲は数秒蓮に助けを求めるかのような目を向けるも頰を膨らませてプイッとそっぽを向くと、来た時と同じように屋上から出ていった。


「何がしたいんだかわからんな」

「…篠原、せっかく咲が気にかけてくれているんだ。せめて授業くらい出たらどうだ?」

「授業やってて目の前で寝られるよりは屋上で寝られる方がマシだろ。それに学校側も、このままの成績がキープできるならって許可出してくれてんだから」


 事実、たしかに授業をサボってはいるものの常に学年トップを走る蓮に学校側も処置を困り、最終的に下した決断は「学年トップを保持できるなら許す」とのことだった。チョロい。


「うっ…だとしてもだ!咲はお前のために授業が終わるたびにここにーー」

「さっきから聞いてりゃ咲、咲、咲、咲…お前はあいつの男かなんかか?しつこい奴は嫌われるって言われたことないか?」


 その言葉を聞いた光司は何か言い返そうとするもーーすぐにチャイムが鳴ってしまった。


「チャイムが鳴ったぞ、優等生。俺みたいなやる気がない奴は放っておくんじゃなかったのか?」

「チッ…ふざけるな!」


 乱暴にドアを閉めた光司が階段を下りていく音が聞こえた。

 聞こえなくなったのを確認してから蓮はまた手すりに体を預けた。

 直後、一瞬日差しが強くなったかのような錯覚を受けよろめき、同時に強い風が吹いた。

 一瞬だけではあったが、台風レベルの風は体重56kgの蓮を軽く浮かせた。


「おい、嘘だろ!」


 気づくと体は手すりを越しており、あとは自由落下に身をまかせるだけの状態。

 頭から落ちていき、どんどん地面が迫ってくる。

 そして、目を開くと窓の内側に咲が見えた。

 大きく目を見開き、こちらに手を伸ばす。が、間に合うはずも届くわけもない。


「こりゃ…死ぬな」


 自分以外の空間が超スローになったかのように落ちていく。

 否、実際に自分が落ちるのも周りの時間もスローになっている。それどころかーー


「時間が……止まっている⁉︎」


 当然だが、今までに一度も味わったことのない感覚に襲われ混乱に陥る。

 が、持ち前の天才的な頭脳がすぐさま高速回転し始める。


(そもそも時間が止まるなんてことはありえない…いや、ありえたとしてもそれなら俺がこういうことを考えるための思考すら停止してしまうはずだ。だったら現状はどうなっている?…考えろ…考えろ)


 とめどなく情報の出し入れを繰り返し、脳の回線がショートしそうなほどにドンドンと考えが昇華されていく。しかしどこまで考えても現状の説明方法が浮かばない。


(くそっ、なんで止まってるんだ⁉︎)

「あぁ、それね。僕が止めてるから。神様の力ってやつでね」


 突如そんな声が聞こえ、気づくと蓮の目の前には見たことのない少年が宙に立っていた。

 そう、まさしく立っている、と表現してもいいような、そんな感じ。

 しかし今はそんなことよりも少年が発した言葉の一つに蓮の意識は集中していた。


「な…神様の…力?」

「そう、神様の力。名乗り遅れたね、僕は悪神ロキだ。まぁ、今現在は封印されてるんだけどね」


 さすがのこれには蓮の思考も追いつかない。なにせ自分の目の前にいるのは、ネットで調べればすぐに出てくる、有名な神の一人なのだ。

 数秒目が合うが、いきなりロキの体が跳ね上がるようにして震え、足先から上へと光の粒子へと変わっていく。


「くそっ、もう時間か…篠原蓮くん、君には今二つの選択肢がある。一つはこのまま落ちて死ぬこと。これは私情を含めてもおススメしない。頭から落ちれば脳天が割れて、地面に脳やら脳みそやらがぶちまけられるからね」

「…もう一つは?」


 反射的にそう尋ねた蓮に「待っていました」とでもいうかのような笑みを浮かべると、ロキは両手を広げて告げた。


「もう一つはーー異世界リライトに行くことだ!」


 異世界。この世界とは異なる軸に形成されているとされる、現代科学からすれば架空上の存在。しかし時間は止まっていて、目の前にはその原因である神がいる。こんな現状を考えると、蓮はそれを信じざるを得なかった。


「僕としては、こちらを選んでほしい。知識欲が深い君はここ最近暇をしているね?なぜなら全てを覚えているから。今までに得た知識のおかげでこの生活が暇だと、そう思っているんだろう?たしかに、この世界で生き延びることができれば君は偉人になっていたかもしれない。が、異世界には君の知らないことばかりだ。君の常識は非常識に成り下がる。君にとって、こんなに楽しいことはないだろうけどねぇ?」


 早口でそう述べるロキの体はこうしている間にも光の粒子へと変わり、宙に溶けるように消えていく。それはつまり、ロキがここにいられる時間が迫ってきている、裏を返せば、この世界での蓮の命の残り時間も短くなっているということ。


「だとしたら一つ教えてくれ。なぜ俺を選んだ?そして、そうすることによってお前になんのメリットがある?」


 そこまで見透かすかのような蓮の黒い瞳は真っ直ぐにロキを見る。

 そう聞かれてロキの笑みは苦笑いへと変わった。


「すまない、今は時間も状況も悪いから答えられない。しかし、いつか絶対に応える…だから、信じて待っていて欲しい」


 蓮の質問にそう答えたロキを見て、蓮はフッと息を吐いた。

 視界を動かし、あたりを見回す。おそらく、見るのはこれで最後になるであろう世界を。

 夏が近づき、すでに蝉が木に止まっているのが見えた。唯一気がかりなことといえば、委員長をおちょくることがもうできないことぐらいだ。


「ーーロキ、その言葉に二言はないな?」

「ハハッ、初めて呼び捨てされたよ…あぁ!嘘偽りないさ!」


 そう言うと蓮はロキへと手を差し出した。


「契約成立だ。お前は俺を向こうへと連れて行き、いつか真相を教える。俺はそれまで生き延びる」

「あぁ、それでいい。じゃあ、ささやかながら僕からの選別だ。君が向こうでも生き残れるような力を与えよう……うん、完了だ。これで君は自らの体を保ったまま、向こうへと、異世界リライトへと転移できる。向こうに着いたらステータスオープンとでも唱えてくれればいいよ。それで君が使える力がわかるから」


 そう言い終えたロキの体はかろうじて残っているかのようだった。

 空中で静止した鳩たちを見て、もう餌やりが出来ないことを申し訳なく思い、覚悟を決めた。


「「じゃあ、行こう。異世界へ!」」


 同時にそう言うと、ロキは消え周囲の時間はすぐさま動き出した。と、突然蓮の落ちていく先に白く輝く幾何学模様が現れた。ちょうど人一人が通れそうなサイズのそれはおそらく魔法陣と呼ばれるそれ。


「じゃあな、委員長」


 入る直前そう言うと、蓮の体は魔法陣へと吸い込まれていった。



 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 ふと窓から外を見ると、上から蓮が落ちてきた。こちらを見て、自虐的な笑みを浮かべている。窓が閉まっているにも関わらず、思わず反射的に手を延ばすが開いていたとしても間に合うわけがない。咲はすぐに立ち上がり窓を開けて下を見る、が、そこには誰もいなかった。いるのは数羽の鳩だけ。


「藤原、急にどうした?気分でも悪いか?」


 3時限目の世界史の担当である教師からそんな声が聞こえるが、咲はそれどころではなかった。


「今、篠原君が…上から…」


 そう言うとすぐさま教室中が騒ぎ出し、窓へと詰め寄ってきた。が、咲も見たようにそこには誰もいない。


「ん?誰もいないが…咲、本当に体調が悪いんじゃないか?無理せず保健室に行った方がいいぞ?連れていってやろうか?」


 イケメンスマイルを浮かべながら光司がそう言うが、それを手で制するとふらふらとしながら教室から出ていった。廊下へと出た咲はすぐさま屋上へと向かった。少し錆びついているドアは軋みをあげながらゆっくりと開き、外からは風が吹き込んでスカートが膨らんだ。


「誰も…いない…」


 それがわかると咲はその場に崩れ落ちた。

 あの短時間で蓮が帰れるわけない。だったらさっき見たのは…。


 そう考えるとどうしようもなく涙が溢れてきた。入学してすぐのテストで自分より圧倒的な点数で1位に君臨し、自分の憧れであり、好きだった人。今までにも好意を伝えようとはしたが、遠回しだったからか鈍感な蓮が気づくことはなかった。しかし、もうこの想いを伝えることができないのではないか。勘が鋭い咲は直感的にそう思ってしまい、ポロポロと大粒の涙を流した。


「…なんで…どこにいったの?篠原くん……」


 誰に聞くでもなく口から漏れた言葉は、直後吹いた風にかき消された。

 この日、この世界から偉人になり得た存在の一人が消えた。

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