第10話 来訪者、都会に着く
トゴトと音を立てて馬車が進む。流石に三日目ともなると、腰が痛くなるほど振動する馬車にも慣れ、馬車の中を無言が包んでいた。
……話題が無いのである。
することも無いのでヒロが中級魔法を空に放ってパワー生命力トレーニングをしていた。すると、パーティーメンバーから唐突に気絶するのは心臓に辞めてくれとクレームが来て、御者からは馬が驚くから辞めてくれと言われたので、ヒロは渋々そのトレーニングを辞めた。
おかげで、中級魔法を二回までは使えるようになった。ロザリアにはその貪欲さにドン引きされた。なんでだよ。
「ねえねえ、あれ見て」
リリィの言葉に全員の視線が前に集まる。
見えてきたのは巨大なゴシック調の壁。高さは離れているから正確には分からないが、七、八メートルほどだろうか。それが視界に収まる限りの範囲に広がっている。
ヒロ達の進行方向には開きっぱなしになった巨大な門。数台の馬車がその前に並んで、門番たちのチェックを受けていた。
あれは街に不審な物を持ち込まないようにするための検問だ。麻薬や非合法ポーション、呪詛の塊。そういったものはガルトンドほどの人口を有する街になると一度入り込むと見つけるのが非常に困難になる。
それに加えて商人たちは税の問題がある。行商人たちは品物を抱えて都市に入るわけだが、そこで課税商品を売る際に税を先払いしておく必要があるのだ。そこで、商品の数をごまかされると、都市としては損失となる。故に、商人たちのチェックには時間がかかる。
ヒロ達の馬車にはヒロ達以外にも荷物が積まれているため、調べるのには少しばかり時間がかかりそうなので、商人とはそこで別れて先に都市に入ることにした。
「お世話になりました」
ガウェインが頭を下げるのにつられてパーティーメンバーが頭を下げる。
「おう、元気でな」
御者の男とはそこで別れて、巨大な門をくぐる。冒険者の検問は非常に雑だ。何しろ通る時に冒険者証を見せればいいのだから。
「この街での目標!」
巨大な門をくぐりながら、ガウェインがそういう。
「全員の冒険者証を銅にすることだ!」
銅の冒険者証は木の冒険者証と、扱いが変わる。それは中級者になった証。認められためにはD級の魔物を安定して狩れるようにならなければいけない。そして、それは一種だけでは達成できないのだ。
「リーダー。目標が小さくないか?」
「目標は達成しやすいほうがいいだろ?」
「はは、確かにな」
D級の魔物を安定して狩れるようになる。それは、口で言うほど簡単なことではない。けれど、四人にはそれが出来る。四人なら、それが出来る。
ヒロはそう思うと、街へと一歩踏み込んだ。
「わぁ……」
「……綺麗ね」
あたりには全て石で作られた家が立ち並び、その屋根の色は綺麗なオレンジ色で統一されている。それに加えて、人、人、人!
三日前までいた『アレアの街』とは比べ物にならないほどの人族がそこら辺を歩いていた。
「そこの兄ちゃん! 果物買っていかないか! 安くしとくよ」
「そこの冒険者たち! 今日泊まる宿は決まっているのかい? 家に来ないか、四人で2000イルにしとくよ」
「冒険者なら武器だろ武器! 見ていかねえか」
そして、その人を対象にした商人たち。ヒロたちと同じように今来たばかりの冒険者を相手に巧みに押し売りが繰り広げられている。
「あっ! 財布がスられてる!」
「馬鹿だな。何も考えずにつっこんどくからだよ」
目の前の冒険者二人組が繰り広げたやり取りに、ヒロは慌てて財布の位置を移動させる。
ギルドの銀行に預けた預金は冒険者証があれば取り出せるため、心配は無い。無いが怖いので首からかけた冒険者証を思わず確認してしまった。
「冒険者の財布をスるなんて命知らずもいたもんだね」
「盗まなきゃ明日死ぬ、みたいなやつがやってんだろ」
「貧困か、どこに行ってもあるんだね」
「この街は特にそういうの多いんじゃないか? 戦えなくなった冒険者とかよ」
「笑えないわ。私たちだってそうなる可能性があるんだもの」
人の波の中、路地の奥から飛んでくる粘つく様な視線を無視しながら四人は進み続ける。
……俺たちは、そうはならないぞ。
誰にも漏らせない強い決意。
四人はやがて進み続けると、街の中心部に一際巨大な建物が見えてきた。
「あれが冒険者ギルドだよ」
「ずいぶんと大きいんですね……」
「……地下迷宮でここまで大きくなった街だからね。いかに領主と言えども冒険者の意向を無視できないんだろうさ」
全長が三十メートルを超えるであろう巨大な建造物の中に入ると、出迎えてくれたのはひどく高い天井ととても大きなホール。入ったばかりのところにはいくつも依頼掲示板が立ち並び、その奥には十人以上の受付嬢が列になった冒険者たちを対処していた。
「と、都会ですね……」
「大丈夫かな、俺たちみたいな田舎者は排除されたりしないかな」
「……わかんないわね」
床は磨き上げられた黒い石でできており、その下には巨大な街の地図が描かれていた。
「へえ、俺たちが入ってきた北門以外の全ての門から地下迷宮に行けるのか」
「東の迷宮、南の迷宮、西の迷宮って呼ばれてるらしいよ。安直な名づけだね」
ガウェインが看板を見ながらそう言ってくる。
「まあ、覚えやすくて助かるよ」
「そうね、長ったらしい名前を覚えさせられるよりはましよ」
その地図を見ながら四人で話あう。
「で、どこの迷宮にいくよ」
「ちょっと待ってよ」
ガウェインが売店で買ってきた簡単なダンジョン情報本を読む。『ギルドのお墨付き!!』という部分の胡散臭さが半端ない。こんな立派な冒険者ギルドで売られていなければ偽物を疑うレベルだ。
「僕たちのレベルだと、南の迷宮がちょうどいいかもしれない」
「ちなみに他のとこはどうなの?」
「東側は簡単すぎるよ。僕たちなら十層くらいまで行けちゃう。ここのダンジョンは最大深度が25層だけど、十層まで潜る手間暇を考えるとちょっとね」
「西のとこは?」
ヒロの問いにガウェインが淡々と答える。
「こっちは難易度が高すぎる。僕たちだと潜れて2~3層だよ。だって1階層目からオークが出てくるみたいだし。それに最大深度も分かってないんだ。危険すぎるよ」
「み、南の迷宮はどうなんですか」
「僕たちでも5層くらいまで行けるみたいだし、それに最大深度30層だから強くなるにはもってこいだよ!」
ガウェインが一際強くなるという部分を強調してそう言った。ヒロとて男だ。強くなることに対して異論はない。ロザリアは、珍しい『痕機』に興味があるみたいだが、そう言ったものは人がめったに来れないような深度の深いところにある。お金を稼ぐために魔物を狩るリリィとしても手ごろに狩れる魔物がいるというのは良いことだろう。
「良し、行くか!」
「ちょっとヒロ! 僕の仕事奪わないでよ!」
「……どんな『痕機』が落ちてるか今から楽しみだわ。楽しみすぎてよだれが出ちゃう……」
「きたないなぁ。ちゃんと拭いときなよ師匠」
「ち、治癒のポーションは買い足していきましょうね……」
いつものやり取りを四人で行いながら、ヒロ達は南の迷宮へと向かった。
無論、ポーションは買い足した。