第2-25話 英雄、混沌に飲まれる
爆発音は東の方角から聞こえた。ラウラに私刑を加えていたものも、今まさにヒロ達に加えようとした者も、英雄も、ヒロたちも一同に同じ方角を見た。
そこにいたのは巨大な、合成獣。
「おいおい、冗談だろ?」
ヒロが思わずそう漏らす。
全長は20m。その数、およそ1500体。それは、レルトに攻め入る合成獣をヒロが屠った時よりもはるかに多い数だ。
「妖刀使い。あれを、知っているのか」
「あれは皇国が使っている生物兵器だ。人工的に再現した魔物だよ」
「……そうか」
帝都民たちは、合成獣を見るや否や逃げ出した。誰かがつまずき、こけるとそれを踏み超え蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
見上げるほど大きな合成獣は、人間の腕を激しく振り回してその醜悪な身体からは考えられないほどの速度で帝都を蹂躙していく。
ヒロは帝都民たちが逃げ切ったのを見てから、ラウラのもとに駆け寄った。
「……ラウラ」
そこには、元の姿からはまったくもって想像できないほどに変わり果てたラウラの姿があった。
「……くっ」
「ヒロ君、無事か!?」
助けられなかったことに歯噛みするヒロのもとにリリィがやってくる。
「あぁ……。まさかここにも合成獣が来るなんてな」
「ラウラさんは……駄目だったか」
「ここは引くぞ。皇国の狙いは帝都だから、いったんここから離れる」
「それは良いが、どこに行くんだ?」
「とりあえず、北に。アレアの街までとはいかなくても道中に村があるだろ」
「分かった。逃げよう」
ヒロの元にアミが駆け寄ってきて治癒魔法をかける。斬られた背中がゆっくりと癒されていく。
「妖刀使い。僕たちの戦いはここまでのようだ」
「……妹が死んだってのに、お前は顔色一つ変えねえんだな」
「国の方が、大切さ」
「愛国者め」
いや、愛国なんてものではない。アルバーノはもはや狂信の域だ。
「またね。生きていたらどこかで会おう」
「勘弁してくれ。人が死んだことに何も思わないような人間とは話したくもない」
「そう連れないことを言うなよ」
アルバーノはそう言って、東門の方に走っていった。
「ヒロ殿、あの隕石? 魔法というやつは使わぬでござるか?」
「魔力が足りなくて使えない。ワイバーン相手に魔力を消費しすぎた」
「なら、逃げるでござる」
ナナの判断は正しい。だが、ヒロ達は合成獣の速度を大きく見誤っていた。
合成獣の体長20mほど。建造物に換算すると、六階から七階建ての建物に該当する。そんな巨体が攻めてくる際の動きは、とても緩慢なものに見えてその実速い。
故に、
「……囲まれていますよ」
「くそっ、遅かったか」
ヒロたちの周りを囲むようにして、合成獣が包囲網を作る。ヒロ達にすぐさま攻撃を仕掛けてこないのは、ヒロが強者と知ってのことか。それとも、ヒロが特壱級痕機を持ってと知ってのことだろうか。
「仕方ない。抜けるぞ、合成獣の群れを」
「正気でござるか?」
「それ以外に突破口もないだろ」
そうだ。ヒロ達の周りは360度合成獣に囲まれている。この場から抜けるのはヒロ達が目指す北の守りが一番薄い。
「走るぞ。ついてこいっ!」
故に、ヒロが一番槍を務める。ヒロはまっすぐ20mの巨体に飛び込んだ。無論、戦うなどという愚かなことはしない。その巨体の合間を縫うようにして、駆け抜けていくだけだ。
だが……。
「邪魔だぁぁぁぁあああああああああ!!」
その巨体が所せましと並んでいるならば、抜ける場所など無くなってしまう。だから、ヒロは仲間たちが通れるようにと100%の力を発揮して、その巨体を殴りつけた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおオオオオオオオオオオッ!!!」
ヒロが殴った衝撃が消しきれずに合成獣の巨体を空へと浮かす。そのまま衝撃が奥深くにまで届くと、合成獣は内側から爆発した。
「まだまだァ!!」
背後の合成獣たちが、無数の腕を伸ばしてリリィを捕まえようとしていた。ヒロは地面を蹴ると一気に空高くにまで飛び上がる。
「炎よ」
ヒロは天に足を向けると、そのままジェットのように黒い炎を吐き出す。一気に加速したまま、ぐるりと自らの身体を回転させると、巨体に踵落としを叩き込む。合成獣の身体が一気にたわむと、そのまま弾性限界を超えてはじけ飛んだ。
「俺の仲間に触るんじゃねえよっ!!!」
ヒロはそのまま近くにいる合成獣を力任せに持ち上げると、大きく振り回した。自らと同質量の物体を叩き込まれてヒロ達を包囲していた合成獣が大きく退いた。
【いい感じだな、相棒】
ドクン、と誰かに声をかけられた気がする。
「誰だ?」
ヒロの問いかけに答えるものはいない。既にヒロの仲間たちはヒロが作り出した道の先を走っている。先頭はナナが受け持っているようだ。
【おいおい、もうやめちまうのか?】
腹の底から響いてくる声。それは、どうしようもないほどに自分の声。
【今ならやれる。あの合成獣たちを軒並み殺せる】
「殺す必要なんてない。俺たちはここから逃げ切れればいいんだ」
【馬鹿言うなよ。お前があの合成獣を殺すときにちょっとばかりしくじっても良いんだぜ?】
「どういうことだ」
【皆まで言わせるなよ。お前はそこまで馬鹿じゃないだろ】
「……俺は帝都民を殺さないぞ」
【本当にそれでいいのか? ラウラの仇を討てるんだぞ?】
「…………構わない」
【嘘はよくないぜ】
【俺はお前だ。お前のことは、俺以上に分かってる】
「黙れ」
【お前は殺したがってるんだよ。ラウラに私刑を加えた帝都民を】
【アナスタシアを殺した帝都民を】
【そして何よりも、それを見ていて何もしなかったアルバーノを】
「……黙れ」
【もう誰も死なせないために強くなったんじゃないのか?】
【ここで合成獣を殺しておかないとみんな死ぬぜ】
内なる声がそう言った瞬間、ヒロの頭の中に映るのは無残に殺される仲間たちの姿。
ナナが、リリィが、アミが、合成獣に喰われて死んでいる姿だった。
【今、戦いを求めたな?】
ゾワリ、とヒロの身体がヒロの物ではなくなっていく。
これは、ヤバい。飲まれる。
【抵抗するなよ、相棒】
【目が覚めるころにはお前の求める結果が待っているさ】
意識が消えて行く。そこから後はまるで白昼夢でも見ているかのようだった。
自分の身体が、自分の意思から離れて合成獣を狩っていく。殴り、蹴り、斬って、1500体いた合成獣の全てを狩っていく。
全てが終わったのは、全てが始まってから三時間ほど経ったときだった。最後の合成獣を倒した瞬間にヒロの身体の制御が戻った。
「……ッ!」
全身が激しい痛みに襲われた。どうにもヒロの身体を乗っ取った奴は後のことなんて何も考えずにヒロの全力を出したらしい。全身の筋肉の至るところが千切れ、骨が欠け、内蔵がぐちゃぐちゃになっていた。
ヒロは手元から治癒ポーションを取り出すと一息に飲み干す。
「リリィ、ナナ、アミ」
瓦礫の中で仲間たちの名を呼ぶ。
「……ヒロ殿、ここでござったか」
「ナナ……? 逃げたんじゃなかったのか?」
「ヒロ殿があれだけ暴れておれば逃げるものも逃げられんよ」
そう言ってナナは微かに笑った。
「……なんかごめん」
「謝ることでござらん。さ、帰るでござるよ」
「リリィとアミは?」
「リリィ殿は手分けしてヒロ殿を探していたでござる。あぁ、今しがた来られた」
「アミは?」
「……アミ殿は逃げ遅れた子供の盾になられた」
「……おい、どういうことだよ」
「……どうもこうもござらん。そのままの意味でござる」
「何で、お前が付いていてそんなことになってんだ」
「……突然のことでござった。私にはどうしようも」
「ヒロ君、良かった無事だったんだな」
リリィが駆け寄ってきてヒロの身体を起こす。
「なあ、アミが死んだってのは……」
「……本当のことだ」
「…………俺のせいだ。俺が帝都に来ようなんていったばかりに……」
ヒロがうなだれる。
「……こんなことなら、アレアの街にずっといれば」
『ほう。あれだけの合成獣を屠るか』
刹那、帝都に響いたのは絶対者の声。
思わず、ヒロ達の首が跳ね上がり声の主を見る。
そこにいたのは、羽を大きく広げてヒロ達を見下ろす一体の竜。
「……なんで、こんなころにドラゴンがいるんだよ」
ヒロは刀を構えるが、ボロボロの身体ではまともに刀を握ることも出来ない。魔力も切れた。
『さて、やろうか』
ドラゴンはそう言う。
……どうすればいいんだよ。
絶対的な窮地の中で、ヒロはそう漏らした。
誤字報告、ブックマークありがとうございます。助かります。




