第1-07話 冒険者、無双する
ゆっくりと扉を開けて宿に戻ると、灯りは既に消されており二人は寝ていた。
「……良かった」
どうやら、面倒くさいことには巻き込まれなさそうである。のそりのそりと地下迷宮探索で鍛えた消音歩行でベッドへと近づく。
うっすらと効き始めてきた夜目でベッドを見ると、ご丁寧に真ん中だけ開けてリリィとアミが寝ていた。
君らそんなに端っこで落ちないの? ていうか、俺その間で寝なきゃいけないの?
ヒロ、ここで葛藤ッ! 男としての自分を信じ、ベッドの真ん中にダイブするか、それとも草食系としてソファで寝るか。据え膳食わぬは、ともいうがヒロがここでやらかすことによって明日の地下迷宮探索に支障が出るのもアレだ。
……ぐぬぬ。
悩むこと、十数分。
結局ヒロは、ソファで寝ることにした。ここでベッドの真ん中で寝られるような度胸の持ち主なら、ヒロは今まで童貞なんぞやってないのである。
ちなみに、朝起きるとリリィとアミから普通に怒られた。――当然である。
「……ちょっと肌寒くなってきたな」
「だいぶ前から寒いって言ってるじゃないですか……」
リリィの漏らした言葉にアミがちょっと引き気味に答える。現在は第25階層。深度でいえば地下百メートルよりは深いであろう位置。ヒロの来ている外套は環境適応の五重祝福を受けているため、まったくもって外気温のことを感じることが出来ない。かと言ってこの外套はヒロにとっての生命線であるためおいそれと他人に貸すことが出来ないのが痛いところではある。
「しっかし、こんなごつごつした岩肌を地下迷宮と呼んでも良いものかね」
「階層主が出るから地下迷宮に該当するらしいですけど、これ普通に岩盤の中ですからね……へっくしっ!」
可愛らしいくしゃみをしたアミにヒロが透明のポーションを手渡した。
「なんですかこれ?」
「ぽかぽかポーション」
「へ?」
「寒地適応体温上昇ポーション。長いからぽかぽかポーションって冒険者は呼んでる」
「……へんなものとか入ってないですよね」
「生姜湯みてえなもんだよ。これくらいの寒さなら半分飲めば十分だ」
「うぅ……それなら」
ヒロのポーチにずっと入れられていたというのに、変に温かみを保つ液体をアミは全てを一気に飲み干した。
するとどうだろう。身体の芯にゆっくりと熱がともるではないか。
「ほんとだ! あったかい」
「そうだろう、そうだろう。ソイツは効くだろう」
「ヒロ君、キャラ変わってるぞ」
ヒロがしたり顔で何度も頷いているとアミの顔がだんだんと赤くなっていく。
「あったかいっていうか、暑い暑い暑いっ!」
「全部飲むからだ……」
いそいそと装備を脱ごうとするアミをリリィが止める。
そんなぁ! せっかくの眼福が!!
よくよく見るとアミの身体からわずかに湯気が上がっているような気がしないでもない。本当に暑そうだ。
そんなこんなを挟みながら、狭く細い道を歩き続ける。中は基本的に先人の冒険者がつけた光生石によって光が確保されてはいるが、十分な灯りは確保されておらずうっすらと薄暗い。
そんな中、三人はやっとお目当ての扉を見つけた。一見して、地下迷宮の階層主と分かる扉をためらうことなく、こじ開ける。
中にいたのは、一匹の一目鬼。C+級の魔物だ。
「『捻じれて、放て』」
ためらうことなく、ヒロが魔法を放つ。ぎゅるぎゅると回転する漆黒の砲弾は、刹那の間に一目鬼の頭部を砕くと、魔石へと還元した。
……あっけなさすぎやしないか。
ヒロは落ちた魔石を拾い上げる。その瞬間、ガコッと何かの装置が起動するような音が階層主部屋に響き渡った。
「何だっ!?」
「黒瀬君ッ! 上!!」
アミの言葉通りに上を見ると、今まであった天井がなくなって壁には無数の穴が開いている。その穴から顔を出しているのは全てが一目鬼……。
その数、およそ数百。
「……あー。なるほど、これがこの階層の主ね……」
「落ち着いている場合ですかっ! 『豊穣は祈りとなりて実をさずけ、その肉体を祝福せん』!」
アミの中級上位の補助魔法がかかる。体感だが、恐らくは身体能力が五倍から、六倍に強化されている。
「『捻じれて』」
ヒロたちの上空から数百の一目鬼たちが飛び降りてくる。それに合わせて、ヒロの詠唱。
瞬間、ヒロの足元に展開される漆黒の砲弾数は246個。それが意味するのは、彼は246回の中級魔法を行使できるということ。
それら全てが回転を始め、球体がラグビーボールのように伸ばされていく。
「『放て』」
轟音。
一斉に放たれた246個の漆黒の砲弾が、上空から雨のように降り注ぐ一目鬼の身体を打ち抜いて魔石へと変換する。
これで、残りはおよそ四割。
「『光は束となり、敵を滅す』」
光属性中級中位の攻撃魔法。詠唱したのは、当然リリィ。
リリィの目の前に集められた光の束が着地したばかりの一目鬼を横に一薙ぎ。光速の攻撃が莫大な熱をもって一目鬼たちの身体を焼き切る。
光属性魔法は、補助魔法や治癒魔法だけではない。そう最初に唱えたのはヒロだった。何故なら、それ以外の魔法が使えないのでは光属性という名を冠さないように思えたからだ。闇属性魔法ですら他の属性に該当しない魔法を分類するという、闇鍋の闇を持っているのだ。光属性魔法なら光に関する魔法が使えないとおかしいではないか。そう思うのはおかしなことではなかった。
それ故に、二人はこの二年間でいくつかの魔法を開発することに成功した。それは光を一つに束ねて敵を焼き切るという魔法。ヒロがレーザーから思いついた魔法だ。
「さて、残党狩りと行くか」
残った一目鬼は残り一桁。そこから行われる残虐な狩りは、そこから数十分の間、アミが何も口に出来なくなるほどだったという。
「ほんとにアイツで良いのか?」
「間違いない。才異の集団の特徴を全て持っている」
二人はどこにでも居そうな顔立ちで、どこにでも居そうな服装。それは、この街の中において完璧な隠密を成り立たせる。
彼らが見ているのは今しがた地下迷宮から出てきた三人組。
「賢老院のジジイどもはアイツの何をそんなに警戒してるんだ」
「アイツを警戒しているんじゃない。アイツが持ってくるものを警戒しているんだ」
「特壱級痕機か。なんでまたそんな厄介なものを……」
「さて、冒険者様の考えることは分からんよ。分かっているのは、この『境界都市』に眠るお宝は碌な物じゃないってことだ」
「だから、混乱が起きる前に我ら東方連合が頂くってか」
「そういうことだ」
ふと、ヒロがその視線の先を見た時には二人の影は消えていた。




