第02話 取り戻したいなら、今すぐに
互いの魔法が寸分違わずまったくもって、同じ威力で空中でぶつかると爆ぜた。濃密な魔力の中で先に動いたのはヒロだった。
久々に感じた恐怖がヒロを動かしたのだ。
魔法を見ただけで模倣する?
威力を寸分たがわず再現する?
あり得ない。どちらも人間に可能な術ではない。だが、どれだけ否定しても目の前には再現した男が一人。ヒロの目の前に立っている。
「おっと、速い」
イグレスはへらりと笑うと、再び手を叩いた。その瞬間に、ヒロが着地した地面が流砂のように沈み込むと、脚が膝まで地面に着かる。
無論、地面が柔らかいわけではない。闇によって地面が支配されているだけだ。
「やっぱり、怖い相手は拘束するに限るね」
「チッ、めんどくせぇ」
ヒロは瞬間的に70%の力を出して闇の拘束を強制的に外すと、そのままイグレスに飛びかかった。
「おお、怖ぁ……」
イグレスは再び底の見えない笑みを浮かべると、拳を握りしめた。
「あんまり近接は得意じゃなくてね」
イグレスめがけてヒロが斬りかかった瞬間にヒロは真上から降ってきた拳に叩き伏せられた。
上を見上げると、何もない虚空から生み出された巨大な拳。一切の気配がなく、そのまま伏せられる。
「五感が鈍っているんじゃないかい?」
「お前に言われなくても、そんなの分かってるんだよッ!」
ヒロは拳をはねのけると、絶刀の刀身を延長した。
「『断ち切れ』ッ!!」
ヒロは魔法を発動するとともにわずかな差とともに絶刀で斬りつける。だが、届かない。
「何っ……」
そう、届かないのだ。ヒロとイグレスの間にある空間がどれだけ踏み込んでも縮まらない。
見た目にはわずかに数十センチ。だが、どれだけヒロが踏み込んでも加速しても、ヒロとイグレスの間に空いた空間が埋まらない。
「おっと、君みたいな近接戦闘職相手に無策で戦いなんて挑まないのさ」
「『圧壊せよ』ッ!」
爆発音とともに、イグレスが地面に埋まる。
魔法はこの間を埋められるのか?
その考えを再び実戦に移そうとする前にヒロの口めがけて闇が飛んでくる。寸でのところで回避すると、先ほどヒロが叩き込んだ場所からイグレスが全く傷のついていない恰好で出てきた。
「今まで、いろんな奴らが俺のもとにやってきた。皇国のやつが、東邦連合のやつが、連邦のやつが、共和国復権派のやつらがどいつもこいつも俺の力を求めてやってきやがった」
「まあ、君の力は魅力的だからね。それも仕方ないだろうさ」
「だが、死んだ人間を復活させてみないかなんて俺を勧誘してきた奴は初めてだぜ」
「ははっ、そうだろうね。僕としても、実験なのさ。世界の理を壊して、世界を敵に回すってのがどういう行為なのか」
「恩人にする対応とは思えねえぜ」
「僕のメリットと、君のメリット、どちらも満たしているじゃないか」
「確かにな」
「どうだい? 僕の元に来ないかい?」
「方法次第で決めてやるよ」
「ははっ、聞きたくでどうしようもない。みたいな顔してるね、君は」
「企業秘密だなんてふざけたことを言いやがったら手前の元には絶対行かねえよ」
「僕たちの戦闘でこの周辺住民たちもしっかり逃げたみたいだからね。良いよ、教えてあげる」
イグレスは大きく腕を拡げると、自らの自説を固持するかのように言い切った。
「過去に行くのさ」
「……は?」
「時間を乗り越え、過去に飛び、そこで死んだはずの人間を救えばいい。幸いにして君の仲間は寿命や病気で死んだわけじゃないんだろ?」
「……それは、そうだが…………」
「そんなことが可能なのかって顔をしているね」
「……そりゃあ、そうだろう。お前の言葉を誰が信じてくれるんだ」
「三年前、この世界に別世界からの住人がやってきた。この世界の人間は最初それを誰も信じられないと言ったが、今ではもうその考えを疑う人間はいない。君だってそうだろ?」
「……あぁ」
「世界が超えられて、どうして時間が超えられないんだ?」
「…………いや、時間と空間は違うだろ」
「時間と空間は闇属性の魔術的には非常に近しい意味を持っていてね。例えば僕が先ほど見せた時間を加速させる魔法。あれは、研究の成果として出来る様になった魔法だよ。あとで君にも教えてあげよう」
「いや、アンタの教え方は……」
一度、ガルトンドでヒロはイグレスの教本で痛い目にあっているので遠慮しておいた。
「そうかい? まあ、君がそう言うなら別に強制して教えないけど」
「それで、本当に過去には飛べるのか?」
「勿論。正確な緯度と経度を入力しないといけないという欠点もあるが、場所も大きく移動できるよ」
「……それは、本当なのか?」
「本当だとも」
「……分かった。アンタを信じてみる」
ヒロの言葉でイグレスは微笑んだ。
「なら、行こうか。落ちた英雄よ」
「……今からか?」
「あぁ、そうだよ」
「準備とかは……?」
「準備? 一体なんの」
「心の」
「僕は出来てる」
「俺は出来てねえっての」
「ああ、君は勘違いしているね。ここじゃ過去に飛ばないよ。門を開くには研究所に戻らないといけない」
「……それで、研究所ってのはどこにあるんだ?」
「今から行くよ」
イグレスは手元から六つの闇を生み出すと、六角形にその闇を配置し、何かを唱えた。その瞬間に、世界の理が捻じ曲げられる。
「さて、この先だ」
「……転移魔法」
「ああ、そうだよ。これも副産物だね」
「……お前、どんだけ過去に行きたいんだよ」
「過去に行きたいんじゃなくて世界の理を壊したいのさ」
ヒロはイグレスの後ろを追いかける様にして『吹き溜まり』からイグレスの研究所へと移動する。
空気の温度と匂いが変わるのがなんとも言えない気持ち悪さを沸き立たせる。
「さて、ここが僕の研究所だよ」
「お前片付けしろよ」
はっきり言ってお世辞にも綺麗な研究所ととは言えない。本や触媒、ペンや紙がいろんなところに散らかっており、足の踏み場もないほどに散乱していた。
機能している棚には砂時計や振り子などが所せましとおかれている。
「こっちだよ」
「あっ、結構物の上踏んでいくのな。お前……」
ガチャガチャと散乱している物の上を気にせず踏んで、隣の部屋へと移動する。
「さて、ここだ」
ヒロ達がたどり着いたのは、大きなゲートに無数に魔方陣が重ねがけされた建物だった。
「いつの、どこに行きたい?」
「えっ、もう決めて良いのか?」
「あぁ、僕としても世界の理を壊す瞬間を楽しみにしていてね。早くしたくてたまらないんだよ」
「なら、行く場所は…………」
「門が開くまで、15分ほどある。ここで注意点をいくつか話しておこう。僕たちよりも先に過去に飛んだという話は魔法の歴史に残っていない。だから、何が起きるのか。僕たちがどうなるのかをまだ誰も知らない。だから、門をくぐったらすぐに何が起きても良いように覚悟しておいてくれ」
「ああ、良いよ。そんな覚悟一つで、死人が救えるなら安いもんだ」
「あぁ、あと。あんまり過去の自分に知られないようにしておいたほうがいいだろう。世界の理を壊すとは言ったけど、過去の自分に出会うのは流石に問題があるだろうさ」
「まあ、そりゃあな」
「さて、ここからは門が開くまでの様子でも眺めていてくれよ」
門の間に広がった闇から黄金の火花が1つ飛び出す。それが時間経過とともに、2つに。次第に4つに、8つ、16、32、64、128、256、512、1024。膨大に増えていくと、目の前は闇ではなく、完全に黄金の火花で覆い隠されてしまった。
「さぁ、いこう」
「もう、行けるのか」
「ああ、そうだよ。楽しみだなぁ。わくわくするなぁ」
子供のように笑いながら、イグレスは手を合わせた。
「さて、君が先にいった方がいいだろう。僕が出てもあれだしね」
「本当に、選んだ場所で選んだ時間なら。確かに俺が最初に出たほうが良いな。場所の確認とかあるし」
「ああ。さぁ、行くぞ。世界を壊すは我にありってね」
ヒロはイグレスの言葉に肩をすくめると、黄金の火花の中に飛び込んだ。イグレスも時を開けずに飛び込む。
それは、全てを取り戻すための旅の始まりだった。
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