第2-04話 冒険者、皇都を見る
馬車を走らせること五日目。大きな山を越えた後に、一気に気温が上がったのをヒロは馬車の中で把握した。
すぐに『常闇の帳』が環境適応の祝福を発動して外套の中が涼しくなってくる。
「どこまで南に行くのかは分からないが、それなりに南なんだな。アミはレルトに来るまでにどんくらいかかったんだ?」
既に五日目ということもあって、ほぼ無言の車内でヒロが口を開いた。
「うーん、そろそろ着く頃だと思う。私が来た時には四日くらいでついたから」
今回、運び屋の男は出来るだけ皇国戦士団に見つからないように移動しているため、どうしても到着まで時間がかかってしまうのだ。ガタガタと馬車を走らせること数十分、急に馬車の動きが停まった。
「降りろ、到着だ」
運び屋の男がそう言ってヒロ達を下ろしたのは、山の裾。南国模様の木々に囲まれた場所だった。
すぐ隣に小さいが結構勢いのある川が流れている。
「川沿いにまっすぐ下れば、皇都が見えてくる。悪いが俺が送れるのはここまでだ」
「ありがとうございます。助かりました」
ヒロは報酬として15万イルを支払った。相場の三倍、はっきり言って破格の報酬だが、今回は仕方ないだろう。何しろ彼以外誰も皇都に来たがらなかったのだから。
「おい、出ろ」
黒い箱を解放して『蠍』を取り出す。
「何? ついたの……って、ここどこ」
「皇都の手前らしい」
蠍はあたりをキョロキョロと見渡すと、
「ああー。分かった、この川沿いをまっすぐ行けば見えてくるよ」
「それはさっき聞いた。お前は俺たちの囮となって前を歩け」
「……人使い荒くない? 流石の皇国もここまでしないよ」
ヒロが後ろから短刀でついてやると、すぐに姿勢を正して歩き始めた。
最初っから素直になればいいのに。
「歩きながら皇都の情報を教えろ」
「皇都のこと? まあ、別に良いけどそんな特別凄いところじゃないよ。真ん中に王城があって、その周りを大きな水路で囲っている。さらにその周りに街が広がっている感じだ」
どこでも聞けるような情報を蠍が答える。
「どうせ痕機は王城にあるんだろ。どうやって入ればいい?」
「城に入るなら真ん中にある橋しかない。けど、僕も王城には入ったことないからね。王城の中を説明するのは無理かな」
「なら、あとで入ってきてもらうからよろしくな」
「えぇ……」
「入って来たらお前の首輪外してやるよ」
「やらせていただきます!!」
ヒロ達は現在手錠ではなく、対魔素材で作られた首輪を『蠍』に装着している。これがある限り魔法は使えないので、彼はヒロ達のいうことを聞かなければいけないというわけである。
「さて、森を抜けるよ」
森を抜けた瞬間に臭ってきたのは、人間が腐る臭い。何とも形容しがたい気持ちの悪さを覚えながら一行が進んでいくと、その原因が見えてきた。
「……これは」
皇都を囲むようにしてぐるりと巨大な壁が作られている。これは別に珍しいことじゃない。外敵からの侵入、魔物の侵入を防ぐための立派な外壁だ。
だが、その周り。枯れた大地の上に積み重なっているのは無数の白骨。中にはあえて、旅人にでも見せつけるかのようにして十字架にかけられている死体もあった。
どの死体もかろうじて残っている衣服から、彼らが皇都の住人であることがうかがえる。
「……一体どういうことだ」
「どうもこうもないよ。彼らは今の神皇に逆らって、殺された。それだけだ」
淡々と蠍が答える。
「今の、神皇は人を殺すのか」
「そうだよ。人を信じられないのさ。詳しいことは僕も知らない。けど、とんでもない数の人を殺したってのは知っている」
思ったよりもとんでもないところらしい。ヒロ達は白骨が無造作に投げ散らかされている大地を超えて、門へと到着した。
「おいおい、これはまたとんでもないお客様が来たもんだ」
「へぇ、一、二、三、四……。女の方が多いじゃねえか」
門番は二人。どちらも二メートル近くある大きな獣人だった。筋肉や、姿からゴリラの獣人であることが分かる。両方ともにはちきれんばかりの筋肉をこれでもかとヒロ達に誇示していた。
「ここを通りたいんだが」
ヒロがそう言うと、ゴリラの男たち二人は手に持っていた棒をX字にクロスさせた。
「無料で通ろうってか」
「ここを通りたいなら一人、一千万イル払いな。それが出来ないなら、分かっているよな?」
今にも舌なめずりしそうな顔でリリィやアミを門番が見つめる。
ヒロは一度ため息をついてから、胸元の金級冒険者証を見せつけた。
「いや分からねえ。喧嘩でもするのか?」
それを見るなり門番の獣人たちは一瞬で顔を真っ青にするとその場に土下座した。
「金級冒険者の方でしたか!!」
「大変申し訳ございませんでしたッ!!」
変わり身の早さにラウラとアミが驚いた顔を見せる。
まあ、ここまで素早く掌を返せるのは流石だな。
金級冒険者は、A級の魔物を討伐できる冒険者だ。そんな強者とまともに戦おうなどという命知らずはそうはいない。
「門、通してくれよ」
「どうぞどうぞ、こちらです」
一気に態度を変えた門番たちに皇都への道を貰いながら、ヒロはじぃっと街を見つめていた。
……やけに静かだな。
いつもなら、門をくぐっている間に人の騒ぎ声などが聞こえたりするのが普通なのだが。
「ここが、ベルムガルム皇国の首都でございます」
頭を下げながら門番に言われてヒロ達は街へと踏み入った。
……ひどく、さびれている。
それが、第一印象だった。
首都だというのに街に人通りは無く、露店もほとんど出てはいない。ただ、いたるところに酒の瓶と、ドラッグやポーションの瓶などが散らかっていた。
「……臭うな」
リリィがそう漏らす。貧民街出身の彼女にはすっかり嗅ぎなれてしまった貧民街独特の匂いが、大通りから臭ってくるのだ。
「……これは、どういうことなんだ…………」
しかし、一番驚いているのは蠍だった。彼は目を丸くしたまま皇都の現状をゆっくりと見渡していた。
「どうした、気になることでもあるのか?」
「……ここは、皇都で一番栄えていた市場だ。北門は『境界都市レルト』からの行商人たちが入ってくるから、一番人と物で溢れて、活気ある街だったんだ……」
「詳しい話を聞きに行くでござる」
南国だから日差しが強い。吸血鬼のナナは笠を深くかぶった。
「そうしよう。もっと皇都の情報が必要だ」
情報を集めるなら酒場。そう思って蠍に案内させたのだが、
「……やめておこう」
どこもかしこもひどく酔っぱらった浮浪者で溢れており、まともな人間なんてどこにもいやしなかった。その後、いくつかの酒場を回ったがどこも同じような状態で、話が聞けるような状態ではなかった。
「まだ昼間だってのに酒ばかり飲んでいい身分だ」
「そういうなリリィ。きっと、何か理由があるんだ……」
ベルムガルム皇国は、獣人の国だ。人口の九割以上が獣人で構成されており、その気さくな人柄でよく知られている国である。そんな彼らが真っ昼間から仕事もせずに酒ばかり飲んでいるなど、何かがあるとしか思えない。
ヒロ達は結局、酒場を諦めて別の場所に移動しようとしたときだった。
「誰か助けて!!」
初めて聞いた助けを呼ぶ声に、ヒロとリリィは顔を見合わせるとすぐにその声のしたほうへ走り出した。
ブックマークありがとうございます!
励みになっています!!




