第1-16話 冒険者、階層主と対峙する
翌日より、迷宮の探索を再開した。ラウラは非戦闘員なので、ヒロ、リリィ、ナナ、アミの四人で潜ることとなった。ナナは自分の正体が分からないようにするために網笠をかぶったままだったので、逆に注目をひくのではないかと思ったが、そこは流石に『境界都市レルト』。人の量が多すぎて、そもそも一つとして注目を浴びることは無かった。
「なんか拍子抜けだね」
「そうだな」
あっさりと第80階層まで四人が降りてきてリリィとアミが互いにそう言いあう。だが、他の冒険者が聞くと嫌味にしか聞こえないだろう。
金級冒険者が二人、A級の吸血鬼が一人、そして中級上位の治癒魔法と、補助魔法を使える四人組がいて、拍子抜けだ。逆に、その四人ならどうしすれば歯ごたえのある地下迷宮になるのだというのか。
「さて、80階層はどういうステージかな」
ヒロがそう言いながら、ゆっくりと地下迷宮の扉を開くと、差し込んできたのは太陽の光。
「……太陽?」
ここは、一応地下だ。79階層まではごつごつとした岩石の中に囲まれて歩いてきたし、溶岩のステージだって乗り越えてきた。そして、ここに来て太陽の光とはいったいどういうことだろう。
「……『空間展開型』か? いやでも、地下迷宮が階層の途中で切り替わるなんて話、聞いたことが無い。ヒロ君、一回引いて準備を整えたほうが良いかも知れない」
第80階層は木々が生い茂る森の階層だった。
「別に戻る必要もないだろ。アミ、もう一回全員に補助魔法をかけ直してくれ」
「りょーかいです!」
リリィは少し、心配症なところがある。行けるところまで、行ってしまえばいいだろう。死にかけたなら、その時はその時だ。
アミが補助魔法をかけ直すのを待ってから一行はとりあえずまっすぐ進むことにした。地面は土でふかふかとしており、時折踏んだ木の枝がパキッと軽い音をたてる。
「……暑いでござる」
「吸血鬼にとったら、活動時間じゃないからなぁ。悪いけど、我慢してくれ」
「……うむ、分かっている」
気が付けば、会話は前衛二人後衛二人のものとなっていた。
まあ、パーティーの組み合わせ的にそうなるのは分かっていたんだけどね?
けど、昨日あったばかりの女の子と一体何を喋れというのか。
「……む、止まれ」
いち早く気が付いたのは、ナナだった。ヒロも、遅れてそれに気が付く。ヒロたちを見下ろすようにして二匹の黒い体毛に覆われたサル。B-級の魔物、『人喰い猿』だ。
二匹の人喰い猿の手元には剣。上から奇襲をかけるつもりだったのか、ヒロ達に見つかるとギィギィと鳴き声を上げて真上から飛びかかってきた。
「『捻じれて、放て』」
ヒロの詠唱。だが、漆黒の砲弾が放たれると同時に木々を掴んで猿が回避する。飛んでいった砲弾は、宙で木々を削り霧散する。二匹の猿は、後衛二人を狙いすましたらしい。ヒロ達の真上を綺麗に飛び去ってリリィとアミにそれぞれ遅いかかる。
だが、
「『光は集まり、敵を穿つ』」
落ち着いたリリィの詠唱によって、光属性の攻撃魔法が発動する。回避不可能の速度で放たれた熱線は猿の頭部を削り取る。急に頭を無くした一匹の猿が地面に落下して転がると、ヒロの隣にいたナナが飛び出した。
「血よ」
その言葉に呼応するように、死んだ猿の血が寄り集まって抜刀しているナナの剣に集まる。それは、血の刃となってナナの間合いをひろげると、
「ハアァァッ!!」
五メートルは離れていると思われる距離の猿を斬り落とした。やがて、血と猿の死体が霧散して後には魔石だけが残る。
「うむ。弱いな」
一太刀にて、切り裂いたあとにそう漏らした。
一応言っておくが、人喰い猿の毛皮は通常の剣では刃を差し込むことは出来ない。彼らの身体に満たされている信じられないほどの濃密な生命力、魔力が形を作って彼らの身体に異物を入れこむことを許さないのだ。
その防御を崩すには、それなりの魔力を乗せた一撃が必要となる。無論、初心者はもちろん中級者の冒険者ですらも崩すのは不可能だろう。流石はA級相当の吸血鬼だ。
……というか、冷静に考えてよくこんな化け物に出会って俺たちは生き延びれたよなぁ。
と、ヒロは思いながら魔石を拾い上げる。
「まだ80階層は攻略途中で、地図が全部出来ていないから結構手探りの攻略になると思ってくれ」
「うむ、出来るだけ魔物を狩っていこう。そのほうが金になる」
「そうだな。そうしよう」
まだ未探索の領域は未発見の痕機が出てくる可能性が非常に高くなる。ヒロとしてもゆっくりと見て回りたいところだ。
第80階層のメインモンスターは『人喰い猿』や、『食人植物』などの森にちなんだ魔物だらけだ。
はっきりいってヒロたちの相手ではなく、第80階層に存在する魔物を片っ端から狩りながら、ヒロ達は地図埋めしていたが、魔石がたまるばかりで肝心の痕機は一つも見つからなかった。
いや、そもそも痕機はそういうものなのだ。遺跡ステージなどの、文明が感じられるエリアでは手に入る確率が高くなるが、森や草原のような自然系のステージでは手に入ることは極めて稀と言ってもいいだろう。
「ヒロ殿、これより先には行かぬでござる?」
ナナが指したのは、絡み合うようにして道を塞いでいる蔦だった。
「……階層主部屋のような気がするんだよなぁ。もう少しここを見てもいいとは思うけど」
「しかし、この階層も粗方探索しただろう。次に行ってもいいんじゃないか」
「リリィさんの言う通りです。もう暑くってたまらないですよ」
心配性のリリィに先に行っても良いと言われてしまった。
パーティーメンバーたちから、先に行けと言われると先に進んでも良いんじゃないかと思ってしまう。ヒロとしては、もう少しこの階層で探索を続けたいが頭の奥ではどうせ探したって痕機は見つからないよ、と言っている自分がいる。
「しゃーねぇ。行くか」
幾らリーダーとは言っても、流石にパーティーメンバーの意見を全てが全て無視して自分の意見ばかりを押し付けられない。
第80階層より、先に進めば特壱級痕機が見つかるかも知れないからな。
そう、自分を納得させて先陣を切った。
道を塞ぐようにして生い茂っている蔓を引きちぎりながらまっすぐ進むとやがて開けた場所に出た。ヒロ達の周りを囲むようにして五、六メートルの刃渡りを持つ大太刀がいくつも周囲に刺さっている。
……なんだこれ、不気味だな。
そして、奥に進めば進むほど太刀の数が増えていきその中心に座っていたのは、身の丈十メートルはあると思われる巨大な猿。
「大猿か」
ヒロがそう漏らすと同時に猿が大声で叫ぶと、自身の近くに落ちていた大太刀を掴み上げると目に留まらぬ速度で打ち込んできた。
「75%ォッ!!!」
とっさにヒロが叫ぶと同時に全身のギアを上げる。とても金属同士がぶつかった音とは思えないほどの重低音が戦場を駆け抜け、衝撃波が後ろ三人の服を揺らす。
「ナナァッ!」
「うむっ!!」
ヒロの言葉にナナが、ジャイアントエイプの右足の腱を斬り落とす。あふれ出す血が、ナナの剣に集まっていく。
力を失ったジャイアントエイプの剣を地面へと受け流すと、ヒロが一瞬の内に肉薄する。剣を手にしてない左手でヒロを掴みに動いたがそれをリリィの光魔法が阻止した。
手を焼かれて、ジャイアントエイプが悲鳴を上げる。ヒロはその瞬間に、右目に刃を突き刺した。
「……一気に片付けるぞ」
それに呼応するように、アミが補助魔法を多重にかける。
ヒロ達を威嚇する、大猿の叫び声が階層主部屋に大きく響いた。




