第2-05話 それでも少女は誰かに縋る
私はアイリス。猫の獣人で年齢は14歳、両親はいない。私が11歳の時に神皇の元に行ってから、そこからはずっとお姉ちゃんとの二人暮らし。
お姉ちゃんは私が12歳の時から酒場でウェイトレスとして働いている。私も、近くの商店でお手伝いとして生活費を稼いでいる。
けど、お金なんて全然支払われない。神皇様がお金の九割に税金をかけているから、一日働いてもらえるのは150イルとかがせいぜい。
今までは街の人たちとの協力によってそれでも何とか生きていけた。
それが変わったのは三年前。神皇は最愛の妻を亡くした。元々、神皇は人嫌いで有名で、妻以外の一切の人を近くに寄せ付けなかった。神皇の奥さんが無くなったのは毒殺されたから。正確に言えば、神皇にふるまわれた料理を、神皇が妻に食べさせたのだ。その後、泡を吹いて亡くなった。
その後、盛大な犯人捜しが行われ分かったのは、毒を仕掛けたのは妻だということ。最愛の妻に殺されかけたという思いが、神皇の人嫌いを加速させた。まず初めに長男を、次いで次男を、そして大臣のバルテル様を、そして妻の妹であるダフネ様を、国家反逆罪として処刑していった。
神皇の邪魔をする者がいなくなった後、神皇は民にさらに重たい税金をかけ気まぐれに出かけては女を攫って持ち帰り、犯してはその後殺した。また、自分の気に入らないような獣人がいると、その場で処刑させた。
それを見かねた戦士団、団長が神皇に反逆の意志を示し神皇に不満がある者たちを集めて、王城へと押し入った。その数、なんと16000人。誰も彼もが、神皇の首をはねることが出来るとそう思っていた。
その暴動は、結局革命にはならなかった。突如世界に現れた才異の集団、7人。たった7人で16000人の皇都民を殺害しきったのだ。遺体を埋葬する時間も、人も無く16000人の死体は全て壁の外へと投げ出された。そうして、残ったのは反逆に参加しなかった子供と、すっかり腑抜けた大人たち。そして、皇都の警備という名目で好き放題暴れている神皇の私兵ばかりだった。
彼らは好き放題暴れまわった。店が開いていると、中の商品を全て持ち去り、酒場で飲んでいると突然押し入って全員をリンチしたりなどと悪事をひたすらに繰り返した。彼らに反逆しようとした数少ない獣人たちもすぐに殺されて、街の真ん中に骨になるまで放置された。それが、見せしめなのだ。
お姉ちゃんはどんなに疲れていても、毎晩私を抱き寄せてこういった。
「辛さを耐えればきっと幸せになれる。神様は絶対に見てくれている」
って。だから、がんばった。私兵に歯向かえば死ぬ。だから、彼らが来ると必死に戸を塞ぎ黙り込んで居留守を使った。彼らに捕まれば、どんなことをされるかは、向かいの家のお姉さんを見ていて知った。
散々犯された後に、彼女はどこかに連れていかれた。必死にそれを止めようとした両親は、その場で殺された。とても、笑顔が似合う犬の獣人だった。小さいころ、よく頭をなでてくれていたのをまだ、覚えている。
お姉さんは、こんな国でも希望を忘れないようにとよく笑っていた。暗くても何もないと、笑っていればいつかきっと幸せになれるのだと、そう言っていた。
そんな彼女は、最後ボロボロの姿になっても笑って見せた。私兵たちはそんな彼女を薄気味悪く思いながらも連れて行った。
……彼女は、幸せだったのだろうか。
「アイリス、絶対に声を出しちゃ駄目だからね」
押し入れの中の、荷物の奥に隠れる様にして私を抱きしめながらガタガタと震えて、お姉ちゃんがそう言った。
私はこくりと頷く。
いつもなら、誰も出歩いていない時間帯にお姉ちゃんは外に出たはずだった。でも、その時たまたま神皇の私兵が近くにいたのだ。お姉ちゃんは慌てて家の中に戻ったけど、もう遅かった。近くにいた私兵たちが集まって、打ち付けた扉を壊そうと力づくで叩いていた。
「……大丈夫よ、アイリス。今は不幸でも耐えればきっと、幸せになれるから。神様は、私たちを救ってくれるから」
「うん……」
お姉ちゃんは縋るようにそう言って、強く私を抱きしめた。その瞬間に、扉が壊れる激しい音が響いた。二人とも身体が大きく震えた。
……大丈夫、見つかりっこない。見つかりっこない。
何度も何度も頭の中で繰り返す。
ねえ、神様。神様は良いことをした人を助けてくれるのですよね?
男たちがまっすぐ二人の元に近寄ってくる足音を聞きながら、アイリスは神にすがった。
「ここ辺りから、匂いがするぜ」
「どうせ押し入れの中とかだろうよ。どいつもこいつもやることは一緒だ」
お姉ちゃんがさらにぎゅっと抱きしめる。
押し入れの扉が開けられる。
「ここだここだ」
まっすぐ荷物裏に隠れる私たちを指さして、男たちが荷物をどける。二人の男の、下品に笑った顔が見えた。お姉ちゃんの腕が引かれて、強引に離される。
……いやっ。と、声を上げた私の頭を棒のようなもので男が叩いた。
お姉ちゃんの悲鳴が聞こえる。血が垂れてきて、真っ赤に染まった視界の奥に、服を脱がされながらも私の元に駆け寄ってくるお姉ちゃんの姿を見た。
神様、どうして助けてくれないのですか?
まだ、耐えないといけないのですか。まだ、足りないのですか。もう、十分に耐えましたよ!
お姉ちゃんに向かって必死に伸ばした手は、男の手によって踏みにじられた。
「……もう、嫌だ」
涙が、こぼれてきた。お姉ちゃんは、まだ必死になって抵抗している。
私兵が暴れているから、音はしているはずなのに誰も助けに来ない。来るはずもない。
「誰か、助けてよ」
泣き声ともつかない震え声が漏れる。それは、誰にも聞こえない。小さく呟いた声に、反応する者など誰もいない。
「誰か助けてよっ!!」
「うるせえガキだな」
男はそう言って、アイリスを蹴り飛ばした。熊の獣人である男の蹴りによって勢いよく飛ばされ壁にぶつかると、肺の奥から空気が漏れた。
そのまま、重力に引き寄せられるようにして地面に落ちるといくつもの涙がこぼれてきた。
「何で、誰も助けてくれないの。私はもう、耐えたよ。お姉ちゃんも、耐えたよ。神様、助けてよ。誰でも良いから、助けてよぉ!!」
少女の叫びは届かない。聞こえている住民たちは、誰も彼も構わない。皆、命欲しさにかかわろうとしない。だが、
「ああ、勿論だ」
ここに、一人。黒服の冒険者がいる。
一瞬、その場にいた四人の動きが固まった。どこから、現れたのか。どうやって入ってきたのか、誰も分からなかった。ただ、分かるのが一つ。男の胸には、太陽の光を受けてキラキラと煌めく金の冒険者証。
「お前、どこから入ってッ」
言葉の途中で、男の腕が飛んだ。鮮血をまき散らしながら、床に落ちた腕を興味なさげに見捨てると、冒険者は服を脱がせようとしている男の首を掴み上げ、そのまま窓から投げ捨てた。
「……人間じゃねえ」
熊の男を片腕で投げ飛ばした冒険者を見ながら、片腕の男がそう言った。
次の瞬間には、その男も同じようにして窓の外に投げ捨てられていた。
黒服の冒険者は、半裸になったお姉ちゃんに服をかぶせると頭から血を流している私に治癒ポーションを飲ませてくれた。
「もうすぐすると、仲間が来る。よく、耐えたな。頑張ったんだな」
頭をなでながら、そう言われてしまってタガがはずれた二人はひたすらに泣き始めた。
困ったような顔をしたまま、それでも彼は泣き止むまでずっと側にいてくれたのだ。




