第2-09話 絶刀、覚醒す
「蠍は下がってろ、俺たちで行くッ!」
「すまないッ! 頼んだ」
蠍は戦闘職ではない。無駄な犠牲は避けるべきだ。
「参るぞ、ヒロ殿」
「勿論だ!!」
ナナが剣を抜く。村上は納刀したまま接近。ヒロの正面に移動した瞬間に抜刀。
「ハァッ!」
一閃。ヒロは刹那の見切りによって、居合斬りを回避。回避に遅れた髪の毛がパラリと宙を舞う。しゃがんだヒロめがけて飛んでくるのは二つの魔法。
水球と火球だ。ヒロは魔押しと魔断ちで対応し、村上の後ろにいるおさげ髪の少女に向かって腕を伸ばす。
「『捻じれて、放て』」
ギュルギュルと回転する砲弾が腕でつけられた狙いの通り発射され、飛んでいく。
「『水は壁となり、我が身を守れ』」
防護魔法。一瞬で生み出された数トンの水が壁となってヒロの攻撃を防ぎきる。
それに気を取られている間にヒロの懐に飛び込んでくるのは村上と、もう一人長槍の青年。
……誰が誰だかわかりゃしねえ。
神速の突きを半歩で避けると、槍の柄を掴んで振り回す。
「うぉっ」
今の声で思い出した。この槍の男は田中だ。田中はヒロが槍を掴んでぐるぐるとハンマー投げのように回して投げ飛ばすと二階席で優雅にワインを飲んでいた貴族の一人に激突する。
「田中君ッ!」
先ほどヒロに火球を放ってきた少女が叫ぶ。
……待って、俺は四人も相手してんの? ナナは何やってんだ?
ふとナナの気配を探すと、ヒロから遠く離れている場所に頸動脈を断ち切られて転がっているのが見えた。
「……馬鹿な!」
驚愕に足を止める。その瞬間に二つの魔法が叩き込まれる。ヒロは跳躍して回避。ナナは申し訳なさそうに顔を歪めると、ヒロにまっすぐ手を伸ばしてきた。
「……休んでろ」
吸血鬼、中でもナナは二つ名持ちのA級の魔物だ。頸動脈を斬られたくらいで絶命はしない。だが、早急に治療してやる必要がある。でも、ナナがやられるなんて一体誰に……。
「なぁ、黒瀬。お前、藤堂を知らねえか」
声をかけて来たのは、一人の大男。身長は2メートル近くあり、そのほとんどを筋肉で覆っている。目は血走り、その手元には不釣り合いなまでに小さく見える一つの斧が見えた。
「お前……高橋か…………?」
クラスの中では藤堂たちと同じようなクラスの中心メンバーの内の一人だった。だが、ここまで身長も高くなかったし、筋骨隆々でもなかった。そして何よりも、よだれをだらだらと垂れ流し、理性を失ってはいなかった。
「ああ、そうだよ。高橋だった者だ」
村上がこちらに近寄りながらそう、教えてくれる。
「俺たち才異の集団は身体が一際丈夫らしくてね。黒瀬だってこっちに来てから病気になったことなんて無いんじゃないか?」
「……あぁ」
確かにそうだ。ヒロはこの世界に来てから一つも体調を崩したことも病気になったことも無い。冒険者になり立ての頃、生水を飲んで仲間たちにドン引きされた思い出もある。
「だから、良い実験体になるんだ」
「そういうことかよ」
「でも、高橋は良い奴なんだ。俺たちも選ばれていたにも関わらず、アイツ一人が全てを受け入れてくれた。どうして、良い奴はこういうことになるんだろうな」
「…………さぁな」
ふと、村上の真後ろから魔法が飛んでくる。それを彼は頭に目でもついているかのように回避した!
やばいッ!
とっさのことで回避が間に合わずヒロに着弾。『常闇の帳』が必死に防御祝福を発動するが、それらの対応が間に合わず、ヒロの身体を焼き尽くす。
「ぁぁぁあああああああッ!!!」
焼けていく痛みに身体を抑え込む。
……やばいやばいやばいッ!! 焼け死ぬ!!!
「なあ、黒瀬。藤堂たちを知らねえか」
大男が飛んでくる。その手には斧。
駄目だ。命令に逆らえていない。きっと高橋に打ち込まれた薬の中にそう言ったものが含まれているはずだ。
「『圧壊せよ』ッ!」
ヒロの言葉によって不可視の一撃が高橋に叩き込まれる。大猿と寸分違わない一撃を喰らって、高橋は地面に埋まり込んだ。
その瞬間、空から田中が降ってきた。二階席から飛び上がり、天井を蹴って落下してくる一撃をヒロは身をよじって回避するが、完全によけきれずに左脚の甲を貫かれる。
「……ッ!!」
「悪いな、黒瀬」
ふと、漏らした田中の顔は泣きそうなまでに歪んでいた。
「気にすんな」
人を殺さなければ自分が死ぬ。自分の死を乗り越えてまで、他人を救おうとする人間はそうはいない。
田中は槍を手放すと距離を取った。床につなぎ留められたままのヒロに打ち込まれたのは一つ一つが重たい水の一撃。
「クソっ!!」
一撃が叩き込まれる度にヒロの骨が折れ、内蔵が破裂するのが分かる。
クソクソクソクソ!! 死ねるかッ! こんなところで死ねるかよッ!!!
ヒロは魔押しで対抗しようとするが、視界がぶれて赤く染まり魔法に対して、狙いを定めることが出来ない。
ふと、ストレートな長髪の少女が一際大きな火球を生み出しているのを見てヒロは身構えた。
あれは、火属性上級下位魔法『焼き付くす太陽』。摂氏六千度の炎を生み出して対象もろとも自爆する魔法だ。術者も輻射熱で死ぬぞ!
だが、その後ろにたった四人は平然としている。一体どうして……?
ヒロが目を凝らすと、大気の揺れが彼らを覆っているのが見えた。あれで熱を防いでいるのだ。
「お前ら、高橋ごと殺す気かっ!」
「それが、彼の救いだ」
村上が悲しそうにそう言った。
「…………ふざけるなよ」
ヒロの言葉は誰にも届かない。小さく呟いた声は誰にも届かない。
「死が救済だなんて、ふざけるなァ!!」
ヒロの叫びに呼応するように魔法が放たれた。ヒロは槍を引く抜く。
どうする。どうすれば助かる。魔法が大きすぎて、消すことも逸らすことも出来ねえ。高橋は地面に埋まっているから助けていると、二人もろとも焼死する。なら、ナナを救うか。だが、ここで高橋一人を見殺しにするのか?
……俺はもう誰も死なせたくない!
【起動中】
聞こえてきたのは、ひどく壊れた声。腹の内から聞こえてくるその声に、ヒロは立ち止まった。違う。世界が停まっている。
……誰だ?
【思考言語検索中】
【日本語?】
【当システムに該当なし】
【共通言語で起動します】
そして、世界が消えた。
【初めまして。ご主人様】
【私は絶刀】
【おはようございます】
ヒロは、自らの刀を見下ろした。月の光を裂くようにして輝いていた短刀は、驚くほどに夜の闇に同化する黒に染まっていた。
「……そうか。これが」
【Yes】
【妖刀です】
ヒロは目の前の太陽を一閃。それだけで、魔法は全て初めからそうであったかのように、掻き消えた。
【魔断ちを模倣し、再現しました】
「はっ」
渇いた笑みがもれた。魔断ちとは魔法の核を斬ることで魔法としての形を保てなくする技である。だから、『焼き尽くす太陽』のような範囲が広い魔法は核に刃が届かずに斬ることが出来ないのだ。
だが、妖刀ならば。
「往くぞ、絶刀」
それは、この状況を覆すための、宣言。
「反撃だ」




