第1-13話 冒険者、英雄と戦う
「世界で三人しかいない、魔剣・妖刀使いの内の一人と会えたのは僥倖でした」
「俺もだぜ」
ヒロがアルバーノの一撃を防ぐと、アルバーノは大きく距離を取ってヒロを見た。その隙に、ラウラとアナスタシアが二人から離れる。
結局、兄妹だからと交渉に連れてきたラウラが、一番の地雷になるとは。
ヒロは、その場から一切動くことなく短刀を構えていると、『常闇の帳』が千切れた筋肉の部分を締め付ける様にしてプロテクト。軽く動かしてみると、痛みは走るが足が動くようになっている。戦闘継続の祝福は伊達じゃない。
「剣を納めろ、アルバーノ。俺はお前と戦う理由がない」
「あなたになくとも、私にはあるのですよ。何度も何度も私のところに来られては、私の本気度が伝わらぬ。悲しいが、姫様にはここで尊き犠牲になっていただかねばなりません。故に、私はあなた方を殺す」
ヒュォッ……と、アルバーノは風が動くのを見切った。ヒロの短刀が、アルバーノの喉元に届く直前に、【煌剣ナンシェ】が食い止めている。刹那の膠着。ヒロはそのまま流れる様に刀を滑らし指を斬ろうと動くがアルバーノが力任せにヒロを突き放した。
わずかにアルバーノが冷や汗をかく。……見切れぬ動きがあったのだ。
「俺の前で殺すという言葉を使うな」
「……これは申し訳ない」
殺意の籠ったヒロの言葉に、アルバーノは彼が金級冒険者に上り詰めた理由を理解した。
歳はどうあがいても十代。そんな彼がA級の魔物を狩れるようになるのが、容易いわけがない。いくつもの修羅場を潜り抜け、いくつもの死線をくぐってきたに違いない。
そして、互いに互いを見つめあって、最初に動いたのはヒロだった。地面と水平になるまでに身体を倒して狙うのは地の底からの一閃。膝を断ち切る一撃。だが、相手は帝国の英雄。ヒロの一撃をいともたやすく弾き上げると、ヒロの身体が宙に浮く。それを狙いすました突き。最高速度は音速にすら達すると思われるその攻撃をヒロは身を捻じって回避。そのまま回転エネルギーを使って真横から叩きつける様にしてアルバーノに刀を振るう。
しかし、彼はすぐさま剣を引き寄せそれを防御。ヒロは地面に足をつき、さらに踏み込んで一撃。だが、彼は距離をとってそれを回避した。
「行くぞ、【ナンシェ】」
それは、英雄が冒険者を自分の敵と認めた瞬間だった。瞬間、アルバーノの魔剣が、かの名前の通りに虹の色に煌めき始めた。
煌剣ナンシェ。それは刃に触れた全ての物を断ち切る剣。
故に、かの剣に触れた可視光線を虹の色に分割する。故に、煌剣。だが、魔剣と言われるのはそれなりの理由がある。魔剣に魅入られた者は、斬ることそのものに喜びを見出し剣の赴くままに人を斬る。だが、帝国の英雄は流石の精神力か、一切剣に油断していない。
「……来い」
ヒロがつぶやく。アルバーノの剣が煌めいている限り、もう剣には触れられない。ならば、
アルバーノが飛び込んでくる。フェイント無しの、直線的な振り下ろしを半身になって回避。剣が地面に触れ、切れ込みを生み出す。その瞬間、ヒロが狙いすましたように腕を切り裂く。だが、浅い。決定的なまでに届かない。赤い血を散らしながら、アルバーノが踏み込んで横に薙いだ。ヒロはしゃがみ込むと、自らの髪を数本まとめて持っていた剣を後目に、懐に跳び込んだ。
アルバーノの使う武器は長剣。長物は、確かに接近戦では非常に範囲の広さから有利になるが、今ヒロが持ち込んだのは超が付くほどの近距離戦闘。そうなると、逆に長物は取り廻しがきかず不利になる。
そう飛び込んだヒロを、アルバーノは一切の動揺を見せることなく柄頭をヒロの鳩尾に叩き込んだ。
グッ、と息が詰まる。肺腑の中に詰まった空気が一度に排出され、わずかに骨にひびが入ったのが分かる。もし『常闇の帳』を着ていなければ一瞬で肋骨が粉々にされていただろう。だが、数歩たたらを踏むと、一気に後ろに跳んで距離を取る。ちらりと後ろを見ると、ラウラとアナスタシアはかなり高い位置にまで逃げていた。
よし、このまま時間を稼ぐ。
ヒロは着地と同時に左手をアルバーノにかざす。
「『捻じれて、放て』」
他の何よりも、動きながらの魔法発動は、これがもっとも命中率が高かった。
ヒロの真後ろに生み出された六つの砲弾はギュルギュルと回転すると、わずかな時間差を持ってアルバーノに発射された。音速を超える速度で射出される砲弾の、風圧と音にわずかに目を細めたヒロが見たのは、自らに飛んでくる砲弾を、まっすぐ断ち切り、二つまとめて斜めに斬って四つ目と五つ目の砲弾を掻い潜り、六つ目の弾を煌剣をバッドのようにスイングし、打ち返してきたアルバーノの姿だった。
こちらに飛んできた砲弾を、剣の切っ先でからめとって後ろに流す『魔逸らし』で防ぐと、いまスイングしたまま残心しているアルバーノに真下からの斬り上げ。剣で防御に回るがヒロの方が一瞬、速い。かなり深くまで切り裂くと、ヒロの口から紡がれる。
「『血と踊れ』」
ヒロの詠唱に食らいついてくるのは、流石帝国の英雄と褒めるしかない。詠唱途中に、剣をヒロに突き刺した。アルバーノが狙ったのは、彼の腹。痛みによって詠唱を中断しようと試みたのだ。彼が突き刺したのはヒロの肝臓。全てを断ち切る剣が手元にあるなら、彼にとってヒロの腹など水を切るよりも容易いだろう。
だが、当然ヒロもそれなりの修羅場をくぐってきている。
「『さすれば汝は、夜を彩る』」
ボコリ、と血液が泡立って傷痕がゆっくりと修復されていく。ヒロに憑くのは手負いだがA級魔物に該当する吸血鬼の身体能力。そして、彼はゆっくりと自らの肉体性能を30%に跳ね上げた。
本来ならば、無理な活動で彼の筋肉は千切れ、骨は砕けるだろう。だが、わずか数秒だけ身体能力が吸血鬼と化せるのならば。
無理な挙動も、無理なく出来る。
「おォッ!」
ヒロは動物のように唸り声を上げながら、自らの腹を断ち切る剣をどこか他人のように眺め、アルバーノの右腕を斬り飛ばした。断ち切られた右腕は勢いよく飛ぶと、壁に突き刺さり柄が引っかかって静止した。武器が無くなったアルバーノが徒手空拳に持ち込もうとするが、既にヒロが彼の真後ろに回って、喉元に刀を突きつけていた。
「勝負ありだ」
「……命を取らないとは、なんともお優しいことで」
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