一章終話 囚われる者は生きる理由を探していた
「まさか私が生きている間に『レルトの地下迷宮』が攻略されるなんて予想もしていませんでしたよ」
「あぁ、俺もまさか攻略しちまうとは思っても見てなかった」
「流石は双極絶死ですね、では少しだけお待ちください」
ギルドの受付嬢は一礼すると、先ほどヒロとリリィが書いた書類の束を持ってギルド長のところへと向かった。昨夜、『レルトの地下迷宮』全域に響いたファンファーレの音は、地下迷宮が攻略されてしまった祝砲。一体誰が攻略したのかと、街の噂になっていたところに、ヒロが現れて証拠の黒い箱を受付嬢に見せたのだ。
受付嬢は最初目を疑っていたが、ヒロ達が双極絶死だと知るや否や、攻略後に関する書類を手渡してきた。そう、この世界の冒険者ギルドでは地下迷宮を攻略すると書類を書かされるのである。それは、攻略した冒険者に地下迷宮の所有権が譲渡されるからである。
故に若い冒険者が地下迷宮攻略を目指し、歳を取るとその地下迷宮からとれたものに税を課せばそれだけで上前を撥ねて生活できるという寸法である。
ヒロ達は攻略した地下迷宮全てに5%の税をかけているので、既に資産は莫大なものになっている。なんなら既に冒険者なんて仕事を辞めても生活していけるだけの蓄えはあるのだ。
「しっかし、俺たちのコンビ名は何とかならないもんかね」
「まぁ、言いたいことは分かる。ギルドがつける名前は強すぎるきらいがあるからな」
「もっと柔らかいものにして欲しいぜ。これじゃあ、モテないよ」
「モテたいのか、ヒロ君は」
「モテたいっていうか、彼女が欲しい」
そういうと、リリィが少しだけ怒った表情を見せた。
……何で?
「今までいた事は?」
「あるわけないだろ」
「まぁ、私も彼氏はいた事無いが」
「だろうな。――痛った! 脇腹殴るのは反則だろ!!」
ヒロがだろうなと言ったのは、ずっと側にいたからの言葉だったのだがリリィには地雷ワードだったみたいである。いや、当然か。
後ろを通った冒険者たちが冷やかしの口笛を吹いて歩いていく。
これがイチャついているようにでも見えるのか。
「ねぇ、ヒロ君。私だけがずっとヒロ君のパートナーだよ?」
ふと、リリィが耳元でそうささやいた。ヒロは飛び跳ねると周囲を見渡し、そして驚愕の表情を浮かべたままリリィに問うた。
「おっ、おまっ、外だぞ?」
「良いじゃない。たまには」
それは、リリィの2年前までの口調だ。基本的にリリィは口調を作っている。それは、双極絶死として舐められないようにするためであり、ヒロのパートナーとして、馬鹿にされないようにするためだ。
だから、ヒロと二人きりでいるときはこうして二年前のまま年相応の彼女を見せてくれるのだ。だからこそ、こうして人前でその口調にしたことに驚いたわけだが。
「あらあら、お取込み中でしたか?」
「……いえ、別に。いつも通りですよ」
何とも言えないタイミングで受付嬢が戻ってきた。顔を真っ赤にしながらリリィを見つめていたことが恥ずかしくなってヒロは真面目な顔して受付嬢に向き直る。
受付嬢はいつも以上にニコニコしながら、ヒロの書類に不備がないことを教えてくれた。これで、『レルトの地下迷宮』からとれる魔石や痕機の売却値から5%がヒロ達の懐に入ることになった。
「しかし、羨ましいですよ。こんなに大きな地下迷宮の主になれるなんて」
「……そうでもないさ。さて、帰るか」
「ああ」
すっかりいつも通りの口調にもどってリリィが答えると、二人は冒険者ギルドから出た。
「このまま帰るのもなんかアレだな」
「どこかに寄っていく?」
「……良いのか、その口調で」
「うん。服も私服だし、冒険者証も服に隠れてるからわかんないよ」
「なら良いんだけどさ……」
「あっ、ヒロ君。あっちに美味しいクレープ屋があるんだって。行ってみようよ」
「おう、良いぞ」
クレープとは二年前に突如して出てきたスイーツのことである。生み出した『才異の集団』の一人はほかにも様々なスイーツを生み出して莫大な収益を上げているとか、いないとか……。
ヒロとしては元の世界のレベルの美味しいお菓子が食べられるから噂などどうでも良いのだが。
「見てみて、プライムストロベリー味が人気みたいですよ!」
「じゃあ、それにすっか」
ちなみに『境界都市レルト』ではキャッシュレス化が著しい。現金だと、偽造紙幣が出回ってしまうため領主が力を入れてキャッシュレスを図っているのだという。ちなみに、冒険者は全て冒険者証を触れさせれば勝手にギルド銀行から引き落とされる仕組みとなっているため、非常に便利だ。
ヒロとリリィが屋台に向かうとクレープを焼いていたお姉さんがくすりと笑った。
「あらあら、これは付き合いたてのお二人さんかしら」
「い、いえっ。俺たちは別にそんなんじゃ……」
ヒロが否定した瞬間、脇腹にリリィの肘が叩き込まれた。
「ああ、なるほど。そういうことね」
……一体どういうことだってばよッ!?
「これはサービスよ、がんばってね」
お姉さんはそう言って少し多めにクリームを付けると、リリィに渡した。
一体何を頑張るんだろう。
「行きましょ、ヒロ君」
「お、おう……」
リリィに引っ張られるようにして、ヒロは歩き始めた。
「それで、これからどうするんですか?」
川沿いを歩いている時にふと、リリィが口を開いた。
「……これから、か」
「新しい地下迷宮を探しに行きますか? でも、これから特壱級痕機が見つかりそうな地下迷宮を探して、移動して、攻略しているともう時間がないですよ」
「……二年、か。あっという間だったな」
「少しだけ、強い言い方をしますね。ヒロ君は、まだあの二人に囚われているんですか?」
「…………」
ヒロは黙り込む。ガウェインとロザリアのことを忘れたことは、この二年間で一度もない。己の無力があの二人を失ったという結果を生み出したということを知っている。
だが……。
「死んだ人は戻ってきません。それは、絶対のことなんです」
「……俺は、『才異の集団』だ。別の世界からこっちにやってきたんだよ」
「えぇ、知ってますよ。薄々、そうなんじゃないかとは思っていました」
「俺はこの世界にやってきて、キラービーに襲われて死にかけて、級友に助けられて、その後ガウェインに誘われてパーティーに入ったんだ」
「……はい、知ってます」
「俺はさ、あの四人のでいる時が凄い楽しかったんだ。ガウェインがいて、ロザリアがいて、リリィがいて、そんな当たり前の日常の中にいるとさ、この世界でも生きてみようって、こんな世界でも生きてみたいとそう思ったんだ」
「……私もです」
「そんな、仲間を取り戻したいって思うのは、贅沢なことなのかな」
ヒロの目には、薄い涙が浮かぶ。リリィも、思わず涙を流していた。
二人は黄昏の中、静かに川沿いを歩いた。どこまでも、どこまでも。
「……ないッ!!」
半分泣きながら黙りこくって帰ってきた二人を、アミもナナもラウラも今にも爆発しそうな爆弾を扱うかのように丁寧に扱ったので、ヒロはいたたまれなくなって黒い箱を整理していた時に、そう叫んだ。
「な、何が無いんですか? ご主人様」
ラウラが宿のキッチンを使って作った料理を運びながらそう尋ねた。
「てっ、天秤が無いッ!!!」
そう、どこを探してもあの特壱級痕機。特級魔法を覚えることができる天秤が見つからないのだ。
「ふぇっ!?」
ラウラが思わず皿を手放して地面に落ちる寸前にナナが受け止める。
「ひっ、ヒロ殿。それは真でござるかっ!?」
「ああ、マジもマジの大マジだ……」
黒い箱の使い方を知っているのは、ここにいる五人のみ。ヒロは基本的に体内にしまい込んでいたため、無くすタイミングは限られている。黒い箱の中にあるものが勝手に消えるということは考えづらい。
なら、答えは一つだ。
「天秤を盗んだ犯人は、この中にいるッ!!」
ここで一章終了です!!
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