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外れを引いた異世界転移~世界を壊すは我にあり~  作者: シクラメン
序章 強くなければ意味はない

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序章終話 強くなければ価値はない

 エンペラーオーク。こいつが単体だと、B+だというのを知ったのは全てが終わった後である。そのことを初めて知った時、自分はよく吸血鬼ヴァンパイア相手に生き延びたと、ヒロは思った。

 ヴェリムは、A級の魔物ではあるがひどく手負いであったし何よりも生き血を飲むためにヒロ達を殺そうとはしていなかったのだと、考えた。


 「ああああああああっ!」


 声を上げながら、エンペラーオークに大剣を構えたまま、少女が飛び込む。駄目だ、あれでは有効打になりえない。エンペラーオークは気怠そうにその石塊を持ち上げて、


 そして、ヒロは生まれて初めて人間が縦に潰れるということを知った。

 問答無用と、振り下ろされた石塊は無慈悲に少女の頭を潰し、そのまま振り下ろされて背骨がへし折れ外へ突き出して、大腿骨を砕いて膝の関節が逆方向にまがり、そして潰れた。

 それを、全て吸血鬼ヴァンパイアが誇る動体視力で捉えてしまった。


 「おおおおおおお!」


 声を上げながら盾役タンクの青年が飛び来む。エンペラーオークはぐるりと身体を回すようにして振りかぶった。

 その瞬間に盾は砕け散り、盾役タンクの青年は真っ二つに両断され宙に浮いた上半身を再び石塊で叩くことによって、エンペラーオークは彼の背骨を音速を超える速度で打ち出した。散弾のように飛び散った彼の背骨が周囲にいた冒険者の肉を抉る。


 信じられない。エンペラーオークは人間の身体で散弾銃ショットガンのようなことを再現したのだ。


 「うぇ……」


 リリィが吐く。それを誰も咎めるものなどいない。

 いや、誰もリリィの方など見てない。エンペラーオークから、目が離せない。

 エンペラーオークが、後ろから飛び込んできた魔法を素手で受け止めた瞬間にロザリアが魔法を叩き込んだ。

 超高圧の水圧カッターが、エンペラーオークめがけて襲い掛かる。だが、着弾寸前にぎりぎり間合いに入っていた冒険者を掴むと盾にしてそれを防御。身体を二つに裂かれた冒険者の冒険者証ドックタグが宙を舞う。


 「……ッ!」

 

 ロザリアが目をそらす。ガウェインは盾を構えたまま動かない。

 ヒロも、動けない。リリィは戻すものが無くなったのか、胃液まで吐いている。

 ロザリアの顔が真っ青だ。


 「ガウェイン。……逃げよう」

 「いや、でも……」

 「……勝てる未来が見えない」


 冒険者は命がもっとも軽い職業の一つだ。だが、それは無謀をすればの話。

 いま、エンペラーオークは周囲の冒険者を狩るのに忙しいし、ガウェインの狼煙を見てこちらにやってくるパーティーもいる。今、ここで逃げ出したところで誰もヒロ達など見ていないし、分からない。

 そう思っているのはヒロ達だけではなかったらしく、エンペラーオーク相手に背を向けて逃げ出した冒険者たちもいた。……彼らを誰が責めることが出来るだろう。


 そう思った瞬間、エンペラーオークが目の前にいた冒険者たちの攻撃を全て回避して逃げた冒険者の身体を掴んで、頭を引き抜いた。


 ……力任せに人の身体を引くと、頭だけが千切れるのだと思っていた。

 知りたくなかった。そんな真実など。目の前にオークは、背骨ごと引き抜いた(・・・・・・・・・)頭を無造作に捨て、逃げた冒険者を掴むと雑巾でも絞るかのようにぐぐぐと、冒険者の身体を絞ってそのまま千切った。



 「……あぁ」


 理解した。その場にいる冒険者全てが理解した。


 「逃げるなよ。楽しくない」


 苦悶に浮かぶ顔とは別に、どこまでも楽しそうに歪んでいく口元が神経の端にまで恐怖を流し込む。


 オークを狩る。それはとても単純なこと仕事だ。特に銅の冒険者証ドックタグを持つ冒険者たちは何も恐れることは無い。

 だから、考えたことも無かった。


 狩られる側の気持ちなど。


 ならば、


 「戦うしか……ねえのかよ」


 ヒロが絞り出すようにそう言った瞬間、


 「いや、お前が戦う気になるのは困る」


 再びエンペラーオークが現れたのはヒロの真後ろ。

 ゆっくりと顔を向ける。全てがスローモーションのように見える。


  何で、コイツがここにいるんだよ。

 あり得ない。こんなことあり得ないだろ?

 だって数百メートルは離れているんだぞッ! どうして誰にも気が付かれずに、ここに来れるんだよッ!


 その瞬間、ロザリアは反射的にヒロを引き寄せ、その中にガウェインが飛び込んだ。

 重機が衝突したような音をたて、ガウェインの盾が壊れる。ヒロの目の前には、ガウェインの背中がある。


 ……背中があるのに、どうしてオークの拳が見えるんだ?


 一瞬の停滞。その瞬間にエンペラーオークに向かって魔法が叩き込まれる。流石に量が量なので、エンペラーオークはガウェインから拳を引き抜くと再び消えた。

 ガウェインが喀血する。そして、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。


 「ガウェイン、しっかりしろ!! リリィ、治療を。リリィっ!!!!」


 まだ、吐き足りず目が回っているようなリリィの頬を叩いて目を覚まさせる。

 目を覚ましたリリィは慌ててガウェインの治療を始める。ヒロは持っていた低級治癒ポーションをガウェインに飲ませる。

 

 「大丈夫だ、ガウェイン。大丈夫だぞ!」


 何が大丈夫だというのか。ヒロの頭も回っていない。けれど、ガウェインをここで死なせるわけにはいないのだ。

 ゆっくりと、ガウェインの傷口がふさがり始めるが流れ出る血の方が多い。


 「クソ……。ガウェイン、歯食いしばれよ」

 「あぁ……。やってくれ」


 ヒロは低級ポーションを傷口に振りかけた。


 「ぐぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 獣のようなガウェインの声が森の中に響き渡る。これで、ひとまずは大丈夫だろう。ガウェインの傷口が治る速度が少し早くなっている。

ヒロがガウェインを治療している間にも一つのパーティーが壊滅した。


 ほとんどのパーティーは、前衛がヘイトを稼いで後衛が魔法で一網打尽にするという構成が取られている。だから、前衛が成す術もなくやられるという状況など推定していないのだ。


 だが、ヒロたちにとって幸運なのはエンペラーオークはヒロを警戒しているということ。中々、ヒロ達に対して攻撃を仕掛けてこない。少し戦場からは離れているというのが関係しているのかもしれない。

 しかし、それもいつかは終わる。いま、残っている冒険者たちはガウェインが呼んだ応援を含めて18人。二階堂達は藤村と藤堂が死んだことをまだ上手く認識できないのか、ぼんやりと地面を見ている。


 ああ、こうしている間に二人が死んだ。これで、死んだ人間がもう10人を超えた。

 逃げることもできず、けれど誰一人としてエンペラーオークに有効打を与えることもできず、いたずらに命が奪われていく。死んでいく。森が冒険者の血で真っ赤に染まっていく。


 また、救援に新しい冒険者のパーティーが戦場にやってくる。そして、惨状をみて逃げ出してはエンペラーオークに命を狩られていく。


 その様子をヒロは、見ていることしかできない。ただ、見ていることだけしかできない。

 もちろん、加勢に行こうと思わなかったわけではない。ただ、戦場に向かおうとすると足が震えるのだ。ぶるぶると、惨めに揺れるのだ。歩けないのだ。


 「ちくしょう……。ちくしょう」


 恐ろしい。あの戦場に入れば、自分が死んでしまうかもしれないという恐怖が、ヒロの足を止めるのだ。


 次の瞬間、ふっと線が切れたかのようにロザリアが気絶した。顔は青白くなっている。

 先ほど、冒険者を殺してしまったストレスで倒れたのだ。


 ガウェインはまだ、腹に穴をあけているしリリィはその治療につきっきりで、ロザリアは気絶してヒロは歩けない。


 ここに来て、ヒロたちのパーティーは完全に崩壊した。

 

 ただ、眺めている。ヒロは眺めている。冒険者が死んでいくのを眺めていく。

 だって、仕方ないじゃないか。足が動かないんだ。動けないんだ!

 情けない。なんと、情けないのか。


 つうっと、ヒロの頬を涙が伝っていく。

 こんなところで、まだ死ぬわけには行かないんだ。死ぬわけには……。


 二階堂の首が飛んだ。次いで、カオリの身体が両断された。

 自分の恩人が成す術もなく殺されていくのを、ヒロはただ見ていることしか出来なかった。

 気が付けば、自分たちの周りにいる冒険者は皆、むくろとなっていた。


 「……ぁ」


 ガウェインは痛みで気を失っていた。リリィはまだ、空いている穴を治療するので気が付いていない。ロザリアはまだ目を覚まさない。


 「……ぁあ!」

 「なぁ」

 「ひっ……」


 目の前にエンペラーオークがいた。そして、声をかけられた。


 「他にも、人間はいるの?」

 

 がくがくと、ヒロは涙を流しながら頷く。エンペラーオークの口元が、顔の表情とは真反対に歪んでいく。エンペラーオークが、嗤う。


 「お前は最後だ」


 そう言って、エンペラーオークは消えた。既に、ヒロたちの目の前には40人近い死体が転がっていた。


 「……逃げないと。逃げないとぉ!」

 「逃げるって、どこにですか!」

 「知らねえよ! でもここにいたら殺されちまう!」

 「でも、ガウェイン君はまだ動かせるような状況じゃありませんよ!」

 「逃げなきゃ死ぬんだぞ!?」


 ヒロの言葉にリリィが黙った。


 「どうしてそんな落ち着いていられるんだよ! 逃げなきゃ、死ぬ。わかってるじゃないか! 身を隠すだけでもいい。この場所から離れれば生き残る確率が上がるのに、何でお前は動かないんだよ!」

 「……ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 リリィの狂ったように謝る姿を見て、ヒロはゆっくりと冷静になっていく。


 「うぅ……。頭痛い……。あれ、あたしまだ生きてるの?」

 「ロザリアっ!」


 ヒロはロザリアに簡易的に状況を説明すると、二人でガウェインを担いで森の奥に行くことにした。森の奥には多くの魔物が住んでいるが、エンペラーオークも手負いの状態で森の奥に入るなどとは考えないだろう。



 そして、ガウェイン担いでから移動すること一時間。

 森の奥に入ると、オークたちの姿が消え他の魔物の数が増えてきた。でもヒロ達には近づいて来ない。何故だろう……。


 「あぁ、ここにいた」

 

 ふと、漏らされた声でとっさにヒロに振り替える。全身を血でそめたエンペラーオークの姿。


 「何で……、ここに……」

 「匂い」

 

 短く答えたオークに向かってヒロは詠唱。全身を吸血鬼ヴァンパイアの身体能力に包まれる。オークの顔がニヤりと歪む。


 ヒロの斬撃をオークは石塊で防御に回す。持ち手の部分を切り落す。エンペラーオークは回し蹴りを放ってくる。ギリギリ、ヒロの方がまだ速い。

 足を回避するように宙へと浮かぶと、エンペラーオークめがけて飛び蹴りを繰り出す。顎を打ち付けた瞬間に、魔法が切れる。


 「ちくしょぉぉぉおおおおおおおおおっ!」


 次いで魔法を発動。

強引な肉体稼働で、ヒロの身体から蒸気が上がり始める。

 大きく拳を振りかぶって、エンペラーオークめがけて振り下ろす。オークは素手を出して防御。ヒロの拳が接触した瞬間に、左手が吹き飛んだ。

 

 魔法が切れる。

 ヒロが地面に足をつく。エンペラーオークは笑いながら、拳を振り下ろした。

 駄目だ……。死んだ。


 そう思った瞬間に、身体が大きく後ろに引っ張られた。そして、パァンと音を立てて目の前の人間が血煙となった。ゆっくりと、エンペラーオークが腕を上げる。

 そこにあった遺体は、もう人の形など留めていない。でも、そのローブは。


 「……ロザリア?」


 脳が全ての理解を拒んだ。


 呆然とするヒロをよそに、エンペラーオークは飛び上がった。ヒロを飛び越えた先で、着地したのはガウェインの頭の上。ゆっくりと、潰れていくガウェインの顔から、ヒロは顔をそらすことが出来なかった。


 ぱしゃ、と音をたててガウェインの頭が潰れた。


「……あ」


 はじけて飛び出した視神経がついた眼球をヒロは眺めていた。

 理解したくなかった。ともに苦楽を過ごしてきた仲間たちが、こんなあっけなく死んでいくのをヒロの頭では理解できなかった。


 腰をぬかして動かせないリリィを後目に、エンペラーオークはヒロを殴り飛ばした。

 それが、ヒロを殺すためのものではなく、ヒロを痛めつけるためのものだと、殴られながら分かった。

 

 「もう、嫌だ」


 殴り飛ばされた、その場所でヒロは起き上がることもせずにただ空を眺めた。こんな時だというのに、空は青く澄み渡っている。全身から、血が流れゆっくりと広がっていく。

 エンペラーオークは殴り飛ばされた先で動かないヒロを少し眺めて、リリィに向き直った。


 「来ないで、こっちに来ないでよぉ!」


 泣きながらリリィが叫ぶ。そんなリリィをエンペラーオークはいともたやすく持ち上げると服を引きちぎった。


 「助けてよ、ヒロ君。助けてよぉ」


 もう、良いんだ。俺はもう、駄目なんだ。

 自分の心の弱さが、ロザリアとガウェインを殺した。

 これで、良いんだ。もう、俺は動けないんだ。


 「やめてやめてやめてやめて!」



 なんで、今まで気が付かなかったのだろう。

 この世界は、強者に優しく弱者に厳しい。


 あぁ、そうか。

 

 強くなければ、価値などないのだ。




 「お前、その姿は」


 エンペラーオークはリリィを犯す前に、その身体を投げ捨てるとヒロに向き合った。

 

 ヒロの身体から流れ出ているのは、血ではなかった。とてもどす黒く、光も通さないその液体は土に沈むことなくゆっくりとその範囲が広がっていく。それが、エンペラーオークの足元にまで届いた瞬間に、エンペラーオークは飛んだ。

 それを追いかける様に黒い液体がエンペラーオークめがけて飛びかかる。黒い塊となったそれは、エンペラーオークの飛距離に届かずに遠く離れた地面におちてゆっくりと広がっていく


 声が、聞こえた。ゲタゲタと笑う声が聞こえた。

 リリィは、その声の出どころを探り当てて、小さな悲鳴を上げた。

 黒い液体、それが乱杭歯をはやしてゲタゲタと嗤っているのだ。それはヒロの足元から広がり、森全体へと広がっていく。ゲタゲタと、嗤う口が森中に響いていく。

 地面に着地したエンペラーオークがその黒い液体を飛び越しながらヒロへと飛び込んできた瞬間に、地面から飛び出した口がエンペラーオークの下半身をかみ切った。

 

 勢いを落としたエンペラーオークが、ヒロの足元に激突する。


 「お前、これがなんなのか知っていて」

 

 エンペラーオークの最後の言葉がそれだった。ヒロの足元に生まれた口が捕食した。


 

その後、気絶するようにヒロは倒れ込んだ。

リリィはヒロを担ぎ上げると、ロザリアとガウェインの冒険者証ドックタグを掴んで、ゆっくりと森の外へと出ていった。


 こうして、『アレアの惨劇』は終幕した。

 







 そうして、二年の月日がたった。


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