第1-06話 冒険者、強盗に反撃す
レルトの街には盗みで生計を立てているものも少なくない。人が多すぎて警察は調査をまともに行えないし、盗みくらいでは罪もそこまで大きくない。それよりも一流の冒険者の武器などを盗んで売る方がはるかに安全に稼げるからだ。
だから、女盗人のエルザはいつものように酒場で仲間たちとカモが来るのを待ち構えていた。だが、今日は先にそのカモが酒場にいたのだ。背格好的に年齢は二十歳手前。纏っている防具は黒い外套だが、その黒は不思議と深みのある黒で恐ろしいまでの祝福を纏っていることが予想できた。その腰には一本の短刀が携えられていたが、これもまた鞘の質がそこらの鍛冶屋で売っているようなものとは比べ物にならないほどに上質だとエルザの勘が告げたのだ。
支払いを終えた青年の顔を見たが、これもまたぱっとしない顔。一流の冒険者なら持っているはずの漲るような熱意が感じられなかった。胸元には冒険者証がかかっているのは見えたが、外套に隠れていて何級かは分からなかったがエルザは銅か銀と判断した。恐らくは貴族の一人息子だろう。歳を取れば次ぐべき家があるため、若い時の道楽として冒険者をする貴族の息子は少なくない。そんな息子を心配して、親がそれなりの防具や武器を息子に与えるのだ。
……いい気なもんだね。こっちはその日暮らしだってのに。
そう思って、仲間を一人残してエルザは三人で青年を追いかけた。貴族の一人息子なら、力で脅せばすぐに武具を渡すだろう。今日は血を流さなくて済みそうだ。そう思ってエルザは出ていくタイミングをうかがっていたところ、目の前の青年は路地裏に入っていった。近道だろうか? 不思議に思ったが、エルザはせっかくの獲物を逃がすわけには行かなかった。仲間たちとともに、バレないように後ろをついていくと目の前の青年が止まって唐突に声をかけた。
「……居るんだろ? 出て来いよ」
「チッ、バレてたのかい。仕方ないねぇ」
どうやら、道楽でやっているにしてはそれなりの冒険者らしい。
今日は血を流さなくて済むと思っていたが、どうやらそうもいかないようだ。やれやれ、この仕事も楽じゃない。
「命が惜しいなら、持っている武器を置いていきな」
「ありきたりな言葉だな。つまらん」
「ふん。どこのお坊ちゃんか知らないが、口の利き方には気を付けるんだよ」
エルザがそういうと、後ろから暗器使いの仲間であるガトーが黒塗りのナイフを青年の足に向かって投げた。まずは相手の機動力を削ぐ。今まで失敗したことのない、完璧な先制攻撃。だが、青年は欠伸でもするかのようにナイフを踏むと短刀を抜いた。
「おいおい、人がせっかく平和的に解決しようと思っているのに先制攻撃は良くないぜ」
ナイフを見抜いた……? まさか、あり得ない。
「お前らか? 最近レルトを騒がせてるっていう盗賊は」
「さてね。あたし等は騒がせてるつもりはないのだけど」
「まあ、何でもいいさ。お前らはここで終わるんだ」
「ふん。『激しく、痺れな』」
風属性魔法中級下位に属する麻痺魔法が目の前の青年に向かって飛んでいき、青年はその魔法を短刀で断ち切った。
「……は?」
エルザは声を漏らした。目の前で起きた現象が信じられなかったからだ。魔法を断ち切るなど、聞いたことも無かった。
「今のは『魔断ち』って言ってな、魔法の核になる部分を綺麗に削いでやれば、それに呼応するように綺麗に斬れるんだ」
目の前の青年が、先ほどまでの技を喋る。そして、ふと気が付いたように口を開いた。
「まだ名を名乗ってなかったな。『双極絶死』が一人、【妖刀使い】のヒロだ。よろしく」
そういうと、月灯りを受けて白銀に染まっていた刃を構えた。
「あいつやばいよ、姐さんっ!」
妹のようにかわいがっている情報担当のハーパーが叫ぶ。
「妖刀使いって、世界で三人しかいない魔剣・妖刀使いの一人っ! 【絶刀マルドゥック】の使い手。金級冒険者だよ!!」
「よく、知っているな」
目の前の青年がにやりと笑う。青年が持っている短刀が柄からわずかに紫色の光を上げた。獲物を狩る獣のように体勢を低くした青年の首からこぼれるのは金の冒険者証。
エルザはその瞬間に、自らが獲物だったことを悟った。しかし、取り返すには全てがもう遅すぎる。
「やるよ。アンタ達っ!」
「逃げないのか。勇敢と言えば聞こえはいいが、それは無謀だぜ」
ひどく冷めた声。そして、それが開戦の口火となった。
エルザが魔法を使うために、精神集中に入る。使うのは中級中位に該当する魔法。ここら一帯を吹き飛ばすが自分たちが生き残るにはもうそれしかないだろう。
ハーパーとガトーが妖刀使いに向かう。ガトーは暗器使いのため、近接戦闘の戦いは得意とはしていないが、苦手なわけではない。そして、その後ろに次いで走るハーパーこそが、このパーティー唯一の近接戦闘を得意とする戦士だ。もし、盗みに手を染めなければ銀級冒険者としてでもやっていけるだろう。
「まずは、5%で相手してやろう」
ヒロの宣言。たったそれだけで、雰囲気が変わった。あり得ないほどの殺気。ハーパーがガトーの背から飛び出して肉薄。相手が急に変わったことによる油断を誘いながら、鬼の女が飛び出した。
ハーパーが狙ったのは首を狙ったように見せかけての鎖骨砕き。鎖骨は肩をつなぐ重要な骨。これを砕いてしまえば、腕は満足に動かすことは出来ないだろう。
エルザでは目で捉えることなど出来ない速度の突き。それを目の前の青年はいともたやすくつかみ上げた。
「……少し過剰か。3%に落とそう」
ヒロは納刀と同時にハーパーを掴み上げてバットのように振り回すとガトーに打ち付けた。身体の横からハーパーをぶつけられたガトーともども二人は家の壁に激突し、壁を突き破って吹き飛んだ。
「さて、残るはお前だけだ」
「『炎よ。飛んで爆ぜよ』っ!」
使った魔法は炎を砲弾にして放つ魔法。エルザの背後に生み出された炎の砲弾は、ヒロめがけて発射される。
音速と同程度で飛んできた炎の砲弾を、ヒロは剣の切っ先で絡めとると、真後ろへと受け流した。
「……へぇっ!?」
エルザが素っ頓狂な声を上げる。
まあ、そういうリアクションするわな。
ヒロは心の中でそう思うと、後ろに流された砲弾が壁にぶつかって爆発。そこからの鎮圧はすぐだった。
「こいつらが最近、勢いのあった盗賊ですね。ご協力感謝いたします!」
「あとで、報奨金を頼むよ」
「流石は金級冒険者。二つ名持ちは違いますね!」
「……そうでもないさ」
街の警察に三人の強盗を引き渡すと際の短いやり取り。あの盗賊たちも勘違いしていたし、警察官も勘違いしているが、ヒロの刀は壊れているのだ。
魔剣・妖刀は資格を満たして持つ物だと言われているが、ヒロの刀は別になんてことはない。切れ味の良いただの短刀だ。鑑定すると、妖刀であることは分かって大騒ぎとなって、大層な二つ名まで付けられていい迷惑である。
……帰るか。
そう思って、ヒロは部屋に残してきた二人のことを思い出した。
……帰りたくねぇ。




