第2-22話 英雄、混浴す
力任せの強引な魔法攻撃に見せて、その実ヒロは正確にワイバーンを狙っていた。頭上で人間を喰おうとしていたワイバーンは、そのほとんどがヒロの一斉射によって羽をもがれ、鱗を砕かれ、無残に散った。
「強くなって良かったと思うのは、誰かを救ったときだけだよ」
「それは同意見だよ、ヒロ君」
二人は魔石の雨の中、こちらに駆け寄ってくる避難民を見ながらそう言いあった。
その後、二人は小一時間ほど避難民たちに詰め寄られて、子供たちの質問攻めにあった。その大半はどうやったらそこまで強くなれるのかで、今の魔法はなんの魔法かということばかりだったので、ヒロが馬鹿正直に闇属性魔法だと告げると子供たちは露骨にテンションが下がっていた。相変わらずだが、やはりこの世界では闇属性魔法の肩身は狭いようだ。
使っている本人もいまいち正確には把握できていない属性である。それも当然と言えよう。
ヒロ達は子供たちに囲まれながらも避難民をアレアの街にまで誘導した。
「ありがとうございました!」「このお礼はどうしたらいいのか」
「いいっていいって、冒険者ならやって当然だよ」
ヒロはそう言って頭を下げ続ける避難民たちに別れを告げるとリリィとともに冒険者ギルドに向かった。当然、魔石を売却するためである。
「最近、誰かに感謝ばかりされている気がする」
「恨まれるよりも健全じゃないか」
「まあ、そうなんだけどさ。なんか、ちゃんと英雄らしくしてるのがあの市長の思い通りで腹が立つっていうか」
「市長? ああ、レルトの市長か」
ヒロもリリィも、あの若作りの市長を思い返す。あの男、一体どこまで考えてヒロに白い冒険者証を渡したのかは定かではないが、ヒロがここまでしっかり英雄をしているというのは、どうにも彼の掌で踊っているようで気にくわない。
「『レルト』が陥落した今、生きているかもわかんねえけどな」
「さて、あの男のことだ。虎視眈々と『レルト』の再建でも企んでいるんだろう」
「違いない」
そう言って二人で少し笑いあった。
二人は二年前までよく通った道を歩きながら冒険者ギルドへと向かった。
「占めて、140万5千イルになります。成長しましたね、ヒロさん」
魔石の鑑定を行ってくれたのは、ヒロが幾度となくお世話になった受付嬢だった。
「二年前から、いろいろ変わりましたからね」
「てっきり私は、あの時死んだものだとばかり思っていましたよ」
「あの時から、今日まで顔を出していませんでしたからね。そう思われても仕方ありませんよ」
ヒロは現金ではなく、口座に入金してもらうと受付嬢に礼をして冒険者ギルドを後にした。
「なあ、ヒロ君。そろそろ、行っても良いんじゃないか」
冒険者ギルドを出るやいなや、リリィにそう言われた。どこに行くのか。なんて野暮なことは聞かない。この二人で向かうところなど、決まっているからだ。
「……そうだな」
それは、ヒロが囚われていた二年間に決別する行為。
「行こう」
二人が向かったのは共同墓地。その中に、一際大きな墓がある。
『冒険者70名。ここに眠る』
墓の元には、今しがた添えられたばかりと思われるような花束が一つだけ置いてあった。
「遅く、なったな。ガウェイン。ロザリア」
肺の奥から絞りだしたような声。
ヒロの白い冒険者証の横にある銅の冒険者証がわずかに揺れた。
「俺は、さ。ほんとは二人を生き返らせたあとにここに来ようと思っていたんだ」
太陽が地平線の奥へと沈み、夕暮れの光が一層減った。綺麗に輝く夕焼けが、たった二人の来訪者の影をどこまでも伸ばしていく。
「けど、もう諦めたんだ。多分、死人を蘇らせるなんて特壱級痕機でも、出来ないんだ。薄々、そうなんじゃないかとは思っていた。けど、踏ん切りがつかなかったんだ。……二人は俺を、許してくれるか?」
答えなんて、返ってこない。死んだ人間は、答えない。
そんなことは百も知っている。誰よりも、痛感している。だが、縋りたいのだ。
「なあ、二人とも。俺たちは、強くなったよ。多分、あのオークが来たって今度は勝てるよ」
ロザリアは、ヒロを守るために死んだ。
「だから、見ていてくれ。俺たちがどこまで生き延びられるかを」
ガウェインは、ヒロの無力が殺した。
「来世があるなら、そこで会おうぜ」
ヒロは、来世の存在を信じている。何よりも、自分がそうだからだ。だから、
「また来るよ。二人とも」
「もう良いのか?」
「ああ、もういい。これ以上いたら、きっと泣いてしまうから」
「そうか……。なら、行こう」
リリィは何も言うことなく、そんなヒロを受け入れた。ヒロは、そんなときリリィが仲間で良かったと心の底からそう思うのだ。
二人は完全に沈んでしまった太陽を追いかける様にして街へと戻った。
「お帰りなさい。リリィ」
「ただいま、司祭さま」
ヒロはリリィに連れられて貧民街にある教会へとやってきた。二年ぶりに出会った司祭は、前に会ったときよりも少しばかり歳を取っていたが、それでも妙齢に変わりなくとても美しかった。
「お久しぶりです、司祭さま」
「あら、あなたは……。そう、二年たった今でもリリィを支えてくれているんですね」
「違います! 私がヒロ君を支えているんです!!」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
いつもは大人ぶっているリリィも、ここではただの16歳の少女。当たり前のように司祭に甘える。ヒロは少し微笑んで、
「いつもリリィにはお世話になっていますよ」
とだけ、付け加えた。
「1年前からリリィからの仕送りの金額がとんでもないことになってしまって、危ない商売に手を出しているのだとばかり思っていたのですが、白い冒険者証だったのですね」
「ええ、ずっと地下迷宮に潜っていましたからね」
「まさか、双極絶死がリリィだなんて思ってもいませんでしたよ」
「もう、その二つ名は言わないでくださいよ。司祭様」
「何故ですか? 孤児院の中には貴方に憧れて冒険者になる子供がたくさんいるのですよ?」
司祭様はきょとんと首を傾げた。
うん。あの人は少しずれているみたいだから、黒歴史の恐ろしさを知らないのだ。
「みんな! リリィが帰ってきましたよ!」
「えっ! リリィ姉ちゃんが!?」「本物だ!!」「うおお、白い冒険者証だああ」
リリィはすぐに子供たちに囲まれるとそのまま別室に連れていかれた。
「子供も成長が早いですね。二年前はあんなに小さかったのに」
「本当に。子供は成長が早いものです。でも、死ぬのも早くては行けないのですけどね」
「……えぇ、それは本当に」
この世界の子供の死亡率はひどく高い。衛生面でも栄養面でも必要なもの全てが足りないからだ。
だが、ヒロが覚えている限りでは二年前にここで見た子供たちはみんなちゃんと大きくなっていた。身長の伸びや筋肉の付き方から見るに食べ物が足りないということはないのだろう。
「ヒロさん、どうですか? 二年ぶりにお風呂に入っていくというのは」
「えっ、良いんですか?」
「ええ。リリィからの仕送りのおかげでかなり綺麗になったんですよ」
「なら、お言葉に甘えさせていただきます」
「どうぞ、ごゆっくり」
ここ最近はずっと馬車生活だったので、ちゃんとした風呂になんて入っていない。
喜んだヒロは、司祭の案内に従って大きな浴室に案内された。
「おおー綺麗になってる」
前に来た時が汚かったというわけではないが、リリィのマネーパワーで改修したというのは本当だったのだろう。まあ、風呂は衛生面で見ると必要不可欠なものだ。子供たちの健康面を考えると汚いままでは使えないのだろう。
ヒロが浴槽に身体を鎮めると、息が口から洩れた。
「ふー。気持ちいい」
疲れが溜まった全身からお湯の中に疲れが溶けだしているかのようだった。
のんきに鼻歌なんかを歌っていたら急に扉が開いた。
「ひ、ヒロ君!?」
……二年ぶりの混浴イベント!?
っていうか、リリィ。お前結構着やせするタイプだったんだな……。
「りっ、リリィ!? どうしたんだ?」
「司祭様に勧められて……って、何でヒロ君が先にお風呂に入っているんですか!!」
リリィの素が出てる……。なんて、驚愕してる場合じゃなくて。
「わっ、悪かった。後ろ向いとくよ」
「向かなくてもいいですよ!!」
「えっ?」
「何でもない!!」
ぼっちゃーん! と綺麗な湯柱を立ててリリィが風呂に飛び込んだ。
危ないぞ……。
しかし司祭様。貴方結構直接的ですね。神様はそんなんでも良いんですか?
何も起きないままヒロとリリィは浴槽に身体を鎮める。
……沈黙が痛い。
「な、なあリリィ」
「ひ、ヒロ君」
やっべ、最悪のタイミングで言葉が被った。
「先言えよ、リリィ」
「ヒロ君は、これからどうするんですか? 南に行くんですか?」
「あ、ああ。その話か。それなんだが、しばらくアレアに留まろうと思う。俺たちがここから離れると王国が来るかも知れないだろ? とりあえず、共和国軍が来るまでの我慢かな」
「良かった。しばらく動かないんですね。安心です」
「まあ、馬車移動は疲れるからな」
「それで、ヒロ君の話ってなんです?」
「いや、身体洗うから出ようと思って」
「何で声かけるんですか」
「えっ、かけといたほうが良くない?」
ヒロがこの世界に来たばかりの時は、石鹸というものは無かったのだが一年半ほどして流行り始めた。大方『才異の集団』が絡んでいるのだろう。あいにくと元の世界ほど泡立ちはしないが。
「あ、なら私が身体を洗いますよ」
「しなくていいよ」
「そう遠慮なさらず」
……別に遠慮してるわけじゃないんだけど。
「はい、じゃあそこ座ってください」
「おう」
ヒロはリリィの言葉に従って座るとリリィがヒロの身体を石鹸でなぞった。
「うおっ、これ結構ぬるってするな」
「ですね」
今気づいたんだけど……これ、当たってない?
気づいてないの?
そう、この体勢当たるのである。ヒロは生まれて初めて触れるおっぱいの感触に感激しながら、リリィに身体を洗われていた。
最後まで、リリィが勇気を出して当てているものとは露知らず。
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