第1-05話 冒険者、少女たちから逃げだす
「ヒロ君、もっとこっちに寄るといい。そちらではアミさんの座るスペースが少ないだろう」
「確かに」
リリィに腕を引かれながらそう言われて、ヒロはリリィの方に寄る。
確かにアミは客人という扱いだから、もっとゆったりとしたスペースで座らせてあげるべきだ。
「黒瀬君、気にしなくていいですよ。あまり寄りすぎてリリィさんの邪魔をしてはいけませんし、私のスペースにはゆとりがあるのでもっとこっちに寄っても大丈夫ですよ」
「それなら」
ぐい。アミがヒロの腕を引いてアミの側に寄せる。ヒロが思ったよりも寄ってしまって、ヒロの身体がアミの身体に密着する。
「ヒロ君。それは寄りすぎだ」
ぐい。
「行きすぎですよ。黒瀬君」
ぐい。
ぐいぐい。
ぐいぐいぐい。
「だああああああああああっ!」
叫び声を上げながらヒロが二人の間から飛び出した。
なんなのこの二人!? 俺をぬいぐるみかなんかだと思ってんの!!??
「おい、ヒロ君。どこに行くつもりだ」
「ソファだよ。二人はベッドに座ってればいい」
「なら、私もソファに座らせてもらおう。客人であるアミさんには、このままベッドを使ってもらうということで」
客人というところをやけに強調したリリィがヒロの隣に座る。元々二人掛けのソファだ。こうしていてもかなりの余裕がある。
「えぇー。私だけ仲間外れにするのやめてくださいよー」
そう言ってアミがヒロの隣に座った。元々二人掛けのソファだ。こうしてしまうと、大変余裕がない。
せ、狭い……。
両手に花と言えば聞こえはいいが、リリィの冷たい視線とアミの勝ち誇ったような視線が大体ヒロの後ろで交わされている。
そもそもヒロが同年代の女の子と触れ始めたのはここ二年の内だ。しかも、リリィは出会った時期が14歳だったため、妹みたいな感覚で接しているがアミは違う。ごりごりの同級生だ。生まれてから16年間女の子と喋ったこともない童貞のヒロにとって、今の状況は心臓に悪い上に、胃にも悪い。
勘弁してくれ……。
ヒロは一応、金級の冒険者だ。18歳で金級の冒険者など数えるほどしかいない中で、様々な女性から誘われることは少なくなかった。いや、かなり多いといえるだろう。酒場に行けば2~3人は逆ナンしてくるのである。ヒロはそれはもう大変なまでに鼻の下を伸ばし、調子に乗ったのだが、その全てをリリィによって追い払われた。その挙句に言われたのが、
あいつらはヒロ君ではなく、胸にかかっている冒険者証に媚びを売っている。
というセリフである。その瞬間、ヒロは一気に冷めた。なんてことはない。自分がモテているのではなく、金の冒険者証がモテているのである。
というわけで、ヒロはこの二年間もリリィ以外の女性と喋ってない。受付嬢をカウントすると話は別だが、店員との会話をカウントするのは流石にプライドの問題がある。というわけで、アミの存在は思った以上にヒロの負担になっていたのだ……!
しかしなんと言いつくろおうとも、アミをパーティーにいれたのはヒロである。だから、このいたたまれない雰囲気を打破しようと、ヒロは口を開いた。
「きょ、今日はいい天気だな」
「そうだな」
「そうだね」
終わった……ッ!
二人はヒロの天気トークなど秒で終わらせてヒロにくっついて来ている。リリィなんかはヒロの右腕を抱きしめており、威嚇するようにアミに視線を飛ばしているではないか。
……なんでお前はそんなに俺の右腕が好きなんだっ!
と心の中でヤジを飛ばすもそれを口にだす勇気など無く、アミはアミでヒロに身体を預けてくるし、それを見たリリィが右腕を抱きしめる力を上げるしでヒロの脳みそはパンク寸前である。
「……リリィ」
「何だ?」
「痛い」
「そうか」
……力変わってねえっ!
リリィがヒロの右腕にかける力はどんどん上がっていく。
ヒロの右腕もどんどん青くなっていく。
このままでは右腕が死ぬぅ!
かくなる上は……。
「さらばッ!」
ヒロは虎の子の身体強化魔法を用いて、二人を振り払うと目にもとまらぬ速さで部屋から飛び出した。
後に残された二人は茫然とした顔で、ヒロの座っていた場所を見つめていた。
「それで、ここまで逃げて来たのか」
「そうだよ」
ヒロがいるのはどこにでもある酒場の一つ。死んだ顔した金級冒険者が一人でやってくると、普段は無口な酒場の店主も気になるのか40代後半と思われる店主はヒロに話しかけてきたのだ。それにヒロは今まであったことを正直に話した。流石にアミのことは軽くぼやかしたが。
「まあ、あれだ。兄ちゃんは一回刺されろ」
「何でだよ……」
既に日は暮れており、辺りはすっかり夜だ。
「ほい、炎酒だ。焼けるぜ」
ヒロは渡されたグラスの中身を一気に飲み干した。グラスと言っても木で出来ているのだが。
「かっら……」
「す、すげえな兄ちゃん。うちで一番強い酒だぞ」
「一応、金級の冒険者だからな」
強い冒険者は酒に酔えない。それはまことしやかにささやかれている噂話だが、あながち間違いではない。魔物を狩り続けると、信じられないほどの力を細腕で発揮したりだとか、常人なら死んでいたであろう攻撃を無効化したりだとか、毒物に対して異常な耐性を得たりする。
人々はそれを魔を狩り続けたことへの神の祝福だ。などと言っているが、ヒロはそれよりももっと簡単なことだと思っている。……レベルアップだ。
ヒロは未だにステータス画面を表示することには成功していないが、恐らくこの世界には隠しパラメータとしてレベルアップの要素があるのではないかと睨んでいる。上級魔法や特級魔法は一定のレベル以上というのが条件になっているのではないかとは考えているが、どこまでがあっているのかも分からない。
ヒロは再び注文した炎酒を再び飲み干す。焼ける様に強い酒が喉の下へと降りていく。
「おいおい、そんなにがぶがぶ飲んでも大丈夫なのか? 姉ちゃんたちが待ってるんだろ?」
「……いいさ。別に酔えないんだ」
正確に言えば酔える。酔えるが、せいぜいが15分だしそれも軽くしか酔えない。
ヒロの身体もかなり毒物に強くなったと言えるだろう。ヒロはやけを起こしたように五杯ほど飲み干すと、しばらく酒場の喧噪に身を置いて酒場から外に出た。
宿屋には向かわない。ヒロが向かったのは、路地裏だった。二つ路を挟んだ大通りでは、酒場や娼館の客引きとその客たち。夜の郊外へ狩りに行く冒険者たちがこのレルトの街を盛り上げている。ここは貿易と観光で成り立つ街だ。いろいろな国から人間が集まる分、ガルトンドとは比べ物にならないほどの人間が集まる。
だが、一つ路地に入ってしまうと人間の数は一気に減る。当然、それは自衛のため。人が集まるところにはそれなりの悪意が集まるためだ。だが、ヒロはその路地裏をまっすぐに進んで、一際人気が無くなったところで後ろにいる人間たちに声をかけた。
「……居るんだろ? 出て来いよ」
「チッ、バレてたのかい。仕方ないねぇ」
そう言って出てきたのは三人の男女。……盗賊だ。




