第2-21話 英雄、ワイバーンを退ける
「此度はなんとお礼を申し上げたらよいか……」
ヒロ達の目の前で深々と礼をするのは、アレアの街の長。かなり歳を食っており、杖を突きながらようやく歩いているような様は、定年退職という概念がないこの世界の仕事ぶりを少しだけ表しているようだった。
「いや、礼など……。私にとってもこの街は冒険者を始めた街。故郷のように思っていますから」
「なんと、我が街から白級冒険者が生まれたなど! この街の長として、耳に入れていないことを恥ずかしく思います」
「ええ、まあ。『アレアの惨劇』が起きてから戻ったことはありませんでしたから」
「そうですか……。貴方は惨劇の生き残りでしたか」
彼は皺だらけの顔をわずかに歪めた。『アレアの惨劇』は冒険者の中ではここ二年間常に語られている惨劇だ。それは冒険者としての仕事の残虐性を示しているし、自分たちが常に命の危機に瀕しているということを忘れないための戒めでもある。無論、アレアの街では冒険者以外にも語られている。それは子供が森の奥に入らない安全も込められてだ。
彼はまっすぐヒロを見つめて口をひらいた。
「既にご存知かもしれませんが、境界都市レルトが陥落しました。軍は現在北上を開始しています」
「北上? 帝国には侵攻していないんですか?」
「ええ。激しいぶつかりあいをしているようで、帝国への侵略は諦めたかのように共和国内を信じられないほどの速度で北上しているのですが、それに呼応するかのように王国が共和国に宣戦布告をしたのです。既にアレアより北の街は王国に陥落しました」
「……避難はしないのですか?」
ヒロの言葉に長は首を振った。
「いえ、こちらが避難民を受け入れる側なのです。南から疎開をしてくる人たちは王国が宣戦布告をしたということを知らずに北に来ています。もし、あなた方が来ていただけなければ今日ここに来る避難民も、同様に殺されていたか捕まっていたでしょう」
「私たちが来たタイミングが間良くて何よりです。王国の兵士は二人ほど逃がしておいたので、私たちのことを王国の軍部に伝えるでしょう。流石に軍と言えども、白級冒険者がいる街にはそうそう手を出しては来ないでしょう」
「ありがたい。これで時間も稼げるというものです。首都からの連絡によるとこちらにも軍を送っているようなので、それまで待てばこの街も少しは安全になるでしょう」
「私に出来ることなら何でも言ってください」
「ありがたい」
ヒロたちの面会はそれで終わった。堅苦しいのに出たがらない四人組(お嬢様たち)は、既にアレアの街の散策をしていた。
「まあ、白級冒険者ならこういう仕事もしなきゃいけないもんなあ」
ヒロはまだ火の手が回っていなかった街を歩きながら、宿へと向かう。街の北側は、大工たちが集まって燃えた街を再建していた。昨日ヒロたちが鎮圧した軍人たちは軒並み地下牢に入れられている。街の牢屋では牢の数が足りなかったので、冒険者ギルドの地下牢もまとめて使われた。だが、それでも足りなかったので結局四肢が治った兵士は街再建の労働力として使われている。
壊すのは楽だけど、直すのは骨が折れるぞ。
彼らは最初、仕事をするのにひどく反抗的だったがヒロとナナが激励しに行くと猛烈に働き始めた。やれやれ、みんな正直じゃないんだから。
「やあ、ヒロ君。もう仕事はおわったのか?」
ふと、リリィから声をかけられた。
「どこに行ってたんだよ。一人で面会なんて久しぶりすぎて緊張したぜ」
「緊張なんてしないだろ、君は……。それで、なんだって?」
「特別なことは言われてないよ。ただ、今日南からの避難民が来るらしい」
「避難? ああ、王国の宣戦布告を知らないのか」
「そうらしい。でもここで追い返すわけにいかないからなあ」
「北には帝国。南には皇国。東には東邦連合か。まったく、共和国も嫌われたものだな」
「いつ帝国が寝返ることやら」
「まあ、帝国はあくまで頼まれただけだからな。王国が戦争に参加してきたなんてことが耳に入ればすぐにでも寝返るだろうさ」
「そうなると、この国は終わりだな。どうする? 皇国にでも移住するか」
「それもありだな。でも、孤児院のみんなはちゃんと避難させたいよ」
「俺たちなら、皇国か帝国に一報入れるだけだろうさ。そう考えると白級冒険者ってのは楽でいいね」
「白級冒険者だからというか、これまでやってきた成果だな。ほとんどヒロ君のおかげだが」
「成果っていうほど何かをやったつもりはねえよ。ただ、目の前にあった事件を解決しいっただけだ」
「解決できるだけの力を持っているというのは立派なことじゃないか」
「まあ、この話はいいや。それで、アミとかナナは?」
「ん? ああ、街を見て回っているよ。君が故郷とかいうから面白がって街をくまなく見て回るらしい」
「ほぉ……。故郷だなんていっても一か月くらいしかいなかったんだけどな」
ヒロがそう言った瞬間、街の鐘が激しく鳴らされた。
「敵襲? 軍か?」
「まさか、速すぎるだろ」
「なら、一体……」
リリィが完全に言葉を紡ぐよりも先に、ソイツが目に入った。ドラゴンのような姿をしていながら、ドラゴンとは完全にかけ離れた種族。いわゆる、成り損ない。
「ワイバーン? どうして、こんなところに」
ワイバーン。B-級の魔物だ。宙を飛ぶことと群れることを除けばそこまで強い相手でもない。だが、なり立ての冒険者には厳しい相手になるだろう。
「行くぞ、リリィ。アイツを狩る」
「ああ、勿論だ」
ヒロとリリィはワイバーンが去っていった方向に向かって全力疾走。そのまま壁を飛び越えると、見えたのは草原の中をこちらに向かって必死の形相で走ってくる人々。
あれは、今日来るはずだった避難民だろうか。
その頭上を複数体のワイバーンが今にも襲い掛からんと舞っている。
ふと、列の最後尾の人間がこけた。あれは、子供だろうか。慌てて父親と母親がかけよって子供を起こすが、そこには目を付けたワイバーンが飛んできて、
「『捻じれて、放て』」
漆黒の砲弾によって吹き飛ばされた。頭を完全に打ち抜かれると、脳みそと血液をまき散らして地面に落下し、魔石になる。
「『光よ、貫け』」
リリィの詠唱が、今まさに子供を狙って急降下してきたワイバーンを貫いた。
「助かった!」「冒険者だっ!」「見ろ、あの冒険者証。白いぞ!!」
南の街から逃げてきた人々が逃げることも忘れて、ヒロとリリィの姿に見入る。
「行くぞ、ヒロ君」
「どっちが多く狩れるか、勝負しないか?」
「絶対に勝てるときだけ勝負を挑むのは人としてどうかと思うぞ?」
ヒロの周りに百を超える砲弾が生成され、そしてそれは一斉に放たれる。
空が黒く染まった。




