第13話 来訪者、装備街を歩く
「お、おい。あれって」
ヒロが指したのは武器屋の一つ。成熟した男性だというのに身長は一メートル三十センチほどだろう。その低身長にしては異常なほどの筋肉量を誇っている。
例えるならば、筋肉達磨。
「ああ、ドワーフだよ」
「本物初めて見たよ……」
「まあ、アレアの街にはいないもんね……」
そう。ドワーフはアレアの街にはいないのである。
ドワーフと言えば鍛冶屋。鍛冶屋といえばドワーフというくらいには、異世界で鉄板の人種だ。まあ、あれだけの筋肉があるのだから冶金技術に優れていると言われると納得してしまう。
なんだあの腕、俺の足くらいあるぞ。
「とりあえず入ってみよう」
「そうだね。見てみないことには何も始まらないし」
そう言ってガウェインとともにドワーフのやっている装備屋に入る。
店内には無数の刀剣類。それと続くようにして店内の別の空間には無数の防具が売っている。
「何が欲しいんだ」
ひどく重たい声。客のことなんて何も考えていないであろう冷たい声は、男がひたすら装備を作り続けたことの裏返しだろうか。
ヒロとガウェインが同時に振り替えると、店主であるドワーフが立っていた。
「僕は盾が欲しくて」
「盾はそこだ。お前さん、冒険者証のランクは」
「木です」
「なら、そこまで高くねえ奴だな」
そう言ってドワーフがいくつも並んでいる盾の中から一つの大きな盾を取り出す。
「これでどうだ」
貰った盾をガウェインが担ぎ上げると構えたりしまったりして重さを確かめている。
「重たいですね」
「その重さが命を救うのさ」
「いくらですか?」
「八万イルでどうだ」
少しガウェインが考え込む。
「祝福持ちの盾だと一番安いので幾らですか?」
「ちょっと待ってろ」
ガウェインの注文にドワーフが別の方へと足を向ける。
祝福とは簡単に言えばエンチャントのことだ。防御力を上げるものや、防御範囲を広げるなんてとんでもないものから、武器や鎧そのものを持ち主のみ軽くするようなもの、それに身体能力を向上させるようなものまで多岐にわたる。
「これだ」
そう言われてガウェインが受け取ったのは先ほどよりも大きな金属製の盾。それを今度は軽々と持ち上げては構えている。
「どうだい、ヒロ。さまになってるかい?」
「カッコいいな。それ。騎士みたいだぜ」
ヒロの言葉に何度もそうだろうという風にガウェインが頷くと、
「これは幾らですか?」
「30万イルだが、お前さん初心者のようだし値引いて25万イルだな」
にっ、25万……。今日の収入だと十日分じゃねえか。
「いいね、買おう」
即決……っ! 男ガウェイン即決……ッ!!
ガウェインは受け取った板にペンで数字を書き込んでいく。そして、その板の後ろに親指を押し付けるとドワーフは満足そうに頷いた。
「今のは……?」
「ああ、冒険者証って全員に数字が割り振られているだろ?」
「確かに。それを書いたのか?」
「うん」
「あの親指を押し付けるやつは?」
「ああ、あれは魔力認証だよ」
「何それ」
聞いたことのない単語にヒロの知的好奇心がうずく。
「魔力って、いわば生命力のことなんだけどその波紋っていうのは人それぞれなんだ。あの親指を押し付けたのがいわば本人確認だね。あとは僕の冒険者番号の口座からあの店主の口座に金額が移動するっていうシステムだ」
「す、すっげ……」
これって簡易的なクレジットカードのシステムじゃないんだろうか。いや、口座の中の金しか移動できないならデビットカードだろうか。
「うん? でも、俺はその魔力のやつやった記憶がないぞ?」
「ああ、二万イル支払えば出来るようになるよ。便利だからやっておけば良いんじゃないか?」
いや、そんな簡単に言われても。……やっぱりコイツ、結構いいところの坊ちゃんなんじゃないだろうか。
「んで、お前さんは」
「えっと、装備一式を新調したいなって」
「ポジションは?」
「中衛? 前衛? まあ、そこら辺ですね」
「分かった、こっちこい」
そう言ってドワーフに連れてこられたのは様々な刀剣類が置かれた場所。
「使う武器は決めてるのか?」
「今は短剣を使ってるんで、その系統の武器が良いかなって」
「ふん」
そう言ってドワーフはいくつか短剣類を見ながら手ごろな物を取り出す。
「こんなんでどうだ」
そう言って渡されたのは今ヒロが使っているのとは比べ物にならないほどの光を放つ代物。……金属の輝きが違う。
「ソイツが切断強化の祝福持ちで15万イルだ」
「じゅっ……」
「まあ、それが普通の反応だわな」
そう言ってドワーフはゲタゲタと笑った。
そう、ヒロの反応が正常なのだ。ガウェインのそれは、金持ちだから出来ること。
あーあ。金持ちってのは良いねぇ。
「どうする、防具も見ていくか?」
「…………イエ、キョウハイイデス」
短剣一本で15万イルもするのは流石にちょっと即決は出来ない。防具なんてもっとかかるに決まっている。
「また来いよ!」
先ほどの仏頂面はどこへやら。ドワーフによって見送られたヒロとガウェインが外に出るとちょうど、リリィとロザリアに会った。この二人は先に触媒を買いに行ったのだが。
「どう? 良いのは見つかった?」
「ガウェインが盾を買ったよ。俺は手持ち的にちょっとね」
「まあ、武器も高いもんねえ」
「そっちはどうだった? 良い触媒は見つかったのか?」
「まだよ。どうせアンタも使うことになるんだから、一緒に行きましょ」
というわけで四人一緒になって触媒を売っている店を目指して歩いていく。
装備街を横に区切る大きな道を渡ると、一気に街の雰囲気が変わった。例えるなら、そこまで暑苦しい体育会系の中にいたところ一気に文化系のところになったというくらい雰囲気の落差。
歩いている人族の雰囲気も違う。そこまではガウェインのような、全身を鎧に包んで巨大な剣や槍や盾などを持った男くさい場所だったのが、ロザリアのような全身をローブを包んで杖を持った魔法使いばかりになった。
「やっぱり、触媒はこっちに来ないと売ってないわね」
「そうですよねえ。さっきの店主はほんとにひどかったですよね」
珍しくリリィが怒ってる。
「どうしたんだ?」
「さっきのお店の人がひどかったんですよ。私たちが魔法使いだとしるやいなや店から追い出しにかかったんですよ。ここの武器は見世物じゃないって。ヒロ君みたいに魔法を使う前衛の方とか、珍しいけど決していないわけじゃないのに」
「へえ、なんかすごいな」
日本だと絶対に考えられないような光景だろう。っていうか、日本の接客は過剰すぎるきらいがある。
「ここ入ってみましょ」
数ある商店の中からロザリアが適当に見繕った店に四人して入る。
「いらっしゃーい」
気の抜けた声。店の奥に座ったままの女性がヒロたちに視線の一つも寄越さずに店の守をしている。そして、その女性の耳は尖っていた。
「……エルフ?」
「みたいだね」
ヒロとガウェインが小声でやり取り。こちらもアレアの街にはいなかった。あそこは田舎だからなぁ。
「ねえ、ヒロ。みてよこの杖、どう?」
木を純粋に削りだしただけとも思われるだけの杖をロザリアが見せてくる。
「いや、ごめん。よく分からん」
「ああ、そっか。そうよね、ヒロはまだ触媒を見た事なかったもんね」
そういってロザリアは謝ると、杖に魔力を通す。
「え、何これすっご。魔力の伝達速度が半端無いんですけど。まあ、師匠が持ってたやつには劣るけど」
「売り物にいちゃもんつけるのは良くないぞ……」
「それは私の故郷の木から削りだしたものよー。それなりに使えるんじゃないかしら」
「エルフの里の……。失礼ですが、店主はどこの出身かしら?」
「フェルムトよ」
「ああ、ならこの木の材質はフェルリアかしら」
「あら、あなた詳しいのね」
ぜ、全然分からん。二人して一体何の話をしているのか。
「あなた魔法はどのくらいまで使えるかしら」
「中級下位よ」
「ほえー、その歳で中級魔法が使えるだなんて大した才能ね」
「エルフに褒められるなんて光栄だわ」
酔っぱらった時にいっつもロザリアが天才天才と自称していたけど、ほんとに天才なのかよ。
「なら、こっちの杖なんてどうかしら。私のお手製なんだけど」
そう言ってエルフの店主がロザリアに手渡したのは金属製の杖で先端部には青色の宝石が浮いており、その周りを金色の丸い装飾が二つほどついている。それだけではなく、持ち手の部分にも様々な意匠が凝らされている。
ロザリアはその杖を受け取ると、魔力を流し込んだ。
「とても軽く通るわね。これは『青空の宝石』だけじゃ無理ね……。もしかしてこの持ち手のデザインが魔方陣になっているのかしら」
「あなた凄いわね! 一度触るだけで私の芸術が分かるなんて」
そんな二人のやりとりを三人はただ眺めているだけ。
……よく分かんないし、帰りたい…………。
「買えるなら、これが欲しいけどこれ幾らするの?」
「250万イルだけど、あなたは私の芸術が分かるから130万イルでいいわ」
ひゃっ、130万!?
「買うわ」
「まいどありっ!」
即決……っ! ロザリア即決……ッ!!
「……おいおい、金は大丈夫なのかよ」
「ええ、師匠から250万イルもらってるから」
「……何でそんな金持ってるのに今まで触媒持ってなかったんだ?」
「あの街どこにも触媒売ってないのよ」
ああ……。田舎だからなぁ……。
「っていうか師匠からもらえなかったのか?」
「自分で買えってことよ。他人からもらうよりも自分で買った方が愛着がわくってことなんじゃないかしら? まあ、あのババアはよく分かんないから深く考えても無駄よ」
「へえ……」
エルフの店主が杖だけではなくおまけのポーションを包んでロザリアに渡す。
「……ヒロ君」
「何だ……」
「世界って、残酷ですね……」
「……頑張ろうな、リリィ」
「……頑張りましょう。ヒロ君」
こうして人知れず二人の仲が深まったのだった。