最終話 こんな世界も悪くない
そして、二年が経過した。
ヒロが目覚めた戦いは、帝都の戦いからわずか数か月後のことだったらしい。白崎は、その後投降し現在は皇国の監視下に置かれている。
彼の能力は危険だが、殺すには惜しいとの判断だろう。ヒロもその気持ちは分かるので、そのことに関しては何も突っ込まなかった。
ナナは、母親を解放出来るだけの金を稼ぎ終わると、すぐに母親を解放しにいき、そしてなぜかヒロ達のパーティーに残った。
「それで、結局こうなるのか」
「まあ、いいじゃないか。ヒロ、フリーの冒険者なんて長続きしないもんだし」
ヒロとガウェインはイグレスが使う研究資料の運搬を手伝っていた。
そう、ヒロ達のパーティーはイグレス率いる闇属性魔法研究所所属となり、彼らの依頼を優先してこなすようになったのである。
特にヒロはイグレスとともに時間を遡行したたった二人の人間であるため、イグレスの部下たちも特に熱を上げて研究対象としているのだ。
そんなことをする暇があるんだったら、もっと闇魔法の研究をしろよと思うが肝心のリーダーがイグレスではそれも仕方ないのだろう。
「いやぁ、お二人さん。悪いね。人手が全然足りなくって」
「まあ、闇属性魔法をわざわざ取得しようなんて奴、そうそういないからな」
「そういうことなんだよ。それにしてもナナ君も協力的で非常に助かるね」
「あぁ、影魔法か」
第四真祖の血縁者しか使えないという魔法があるのだが、イグレスとナナはその魔法をどうにかして体系化しようと頑張っているのだ。
イグレスはともかくナナにはまったくもって利益が無いが、彼女には彼女なりの理由があるのだろう。
ヒロとガウェインはイグレスの研究室に資料を置くと、ラウラが片付けた研究室を見渡した。
「……だいぶ綺麗になったな、ここも……」
「一応断っておくけど、僕も片付けようと思えばここまで出来たからね?」
「……絶対嘘だわ」
相も変わらず砂時計や天秤などの物は転がっているが、これは時間を測定するためのものなので先ほどの実験で使ったものをそのまま放置しているんだろう。
いや、出したら片付けろっての。
「お疲れさん。今日はもう上がっていいよ」
「サンキュー」
「よし、ヒロ。今日は飲みに行こう」
「えっ、僕もついていっていいかい?」
「先生も来るんですか? 良いですよ」
えぇ……。こいつも来るの? まあいいや。
三人はそのまま研究室を後にして、懇意にしている酒場に向かった。そこには既にロザリアとナナとリリィが酒を交わしていた。
「おっ、女性陣も既にそろってるね」
「まあ、ロザリアが飲みたがりだからさ……」
「ひろー! おそいわよあんたぁ」
「何でもう出来上がってんのこの人」
顔を真っ赤にしてジョッキを振り回しているロザリアを指さしてヒロが問う。
「ん、先ほどあちらの御仁に勝負を吹っ掛けられたでござる」
それに答えたのがナナ。彼女が指さす先には顔を真っ青にして倒れている大男。
「んで、それにのったのか……」
「かーっ、十五杯でギブよギブ。普段どうやって生きてるんでしょうね!」
「飲みすぎるなよ。肝臓をやるぞ。……あれ、アミは?」
「アミさんは、ロザリアが無理に飲ませて倒れたんで家まで送って帰りました」
「お前さぁ……」
「わたしはまだまだいけるわ! ひろ、二件目いくわよ」
「俺たちは来たばっかだよ」
とりあえずヒロたちは麦酒を頼んで乾杯。
一杯交わしながらそのまま酔っぱらう。ロザリアは途中で寝てしまったので、その後は比較的静かに会話が進行した。
「起きてたら起きてたでうるさいけど、寝ると静かになるから困るよなぁ」
「ロザリアさん、結構お話を回す方ですからね」
ヒロがロザリアを担ぎ、リリィはその横でロザリアの荷物を持ちながら帰路についていた。
「それにしても、ヒロ君が未来から来たなんて言ったときはびっくりしましたよ」
リリィの口調は、最初の頃から変わっていなかった。それは、きっとガウェインとロザリアが死ななかったからだろう。
「まー、俺も信じてもらえるとは思わなかったしなあ」
「私たち全員が死んだ未来、ですか。想像できないですね」
「まあ、想像する必要もないさ。俺たちはもうそんな危険を犯さなくても良いんだから」
「ですね」
冒険者は命を金に換える仕事だが、イグレス率いる研究所のお抱えになった今は違う。どちらかというと、研究のための素材回収などがメインになっているため、そこまで命の危険はない。
それに、六人組のパーティー故にそこまで命の危険に陥ることもないのだ。
「それで……どうする?」
「うーん、気が付いてないと思ってるんですかね」
ヒロとリリィはその場で足を止めて、ずっと後ろを付けている盗賊と向き合った。
「金目の物は置いていけ。そうすれば、命だけは……」
ヒロとリリィは胸元の純白の冒険者証を見せつける。
「あっ、いやっ、何でもないっ!!」
そういって、盗賊は踵を返して帰っていった。
その姿をみてヒロとリリィは顔を見合わせて笑った。
「相変わらずだな」
「そうですね」
ヒロ達は白色冒険者ということよりも、なんかいい装備を持っている冒険者。という感じで有名になっている。
そのせいで、やけに盗賊や山賊に狙われるのだ。その中でも主にヒロだけが。
これはきっと、時間を旅したせいだと思っているが……詳しいことは分かっていない。もう少しヒロたちが白色冒険者だという情報が伝わればそのうち落ち着くだろうと放っておいてある。
「おい、ロザリアついたぞ」
ヒロはそう言ってロザリアの部屋にあるベッドに寝かしつけた。彼女は魔法使いなので、自らの工房を持っているのだ。
「んぁ……。服じゃまぁ……」
「それくらい自分で脱げよ」
「脱がしてぇ」
「リリィ、あとは任せた」
「あっ、はい」
そう言ってヒロはロザリアの寝室を後にした。
リリィを送っていくために工房の外で待っていると10分ほどで、リリィが工房から出てきた。
「行こうか」
「はいっ」
しばらく月夜の中、二人きりで歩いている中リリィが口を開いた。
「ヒロ君は……元の世界に戻ろうとは思わないんですか?」
「あー、その話か」
ヒロは頭を少し掻く。イグレスは時間と空間は魔術的には近い物と言った。つまり、時間を旅できるということは世界間を旅できるということでもある。だが、
「いや、俺はこの世界で生きていくよ」
「どうしてですか?」
「元の世界に戻ったって、仲間も金も家も無いし。それに……」
「それに?」
「この世界はさ、強くないと価値はないし、冒険者になるんじゃなかったって後悔したこともある。だけどさ、」
「だけどさ、こんな世界も悪くないって、こんな世界でも生きてみたいってそう思えたんだ」
「ふふっ、ヒロ君らしいです」
「そうか?」
「そうですよ……」
リリィはここで何かを決意した顔になって、
「そんなヒロ君が、私は好きですよ」
「ありがとな……へっ!?」
ヒロがリリィの方を見ると、彼女は長い銀髪の奥で紫の瞳を細めてにっこりヒロを見て笑った。
「……そういうこと?」
「はい、そういうことです。ヒロ君、私と付き合ってください」
「勿論、俺でよければ」
ヒロが差し出した手をリリィが取る。
そして、ヒロが笑った瞬間にリリィがヒロの身体を力任せに引き寄せてそのまま唇を奪った。
唇に触れている柔らかい感触以外、何も考えられなくなってヒロは慌てるが、しばらくたつと、今度はヒロのほうからもう一度唇を奪う。
そんな彼らをたった一つの大きな月が、祝福するかのように優しく月の光で包むのだった。
ヒロとリリィは恋をした。
それによってロザリアとアミの間でひと悶着あり、司祭様にはにやりと笑われ、二人の皇女はヒロを取り合うためにリリィと勝負なんかをするのだろう。
きっとヒロの子供も、彼らの両親と同じようにして大きな事件に巻き込まれ、波乱を乗り越え、誰かと恋をする。そういう物語があるのだろう。
だが、これはヒロが全てを取り戻すまでの物語。
この物語とは別のお話のことなのだ。
完
後書きは活動報告にて、




