第20話 来訪者、混浴す
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
ヒロ達は一か月ぶりにあった門番に挨拶して、久しぶりに『アレアの街』へと入った。
「……変わらないね。ここは」
「そうねえ、まあここはそんな変わるもんじゃないでしょ」
「うぅ……。気持ち悪いから早く寝たい」
「大丈夫ですか、ヒロ君。早く宿屋で休みましょうね」
「リリィ、そいつを甘やかしすぎよ。気絶寸前まで魔法を使うからよ。いっそのこと気絶したほうが楽なんじゃない?」
ヒロが三日間使いまくっていたのは、五秒だけ吸血鬼の身体能力をわが身に降ろす魔法。これの何が便利なのかというと、発動して五秒の間ずっと馬車の中で座っていれば周りに被害をもたらすことなく、生命力を鍛えられるという寸法だ。
この要領で気絶トレーニングをすること三日。ヒロはなんと六回も中級魔法が使えるまでになったのだ。ロザリアもこの上達速度に舌を巻いて、私の次に天才ね。なんてことまで言いだした。
ヒロと付き添いのリリィは一度、二人と別れて宿屋に入る。とりあえず一泊だけ泊まることにして、ヒロはベッドに寝込む。
インフルエンザに罹った時みたいに全身が怠い。
飯を食うか、寝るかで回復するのだが、今のヒロに食事をするだけの体力は無いのでひたすらに寝ることにした。
リリィはヒロより生命力が少ないので、馬車の中で先に気絶し生命力を取り戻しているから身体もだいぶ楽なのだろう。
「ねえ、ヒロ君。ヒロ君は何でそこまで強くなろうとするんですか?」
「俺? 別にそこまで強くなろうとしてないだろ」
「してますよ。少なくとも普通の魔法使いは気絶トレーニングなんてやりません」
……え、やらないの? いっちばん効率が良いと思うんだけどなあ。
「じゃあ、逆に聞くけどリリィはどうして俺と一緒に気絶トレーニングやったんだ?」
「みんなに、死んでほしくないんです。それって、とても単純だけどとても大事だと思うんです」
「まあ、確かにそうだな」
リリィは直接戦闘にはかかわらないが、彼女がいないとパーティーは深部の地下迷宮攻略や継続戦闘というものがほぼ不可能になる。
戦闘補助、治癒、食事、全て彼女が請け負っているからだ。故に、彼女のパーティー貢献度は下手をするとリーダーのガウェインを超えているかもしれない。
「俺は……。俺も一緒だよ。なあ、俺の恥ずかしい話してもいいか?」
「ヒロ君の恥ずかしい話? エッチな話ですか」
「ちげーよ。俺はさ、一か月前にキラービーに捕まって死にかけたんだ」
「ヒロ君が、ですか? それ冗談です?」
「これが、冗談じゃねえんだな」
リリィにとってヒロがキラービー如きに殺されかけたというのはひどく、ありえなく映っただろう。何しろ、パーティーの中で前衛も後衛もこなしパーティー戦闘の中心を担っているからだ。
「その時、俺はすげえ後悔したんだ。もっとやっとくべきことがあったってな」
「だから、強くなろうと?」
「決意したのは、その時だよ。でも、今は違う。ロザリアは天才だろ? ガウェインも近接戦闘職だというのに、信じられないほどの速度で強くなっている。俺だけ弱かったら、パーティーに迷惑かけるよ」
「でも、ヒロ君はパーティーの中で一番中級魔法を使えるし、魔力量だってロザリアさんより多いくらいじゃないですか」
「それは、俺がそれだけ死にかけたってことだよ。安定を取るなら、俺は魔法の回数が少なければ少ないほど良いんだ」
「なるほど、ヒロ君はだから強くなりたいんですね」
「まあね」
実際問題、この天才パーティーの中でヒロが渡り合えているのはただ単純に、あの少女からもらった才能があるからだ。
日本にいたころのヒロではどうしようも無かっただろう。だから、ヒロは恐ろしい。ある日、急に己の才能が無くなるのではないかという恐怖に襲われる。
「そうだ、ヒロ君。体調が良くなったら、教会に来ませんか?」
「教会? 孤児院ってこと?」
「そうです! 実は司祭様が、どんな人とパーティー組んでいるのか知りたいってずっと言ってきてるんですよ」
「まあ、良いけど。あの二人は?」
「私はヒロ君を紹介したいんですよ」
……?
「……いいよ」
それってパーティー紹介なの?
幸か不幸か、ヒロの思考は疲れからそれより先に進まなかった。
「では、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
目を瞑ると、すぐに眠りが来た。
悪夢は、見なかった。
「おはようございます」
夕日に目を細めると、ふと隣から声をかけられた。
「ああ、おはよう。……なんで、いるの」
「だって、まだ五時間しかたってないですよ」
「もう、五時間だ」
え、何この子五時間ここにずっといたわけ?
「大丈夫ですよ。私も少し寝ましたから」
「いや、別にそこを問題視してるわけじゃなくて……」
パーティーメンバーとはいえ、他人に五時間も寝ている姿を見られているというものはぞっとする。
「まあ、いいや。それで、五時間もここでどうしてたの?」
「ヒロ君が起きるのを待っていたんですよ。ほら、教会行くって約束したじゃないですか」
……。
…………。
………………。
「行こうか」
ヒロはもう何も考えないことにした。
これで万事解決である。
というわけで二人は宿から出て、街の外れに向かっていく。進めば進むほど、立っている家はみすぼらしくなっていき、そこに住んでいる人間もはっきり言って、まともな身なりなどはしていない。
……貧民街か。
それは別に、珍しい話ではない。アレアは田舎で小さいとは言え、一応は街でありそれだけの人口を有している。そして、人が集まれば彼らはみな平等ということにはならない訳で。
「ここですよ」
リリィが止まったのは、そんな街の一つ。今にもぼろぼろになった、壊れた廃教会だった。
え、ここ……?
「ただいまー」
「おかえりなさい……ってリリィ!? と、こちらのかたは?」
「私のパーティーメンバーの方ですよ」
「あらあら、この人が」
と、シスターがヒロをパーティーメンバーを見る目とは少し違う目で見る。
無心だ。無心を心がけるのだ。勘違いは恥ずかしいだけだぞ。
「みんな、リリィが帰ってきましたよ!」
リリィを出迎えた妙齢のシスターがそう言うと、教会の奥からまあ出るわ出るわ。十歳にみたないくらいの子供たちがわらわらと飛び出してきた。
「姉ちゃん。お帰り!」「服ありがとう!」「そこの人だれ?」
まあ、これがうるさいのなんの。
「この人はお姉ちゃんのパーティーで一番強い人よ」
「なんていう紹介をするんだ」
ヒロは顔を顰める。強いとは一体なんなのか。
例えば、火力でいえばヒロはロザリアに負けている。
統率力や、筋力ではガウェインに負けている。
料理力や気配りという面でいえば、リリィに負けている。
俺が一番強い? 何故そうなる。
だが、一番強いという言葉に反応してしまうのがやはり男である。
「一番強いの!?」「魔法使える??」「グラディウスとどっちが強いの!?」
しかしヒロとてもう子供ではない。
子供たちには丁寧に、「強くない」「使える」「グラディウス」と答えてやる。
「「「魔法見せて」」」
「リリィのやつを見せてもらえよ」
「姉ちゃんのやつ地味なんだよ!」
「地味な魔法が一番役に立つんだぞ」
男の子たちに囲まれて、困り果てたヒロは助け船を求めてリリィを見るとあっちはあっちで女の子に囲まれて何を聞かれたのか顔を真っ赤にしていた。
……何を聞かれたんだ。
仕方ない。こっちはこっちで対処するか。
「しゃーねえ、見せてやるからどっか広いところはないか?」
そういうと目を輝かせた少年たちがヒロの手を引いて、廃教会の裏側。そこに広がっていた大きな庭に連れてきた。
「ここで魔法の練習してるんだ!」
「俺たち、将来姉ちゃんみたいに冒険者になりたいんだよ!」
「兄ちゃん、なんの魔法を使うの?」
「闇だ」
「「「えっ」」」
露骨に残念そうな顔をするな。
「あの木を狙ってやっているのか?」
「そうだよ」「遠いから威力が減衰するんだ!」「あそこまで威力を保ったまま撃てたら初心者だって司祭様が言ってたんだ」
ヒロの前にあるのは十五メートルほど離れた一本焦げ付いた木。
なるほど、あれを撃てばいいのか。
「一回だけしか見せないから良く見ておけよ」
ヒロはそういうと、自身の背後に黒い球を生成した。
その球は回転を始めると、やがて細長いラグビーボールのような形を取り始める。
少年たちは何が起きているのか分からず、じっとその球を見ている。
「『捻じれて、放て』」
球は弾へと変化して、一瞬の後に木の棒を吹き飛ばしてさらに轟音とともにその奥の壁を貫いた。
……あっ。
調子にのって中級魔法なんて使うんじゃなかった……。
「「「すっげー」」」
「なあ、今のどうやってやったんだ!?」
「今のが中級魔法か!?」
「でも兄ちゃん剣も使えるんだよね!?」
まあ、子供たちは満足したみたいだしいいか。
とりあえずヒロはあのシスター(司祭らしい)にひたすら謝って、壁の修理代金を支払って一件落着である。
「大変お疲れでしょう。お風呂にでも入っていかれませんか?」
「え、お風呂!?」
司祭の言葉にヒロが反応する。
ガルトンドに風呂は無かった。シャワーはあったのだが、それだけじゃ物足りないと思うのが日本人だろう。
「良いんですか!?」
「ええ。この廃教会には少しもったいないほど豪華なお風呂ですよ」
「是非!」
司祭様に案内されて、脱衣所に入る。
「ここです」
「ありがとうございます。風呂にずっと入りたかったんですよ」
「それは良かったです。では、ごゆっくり」
やけに含みのある言い方をして、司祭が出ていった。
風呂に入れると聞くと一気にテンションが上がる。多分、子供たちが日常的に使うからだろう。かなり大きい脱衣所で服を脱ぎ、中に入る。
「へぁっ!? ひ、ひ、ヒロ君?」
「えっ、リリィ!?」
何でこんなとこにいんのっ!
反射的に目を瞑ったが、冒険者としての性かわずかな瞬間でもリリィの裸体を一瞬で脳内に刻み付けてしまった。
美しく白い肌が水滴を弾いて、膨らみかけの胸にかかるようにして長い銀の髪が伸びている。流石に肝心なところは目を瞑ったから見えなかったが。
「なななん、何で、何でここに!?」
「し、し、シスターさんにお風呂勧められて!」
教科書みたいなコミュ障コミュニケーションになってしまった。
思わずゆっくりと目を開けると、目の前にリリィがいた。
ちけえよ! っていうか、肌すごい綺麗だな……。
思わずピクリと何かが動く。
まずい、これはまずい。何がまずいかというと、リリィはまだ14歳だ。
元の世界ではまだ中学生である。いや、この世界でも学生は学生だ。リリィは冒険者だから、学校に 行ってないだけで……。
「司祭様が……?」
「シスターさんが」
じぃっと、リリィに見つめられる。思わずヒロもリリィの目を見てしまう。
へぇ、リリィの目って紫なんだ。
なんてどうでもいいことを考えると、収まっていく。
「嘘は言っていませんね」
「おぅ……」
「あ、あの……」
「?」
「このお風呂、大きいのでっ!」
というと、リリィはそのまま後ろを向いて走って浴槽に飛び込んだ。
風呂で走ると危ないぞ……。っていうか、今の何? どゆこと?
リリィは、風呂の中でヒロをじっと見つめている。試しに一歩、近づいてみるがリリィは顔を真っ赤にしただけで、何も言わない。
……OKってことかな?
そう思ってヒロは大胆に近づくと浴槽の中に体を沈めた。一応、リリィからは一番離れたところに座った。
「や、やっぱり無理っ!」
そういうと、リリィはヒロにお湯をかけその隙に風呂から逃げ出した。
……何なのもう…………。
ヒロは夕飯を食べていかないかと、誘われたが流石にそこまでお世話になるわけにはいかないので、二時間ほど子供たちの相手をしてから帰ることにした。子供たちはやはりリリィのことが好きなのか、リリィが活躍した話をしてやるととても大喜びしていた。
「では、ヒロさん。どうか、リリィをお願い致します」
「え、あっ、はい」
帰り際に司祭からそう言われてヒロは止まった。
一体何をお願いされたというのか。
「リリィも、迷惑をかけないようにね」
「わかってますよ!」
司祭を相手にするときのリリィはとても年相応の少女という感じがした。
「帰りますか」
「そうだな」
夜の貧民街だが、二人の首からかかっている銅の冒険者証を見て襲うものなどいない。
ヒロもリリィも先ほどの一件は無かったことですますことにした。
「そういえばオークの巣を壊したらまたガルトンドに戻るんですかね?」
「多分、あの感じだと戻るんじゃないのかな」
「そうですか。なら、もっと強くならないといけませんね」
「そうだな」
知らない。
二人はまだ知らない。
この二十四時間後にどれだけの地獄が繰り広げられるのか。
どれだけの血が流されるのかを、二人はまだ知らない。
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