第04話 来訪者、助かる
寄生蜂、という種類の蜂がいる。卵の寄生先となる虫を捕まえて、巣まで持ち帰ると、その虫に卵を埋めつける。そうして、宿主の中で孵化した蜂の幼虫は、宿主の身体を食い散らかすと、最終的に宿主を殺して体外へ出てくる。そうして、成虫へとなるのだ。
ヒロが捕まったのは、そうした蜂の魔物の一種だ。人や猪、熊などの大きな動物に身体を麻痺させる神経毒を打ち込んで身体の身動きが取れなくなった後に巣まで運び込んで、卵を埋めつける。
ヒロは身体を一生懸命動かそうとするが、毒によって指一本も動かすことが出来ない。
……どうする? どうすればいい!?
毒は全身を回っていて、解ける気配を見せない。一度、毒が解けるのを待ってみるべきだろうか。いや、そうするべきだ。無理に身体を動かして、いたずらに体力を失うことは無い。
ヒロは一度、身体の力を手放すと少しの間体力を回復に努めることにした。目を瞑る、すぐに眠りが訪れた。
目を開ける。何分寝たのだろうか。洞窟の中であるが故に、時間の経過がよく分からない。
身体を動かそうとすると、わずかに指一本がピクリと動いた。まだ、完全に毒は抜けていないがそれでもわずかに解け始めている!
這ってでもこの洞窟を脱したいが、それをするにはまだ毒が体内に残りすぎている。
とりあえずヒロは洞窟の中に横たわったまま、ここから脱出することを考えた。とりあえず、入ってきた方向と位置くらいはまだ覚えている。それを忘れないように頭の中で反芻していると、ブーンという重い羽音。ヒロが寝かされた部屋の前を一匹の蜂が通過する。
その体の下には人間がぶら下がっていた。ヒロと同じ冒険者だろうか。
でも、そのおかげでわずかに光明が見えた。こうして冒険者が何度も担ぎ込まれるということは、その分ギルドも助けを寄越す確率が高くなるということだ。流石に、冒険者一人二人なら動かないかもしれないが、民間人に被害が出そうになるならいかにギルドとて動くだろう。
問題は、それまでにヒロの中にいる幼虫が孵化してしまう可能性もあるということだ。
身体を横にして待っていると、ようやく腕が動くようになってきた。まだ足は痺れて思うように動かないが、それでも這うことくらいは出来る。……逃げ出せる!
そう思って、部屋の入口に這って移動していたその時だった。再び部屋の外から重たい羽音が聞こえてきて、ヒロが顔を上げる。
そこにいたのは巨大な蜂。いともたやすく、ヒロの身体を持ち上げて再び部屋の奥へと移動させるとその巨大な針を背中に打ち込んだ。痛みは無い。けれど、その代わり先ほどのような激しい麻痺に襲われた。
「……ク……ソ」
ヒロを再び動かなくさせると蜂は興味を失ったかのように踵を返して部屋の外に出ていった。まるで毒が切れた瞬間でも見計らったかのようなタイミングにヒロは歯噛みする。見計らったような、ではない。蜂たちは人間に対して自分たちの毒がどれだけ持つのかを知っているのだ。だから、切れそうなタイミングで毒を再び身体に回す。
これで、振りだしに戻ったわけだ。また、毒が切れるタイミングを見計らわなければいけない。だが、今度は考えがある。ゴブリンを捕まえたあの魔法。今度はあれを蜂に使ってみようと思う。どれだけの効果時間があるのかは知らないが、ゴブリンに試したときには完全に死ぬまであの魔法は効き続けた。未だ、発動するタイミングも条件もよく分かっていないとてもかけるに値しないものだが、それでもまだ試してみるだけの価値はあるはずだ。
一回目、不発。再び毒を打ち込まれる。
二回目、不発。再び毒を打ち込まれる。
三回目、何かが出ていくような感触はあったが、蜂は捕らえることが出来ずに疲労しただけに終わった。
闇魔法に失敗したせいなのか、三回目の試みが終わったころにひどい眠気に襲われた。寝よう、そうして明日また挑戦しよう。そう思って、寝た。
音がする。カリカリ、と何かを掻く様な音だ。カリカリ、カリカリ、とその音のせいでヒロは目が覚めた。一体なんの音だろうか。蜂どもが洞窟を拡張する音だろうか。
だが、それにしては音が大きい。カリカリと、耳障りの音はヒロの耳から離れない。
しばらく耳を澄ませて聞いてみると、その音はヒロの身体の中から聞こえてくることに気が付いた。
カリカリ、カリカリと何度も何度もヒロの身体を掻く音がするではないか。
「……あぁぁぁぁぁああああああああっ!」
卵が孵化している! その事実に気が付いた時には、既にほとんどが手遅れだった。身体の中を食い破る異音に耳を塞ぎたくなる衝動に襲われるが麻痺毒がその一切を許さない。
「死にたくない! まだ、死にたくねえよぉ!」
ヒロは洞窟の中で叫ぶが誰にも聞こえない。ヒロは知っている。寄生蜂に取りつかれた虫が、最後どうなるのかを。そうして、自分がこれから辿るであろう運勢も。
こんなことなら、森の奥に入るんじゃなかった。こんなことなら、パーティーを組んどくんだった。こんなことなら、もっと魔法の特訓をするべきだった。こんなことなら、こんなことなら、こんなことなら!!
後悔は先にはたたない。どれだけ死ぬ間際に叫ぼうとも、抗おうとも、結局は意味など果たさないのだ。
零れ落ちる涙をふくこともできずにただ、何度も助けてくれと叫び続けた。声も枯れ果て、かすれ、囁くような声色で何百回目のかの助けてくれを叫んだ時だった。
「ハァッ!」
人の、叫び声。続いて聞こえたのは何か大きなものが落ちる音。
人だ。人間だ。助けが来た!!
「誰か! 誰か俺を助けてくれッ!」
これが、最後のチャンスになると思った。これを逃せば自分は到底助からないと思った。
そうして、その声に導かれるようにしてその部屋に入ってくるのは四人のパーティー。男二人、女二人で構成され前衛と後衛に綺麗に分けられたパーティーの、その全員にヒロは見覚えがあった。
「おい、お前。黒瀬か? 何やってんだ。こんなところで」
それは、彼のクラスメイト。
「藤堂か……? 蜂に捕まったんだ。体の中に卵を植え付けられてる! 助けてくれ!」
「あ、ああ。任せろ。カオリ、魔法の準備を」
彼ら四人は、クラスの中心人物たち。いわゆる陽キャだ。そして、ヒロが毛嫌いする人種でもある。だが、今は命の危険が迫っている。四の五の言っていられる立場ではなかった。
「黒瀬、歯ァ食いしばれよ。いかに剣術の才能があったって痛みなしじゃ取り除けないからな」
そういって藤堂はヒロの背中を綺麗に裂いた。その瞬間、激しい激痛。背中に焼き鏝を当てられたかのような熱がヒロを襲った。そうして、幼虫が露わになると、藤堂はそれを掴み上げて踏みつぶした。
「ぐぅぅうううッ!」
「黒瀬君、少し我慢してくださいね。『天なる父よ、どうか我らに祝福を』」
すぐさま背中が暖かい光に包まれて肉がくっついていくのが分かる。それだけではなく、食い破られた内蔵も修復されていく。
「あ、ありがとう……」
「いいってことよ。俺たち、クラスメイトだろ!」
そう言って屈託なく笑うのは藤堂の隣にいる槍を構えた軽そうな男。
「でもアキ、お前は何もしてねえけどな」
「俺がこのクエスト受けようって言ったんだぜ」
そう言って藤堂と二人して笑いあう。
「おい、立てるか? キラービーの毒を食らってるだろ。カオリ、解毒薬もってないか?」
「あるよ。黒瀬君、大丈夫? 飲める」
「ありがとう……。ありがとう……」
ヒロは涙を流しながらに言葉を告げる。良かった、助かった。まだ、生きている。
俺はまだ、生きている!
解毒薬を飲んで、しばらくするとすぐに動けるようになった。
「……助かった。正直来てくれなかったら、俺は死んでたよ」
「おう! 助かって良かったな。今度お詫びに飯驕ってくれよ」
そう、アキ……藤村が笑う。それを皮切りに、三人が口々に食べたいものをいいながら、洞窟の外へと案内してくれた。
「ほ、本当に飯をおごるだけで良いのか? 俺は命を助けられたんだぞ?」
「何言ってんの、黒瀬っち。あたしたちクラスメイトじゃん?」
そう言ったのは、パーティーで唯一攻撃魔法が使えるという二階堂だった。
「そういえば黒瀬君。パーティーメンバーの人は?」
「……いや、俺はパーティーを組んでいないんだ」
「そうなの!? 良かったら俺たちのパーティーに入んない?」
「アキ、パーティーは四人までだ」
「あれ? そうだっけ。ごめん、黒瀬。申し訳ねえ」
「いや、謝るほどのことじゃ……」
「黒瀬っち。いっつも教室の端で本とか読んでるしあんまり人付き合い得意じゃないんでしょ。なんか困ったことあったら言いなよ。出来ることなら助けるからさ」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ、俺たちはクエストの残りがあるから、悪いけど街までは送っていけねえんだ」
そういって申し訳なさそうにする藤堂にヒロは、
「いや、良いよ。助けてもらったんだ。街までは自分で帰るさ」
そういうヒロを四人は心配そうに見ていたが、これ以上迷惑をかけられないと思っているヒロは足早に森を後にした。
ヒロが行方不明になってから、二日が経っていた。