第06話 歴史を変えて、戻るには
「ここで撃つんかい!」
そういって逃げ出したハルをイグレスは追いかけた。
イグレスはその場にいた当事者ではないから、どこまでが本当の情報か知らないがヒロの活躍の話は聞いている。
曰く、『アレアの惨劇』の生き残り。
曰く、特壱級痕機を探している。
曰く、皇国を救った。
曰く、曰く、曰く、
だが、目の前の男の言葉が正しければ、ヒロはただハルのしりぬぐいをしていただけということになる。それに、闇魔法の権威として『魅了』という魔法にも興味があった。
「鬼ごっこだね。僕は結構得意だよ」
イグレスが一つ拍手の音を鳴らすと、イグレスとハルの位置が入れ替わった。
「はっ!?」
「僕から逃げたいなら全力を出すことだね」
「あんたは……誰だ?」
「権威だよ、闇魔法の」
「あぁ、メアリーさんのストーカーか!」
「違うわい!!!」
なんで、目の前の男がメアリーのことを知っているのか聞きたかったが、イグレスは一つ咳払いをして流した。
「そうそう、あんたの本分かりにくかったよ」
「そうかい? 僕は結構分かりやすく書いたつもりだったんだけど……」
結構真面目にそう言ったイグレスをみて、ハルは引いた。
「あっ、あそこにメアリーさんが!」
「えっ、嘘!?」
面白いように引っかかったイグレスの死角を通って、ハルは路地裏に逃げ込んだ。
「何だ、嘘か。焦ったよ」
取り逃がしたイグレスは頭をわずかに掻いて、地面を蹴った。ヒロの跳躍とは違う、やわらかい飛翔。空に浮かび上がるとイグレスは路地裏を必死に逃げているハルの真後ろに着地した。
「はやっ!」
「僕は空を飛べるからね」
「あんた、人間だろぉ!?」
そう叫びながら、ハルはさらに全力疾走。だが、イグレスの手が伸ばされる。
「『俺を守れ、雑魚ども』!!」
二詠節。
ハルの言葉とともに地面からぼこりと腕が生える。それはゴブリンであり、スケルトンであり、オークであり、スライムであった。
「うわぉ。マジかい」
「じゃあな、ストーカー先生」
たった一つの魔法で三十を超える低級魔物を呼び出したハルはその場を後にした。
「そこの御仁、助太刀するでござる」
ふと、飛び込んできた金髪の少女が周囲の魔物をまとめて五体屠った。
そして、周りに飛び散った血液を凝固させ、自らの刀身を延長すると、狭い路地裏にあふれた魔物を全て斬り殺した。
「助かるよ」
「いや何、私も人探しの途中でござったからな」
「人探し? 一体誰を探しているんだい?」
「黒髪黒目で、胸に白い冒険者証を付けた男でござる」
「……見てないなぁ」
「そうでござるか。それで……逃げた男を追わなくてもいいのでござるか?」
「あ、ああ。追った方が良いんだ。ありがとう」
……さっきの人、人間じゃなかったな。ヒロ君は、吸血鬼も仲間にしていたっていうこと?
自分の知らない英雄像が出てきて、少しだけ気分が高揚したイグレスが二回ほど手を叩くと、全力で走って逃げていたハルの目の前に繋がった。
「何なんだよ、アンタッ!」
「悪いけど、ここからは大人の本気を見せてあげるよ」
そう言って、両手を交差させた瞬間にハルの身体が真下に落ちた。
「は!?」
落ちた先は、先ほど自分がいた地面の真上。地面にぶつかると身構えたハルに訪れたのは不快な浮遊感。地面に着地せずに、再び真上に出てきている。
「君の立っていた地面と空中の空間をつなげさせてもらったよ」
「……ループか」
「そ、まあ加速するけどね」
ハルは歯噛みする。すでにループは四週目、直線距離では12メートルほど落ちている。この状態でループの外に飛び出すと普通に死にかねない。
「身体強化魔法が使えないのが恨めしい」
そう、ハルが言った瞬間に空を裂いて隕石が落ちてきた。
「……あ!?」
「うん?」
その瞬間に着弾。両者ともに、爆風で吹き飛ばされる。それによってループを抜け出したハルは飛翔魔物を召喚。それに捕まって逃げる。それを追いかけようとしたイグレスは、しかし飛んできた住宅を回避するのに時間を取られ追いかけることが出来なかった。
「……ああ、怒られる」
イグレスはそう呟くと、肩を落とした。しばらくすると、ヒロがやってきて、竜との顛末を教えてくれた。
「つまり、さっきの隕石は君が落としたということか」
「あぁ、まさか俺のせいで取り逃がしちまうとは……申し訳ねえ」
「いや、それは本来の目的じゃないから」
「……そうだな」
「これで、全部終わったんだろ?」
「あぁ。終わった」
ドラゴンを除けば、ヒロの仲間たちはこんなもので負けるはずは無かったんだ。
「じゃあ、未来に帰ろうか。死を無かったことにするなんていう世界の理を根底から壊すようなことをしたんだ。今から未来がどうなっているのか、楽しみで仕方無いよ」
「……つねづね思っていたけど、アンタ変態だよな」
「失礼な」
ヒロとイグレスは早々に帝都を去ると、岩砂漠の中でも一際大きな岩に隠れて、門を開く――はずだった。
「……ッ!」
「お、おい。大丈夫か?」
門を開いている途中のイグレスがその場に倒れ込んだのだ。
「……さっきので魔力を使いすぎたみたい」
「別に急いで帰る必要は無いんだからよ。ゆっくり休め」
「いや、休んでも意味がない。君は魔力量がスバ抜けているから気が付かなかったのかも知れないが、過去の世界では魔力は回復しないんだ」
「……それ、本当に言ってんのか」
「ああ、君ほどの魔力量になると関係ないんだろうけどね。門を開くにはそれなりの魔力を喰うんだ。それで、僕の魔力はほとんど使い切ってしまった」
「……一応、魔力ポーション持ってるぞ」
ヒロは黒い箱から五つほど魔力ポーションを取り出すとイグレスに飲ませる。
彼は五本を一気に飲み干してから一息ついた。
「……回復量が本来の10%くらいしか無い」
「……困ったな」
「あぁ……。今僕たちは、世界に二人存在している。それが、どれだけ危ないことか分からない君じゃないだろ」
「でも、アンタそれを楽しんでたじゃないか」
「それは、すぐに戻れると思っていたからだ。クソ、こんなところでまさか未来に帰るための方法が途切れるだなんて……」
「……未来に戻れればいいのか?」
「ああ、でももう門を開くだけの魔力は残ってない。どうする? 危険を犯して帝都までいくか? 過去の君に出会ったら、何が起きるか分からないよ」
「いや、未来に戻るための一方通行の時間移動なら俺に心辺りがある」
「…………本当に?」
イグレスの言葉にヒロは大きくうなずいた。
「幸いにここは人が来ない。でも、一応念のため囲っておこう」
そう言ってヒロは漆黒の粒子を生み出してイグレスとヒロの周りを囲った。流石は特級魔法。便利さと魔力消費量が段違いだ。
「俺たちの体内時間を遅くするんだ。そうすれば、わずかな体感時間で未来に戻れる」
「……あぁ、なるほど」
SFによくあるコールドスリープのやり方だ。
「少し、計算をしてみる」
そう言ってイグレスは暗算を始めた。そして、しばらくたってからイグレスが口を開いた。
「ああ、行けるぞ。今の僕の残り魔力だと僕たちの時間を1640分の1まで下げられる。一年半後までは8時間の旅になるぞ」
「おお、さっそくやってみようぜ」
「あぁ、そこに寝てくれ」
ヒロはイグレスの言う通りにその場に寝そべった。
「やってみる。ミスったら、その時はその時だ」
「おう」
そう言って、イグレスの魔法がかかった。その瞬間に、ヒロは激しい眠気に襲われた。
……眠気?
時間を遅くしているだけだから、眠気なんて発生しないはずだ。
何かが起きている。
だが、それを確かめるよりも先にヒロはあらがえない眠気にいざなわれてどこまでも意識が落ちて行った。
どこか遠くで、自分の名前を呼ばれた気がした。
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