第08話 来訪者、オークを狩る
「みんな、準備は良いか」
茂みの中、ガウェインの言葉に三人が頷く。目の前には二メートル八十センチの巨体。全身を木々に溶け込むかのような緑色に包み、その身体は筋骨隆々。右手には木々を一本まるまる使っているのではなかろうかというほどの巨大な木の棒。
D級の魔物、オークだ。
「あぁ、いつでも行ける」
「私も……」
「け、怪我は最小限にしましょうね」
三人の言葉にガウェインは頷いて、
「ヒロ、やってくれ」
「『捕縛せよ』」
ヒロの言葉に反応して、ヒロの影が広がる。そこから現れたのは二匹のキラービー。
漆黒の蜂は背を向けているオークに近づいて、二匹同時に針を刺した。オークの身体が電流に打たれたかのように激しく震える。
「行くよ、ヒロ!」
「ロザリア、任せたッ!」
前衛二人が茂みから飛び出す。その瞬間にオークの身体が二人に振り向く。
この一週間、捕縛魔法の訓練を欠かさず行い二体同時に出せるまでに成長したが、それでもその毒はDクラスの魔物には遠く及ばない。
「クソ! 時間稼ぎにもなんねえか」
「火力はロザリアに任せよう! 僕たちは時間稼ぎを」
最初の作戦通りに、ヒロとガウェインは二手に分かれる。
オークはどちらを狙うべきか少し迷って、ガウェインの方に向かった。チャンスだ。
「『放て』」
ヒロの言葉で空中に生み出された漆黒の球がオークの頭めがけて飛んでいく。
ズコンッ! とこれまた気持ちいいほどの音を立ててオークの頭に直撃した。
しばらく白目を向いて、動きを止めていたオークだったが、数秒すると今度はヒロの方に向かって走ってきた。
アイツの頭、木の幹よりも固いの……? 無理じゃん、こんなん。
「こっちだ!」
ガウェインが叫ぶと同時に右足の筋肉を断つ。オークがバランスを崩してその場にこける。良い、ここまで完璧だ。
オークは右足が使えなくなったことを知るや否や、木のこん棒を投げ出して四足歩行の体勢を取ると、そのままガウェインめがけて飛び上がった。
「『光よ』っ!」
寸でのところでリリィの魔法。ただ集められた光がオークの前で爆発する。
オークの叫び声が森の中へと響き渡る。その後、前後不覚に陥ったかのようにあっちに行ったり、こっちにいったりとふらふらと動き始めた。
目つぶしが成功している。
「『水よ集まれ、全てを断て』」
そして、全ての準備が整った瞬間にロザリアの中級下位魔法『水放斬絶』が放たれた。未だ中級クラスの魔法を完全に使いこなせないロザリアは、魔法を発動する際に移動が出来ないという弱点を持っている。故に、オークの動きが止まったその瞬間こそ、最大火力を叩き込める絶好のチャンスと化すのだ。
ロザリアによって生み出された水の塊は目で捉えられるのがギリギリなほどの細さの線となって高圧で射出。そして強固なオークの首を断った。身体と首が千切れた瞬間に、オークの身体が霧散して魔石となる。
「しゃあ!!」
ヒロが歓声を上げる。魔石を拾い上げたガウェインとハイタッチ。
ロザリアが中級魔法を使って息絶え絶えの状態でやってくる。魔法の源になるのは生命力。使いすぎると精神面だけではなく肉体的にも大きな負担となる。
「もっと体力つけないとね」
だが、生命力は筋力と同じで魔法を使えば使うほどに鍛えられる。
「まだまだ、課題はあるだろうけど! 僕たちのパーティーは! オークを倒したんだ!!」
いつも落ち着いた様子のガウェインが魔石を掲げて大喜びしている。今回、一つの危機もなくオークを討伐することが出来た。一回目はマグレかもしれないが、あと四回ほど同じようにして成功させると、それはもう立派な中級者だ。
ロザリアの回復を待つため、四人は昼食を取り始めた。
「オーク相手に俺の魔法、ほとんど効いてなかったよな」
「んー。僕らの目的はあくまで足止めだから別に効くとか効かないとか関係なくない?」
「そう言われればそうなんだけどさ。でも、こうバッタバッタとなぎ倒したいものじゃんか」
「ヒロの気持ちは分かるよ。僕も一太刀でスバっとオークを断ち切りたいものだよ」
「二人とも。男の子だねぇ」
ヒロとガウェインのやり取りをにやにやしながらリリィが見つめる。
その顔、絶対孤児院の子供たちと同列に扱ってるだろ。
「あたしも、二発はあの魔法を連発できるようになんなきゃね」
「どっちかっていうと、動きながら打てるようになった方が良いんじゃないか」
「うーん。それも大事なんだけど、威力が威力だからちゃんと狙わないと怖くて」
「まあ、そうだよなあ」
動きながら狙いがずれて、フレンドリーファイアなんてシャレにもならない。
「そういえば僕は魔法の才能が無いからよく分からないんだけど、新しい魔法を使えるようになる時って逆上がりみたいに急に出来るようになるもんなの?」
「あぁー、その話ね」
ロザリアが一拍置いて答える。
「まあ、人によるわよ。体系化されてる魔法はアンタの言う通りに何度も何度も練習すると急に出来る様になるけど、体系化されてない魔法はそうならないの」
「どうなるの?」
「降りてくるのよ」
「降りてくる?」
「そう、降りてくる。ある日突然、唐突にその魔法の使い方が頭の中に叩き込まれるの」
あぁー。あの感じか。
ヒロが扱える闇魔法はほとんどが体系化されていないため、扱えるようになる魔法は『影縛り』以外は全て降りてきている。
あれは説明しようと思ってもかなり難しい。昔々の、忘れていた遠い記憶を急に思い出したような感覚と言えば分かるだろうか。そして、一度覚えた魔法は今のところ忘れない。まあ、二つしか覚えていないから忘れられるわけもないのだが。
「上級以上の魔法は全て体系化されてないから、全部降ろさなきゃいけないのよ」
「大変だねえ……」
「冒険者なんて楽できる仕事じゃないわよ」
「確かに」
そうなのか……。まあ、そうだよな。
こんな命を懸けるような職業、楽なわけがない。
ふっと、影がさす。
太陽が雲に入ったのだろうか。いや、それにしては影に入っているのは俺だけだ。
「ヒロ! 右に跳べッ!!」
焦ったガウェインの叫び声。ヒロはその言葉に従って反射的に、右に跳んだ。次の瞬間に飛び込んできたのは巨大な木の棒。座っていた木の幹が粉々に砕け散り、地面に棒が埋まり込む。
続いて聞こえたのは叫び声。
緑色の巨体がそこにいた。
「オーク!? なんでここに?」
「さっき倒した個体の仲間なんだろう! ロザリア、リリィ、下がるんだ! ヒロッ! 大丈夫か」
「ああ! 生きてるぜ」
オークによって巻き上げられた土煙の奥からガウェインの声が届く。
オークはガウェイン達の方を見ていてヒロに対して背を向けている。注意を引くべきか? だが、ロザリアの生命力がまだ回復していない。どうする……。
オークを倒すべきか、逃げるべきか冷静にヒロが考えていると気が付いた。
降りている。
「『纏え』」
ヒロの言葉によって右腕が漆黒に染まっていく。緑色の透き通るような線がいくつも右腕に浮かび上がる。まだ、オークは気が付かない。
この魔法は、オークの攻撃能力を一次的に自らに降ろし、放てる魔法。その、上位魔法。
ヒロは走ると、オークの背中めがけて短剣を突き刺した。
「『吹き飛べッ!』」
轟音。
短剣が突き刺さった部分から、放射状にオークの身体が吹き飛んでいる。二メートルを超える巨体が地に落ちて魔石になる。
「に、二詠節の魔法」
リリィがそう漏らす。二小節を扱う魔法は中級魔法。
模倣し、再現する魔法が初級魔法なら。模倣し、強化する魔法は、
「中級魔法か……!」
ふっと、目の前が真っ暗になってヒロはその場に倒れ込んだ。
初心者の魔法使いがよく起こすミス。
すわなち、魔力切れだ。