第09話 来訪者、旅立つ
「おはよう、目が覚めた?」
「ロザリア……。ここどこ?」
ヒロは自分がベッドに寝ていることに気が付いた。窓から差し込む光は月灯り。
どうやら半日近くも気絶していたことになる。
そんなヒロを椅子に座ったままのロザリアが見つめる。
「あたしの工房」
「……良かったのか?」
魔法使いの工房は秘密基地。おいそれと他人を入れるような場所ではない。
「まあ、他に連れていくとこも無かったし」
「俺は……魔力切れを起こしたのか」
「そ。最近、生命力が増えているからって調子に乗ったでしょ。魔力が欠片も残ってなかったよ」
「……そうか」
「今回はオークが一体で助かったけど、囲まれてる状況なんかで使わないでよ?」
「ああ、気を付けるよ」
まさか、あんな一気に意識を持っていかれるとは思ってもみなかった。
「それにしても、つい一週間前まで魔法の使い方も分からなかったような奴がもう中級魔法を使えるようになるなんてね。ちょっと嫉妬しちゃうわ」
ロザリアが儚げにそう、漏らす。
言えない。才能を貰っただなんて言えない。言えるはずもない。
ヒロは、才能を貰ったことを少しだけ後悔した。そうだ、この世界の人は一生懸命に努力しているというのに、俺たちは死んだというだけで簡単に才能を与えられた。
それは、とても不平等のように感じた。
「……失神しちまったけどな」
「中級魔法を使えるようになり始めたばかりじゃ良くあることよ」
「じゃあ、ロザリアも?」
「当然でしょ? 私が中級魔法を使えるようになったころは失神ばっかりだったわ」
「そっか」
「安心した?」
「ああ。……ありがとう」
「なら、もう寝なさい。生命力の回復には睡眠が一番だから」
そんなロザリアの言葉に導かれるように、ヒロの視界が暗くなっていき途絶えた。
翌日、ロザリアとともにヒロはギルドへと向かった。
途中でいろいろな食べ物を屋台で買っては無理やりに詰め込まれた。はっきり言って、この世界の食べ物はそこまでおいしくはない。美味いのは、肉に塩を振って串で焼いたものだ。
これだって塩がまあまあ高いので、それなりの値段がする。
日本で生まれ落ちて育ってきたヒロにとって食事というものは結構キツイものがあるのだが、ロザリアが奢るといって無理に食べさせるので断り切れずに様々なものが腹の内に溜まっていった。
どうにも、それが師匠の当然の役割らしい。
「そういえば、今日はあの日か」
「ちゃんと、準備してきた?」
「まあ、俺の荷物なんてそこまでないし」
ギルドにたどり着くとガウェインと、リリィがもう待っていた。
「ヒロ、体調は大丈夫なのか?」
「万全だよ」
「それなら良かった。なら、行こうか」
「ええ、南へ」
南へ。この街を出て、南に行った場所に城塞都市ガルトンドがある。
城塞があるということは、そこに攻めてくる魔物がいるということ。ガルトンドは地下迷宮が付近に三つまとめて生成された、珍しい土地である。
故に、魔物の数が多い。ということは、それを求めた狩人や冒険者が集まり、それらを対象とした商人たち、その家族、娯楽施設などがあつまって、いつしか辺境都市の中では有数の大きさになったという。
ガルトンドは失意と、栄誉の街。数多くの人族がこの街で名誉を求めた。欲望を飲み込み、肥大化する街はそれ以上の命と失意を街の奥底に蓄える。
無論、金稼ぎ以外にも数多くの魔物が集まることから武者修行の場として選ばれる。
最初に提案したのはリリィだった。この街の付近で強い魔物は、一番強くてD級のオークだ。オークの魔石は一つ7000~8000イルで売れる。ヒロにとっては十分すぎるほどの稼ぎになるが、それでも上を求めれば再現無いのが、人間だ。
リリィは孤児院の子供たちに楽をさせたい。
ロザリアは地下迷宮で『痕機』を手に入れたい。
ガウェインは強くなりたい。
ヒロは金が欲しい。
と、パーティーメンバーの意見が一致したのでガルトンドに向かうことになったのだ。ガルトンドまでは馬車にのって三日だ。費用は道中の護衛ということでトントンとなった。
もっと早く移動できる乗り物や、都市を経由せず直接向かう方法もあることにはあるのだが、前者は金が無いからNG。後者はもっと手練れの冒険者が乗るようなものだ。
ヒロたちのようなまだ初心者を脱したばかりの冒険者は、夜の間は街や村に滞在するような安全ルートで向かうのが一番なのだ。
四人は南門で商人と落ち合うと馬車に乗り込んだ。
「出しますよ」
御者の言葉とおもに馬の鳴き声。馬車がゆっくりと進み始める。
「け、結構揺れますね!」
「この馬車、荷物用だから……」
「振動軽減の祝福もないの? かけようかしら」
「ロザリアって祈祷師もできんの?」
「さぁ? やったことないけど出来るんじゃないかしら」
四人しかいない馬車の中で各々が勝手に好き勝手に喋る。
ごとごとと、四人を乗せて馬車は進む。
道中でいくつか魔物が出てきたが、どれも取るに足らないような魔物ばかりでロザリアと、ヒロが荷台から魔法を撃っていれば大きく近づかれることもなく倒すことが出来た。
そもそも街道に出てくる魔物など、人の力を恐れないほどの凶悪な魔物か、それとも人の力が分からない弱い魔物しかいない。そして、地下迷宮もないここら一帯に出る魔物は総じて後者だ。
「なんか、歯ごたえねえなあ」
「ヒロ君、この一週間で強くなりすぎですよ」
「その分、死にかけたというわけでもあるんだけどな……」
仲間たちには、既にヒロの魔法を伝えてある。
実は召喚系じゃなかったみたい! といってヒロが笑うと、まあ闇魔法だし、くらいの感覚で受け入れられたのだ。この世界の人間は全体的にキャパシティーが広いようだ。
馬を休憩させている間、ヒロ達は周囲の警戒と気分転換を兼ねて馬車の周りをうろうろしていると、ふとヒロの近くにゴブリンが現れた。
ふと、思った。
オークの怪力を纏った攻撃を模倣する魔法は強化して発動出来た。ならば、スライムの水球は?
「『捻じれて、放て』」
ヒロの近くに生み出された漆黒の球はギュルギュルと回転して、ゴブリン向かって飛んでいった。
バッ、と音速を超える音と風圧でヒロの髪が揺れる。そして、着弾。
轟音とともにゴブリンの身体は跡形もなく吹き飛ぶ。後に残ったのは魔石のみ。
魔石を拾おうと思って、足を一歩踏み出した時にふらりと前のめりになる。
あ、やべ。
そう思ったのもつかの間、そのまま倒れ込んだ。
凄まじい速度で意識を暗闇に持っていかれると、結局ヒロは、リリィに見つかるまでその場で地面とキスをしていた。