イベント07:駅で遭遇した
十二月最初の金曜日、かわいい店員さんはやはりかわいくて、輝く笑顔だった。
ラブレターをもらった直後はかなり動揺してしまったが、イベントのひとつだったのではと思いついてからは、なんとかおちつくことができた。
日常があまりにも普通だから忘れてしまっていたが、ここはゲームの世界なのだから、イベントが起きるのも当然だった。
そう自分を納得させて、翌週もなんとか普通に会話できた。
クリスマス直前の水曜日、仕事終わりに久しぶりに古本屋に行くことにした。
明日は祝日で休みだから、帰りが遅くなっても大丈夫だ。
夕食をどうするか悩んだが、かわいい店員さんがいるカフェに金曜以外に行くとイベントが起きそうだったから、古本屋近くのハンバーガーショップで軽く済ませ、さっさと古本屋に向かう。
ネットで見かけて気になった本を探してみたが、見当たらなかった。
そのまま帰る気になれなかったので、以前読んでいた作家さんのマンガの続刊などを立ち読みする。
ついつい熱中してしまい、気づくと十時近くになっていた。
店に入ったのが七時半ごろだったから、二時間以上読んでいたことになる。
久しぶりだったから、つい長居してしまった。
アプリで電車を調べると、駅までのんびり歩いてちょうど間に合う各停があった。
直前の急行も急げば乗れそうだが、どうせ乗り換えないといけないし、座ってられる各停の方が楽だ
気に入った本を数冊買って、店を出る。
寒いからすぐ地下通路に入り、のんびり歩いて改札を通る。
ホームへの階段の途中で、横を早足で上がっていった人がふいにふりむいた。
「あ、馨さん! こんばんは!」
「ぇ」
かわいい店員さんだった。
だぼっとした濃いピンクのパーカーとぴっちりしたジーンズを着ていて、大きめのリュックを肩にひっかけていた。
カフェの制服姿しか見たことがなかったから、一瞬誰かわからなかった。
「こんなとこで会うなんて、びっくりしました。
馨さんもこの路線だったんですね。
こんな時間までお仕事だったんですか?」
「あ、いえ、ちょっと」
にこにこ笑いながら言われて、なんとか言葉を返すと、かわいい店員さんの視線が私の持つ古本屋の袋に向かう。
「ああ、本屋さん行かれてたんですか」
「えっと、はい。
あの、咲弥さんは、今日も仕事だったんですか?」
「そうなんです。
最近締めを任されることが多くって、帰りも遅くなるし、大変なんです」
あのカフェの閉店時間は、九時だったはずだ。
『締め』とは、閉店に関する作業だろう。
若い女性が遅くなるのは良くないと思うが、締めを任されるほど信用されているのだろう。
大変だと言いながら、かわいい店員さんは笑顔で、仕事を楽しんでいるのが伝わってきた。
「あ、すいません、急行に乗りたいので、失礼しますね。
またお店に来てくださいね。待ってます」
「あ、はい」
「じゃあ失礼します」
「どうも」
かわいい店員さんはぺこっと頭を下げて、すたすた階段を上がっていった。
「……なんだこれ」
思わずつぶやいて、横を通った女性に不審そうな顔をされた。
あわてて表情をとりつくろって足を動かし、ホームに停まっていた各停に乗って座ってから、改めて考える。
さっきのは、いったいなんだったのだろう。
私が男だったなら、『寂しい独身男にサプライズ! 気になるあの娘からデートのお誘い!』みたいなドッキリ企画を疑うところだ。
思わずそっと周囲を見回してしまったが、カメラを持った人も、『ドッキリ成功』の看板を持った人もいなかった。
一安心してから、思い出す。
ドッキリ番組ではなかったが、この世界はゲームの世界だった。
つまり、さっきのもイベントだ。
「……クリスマス」
次の金曜日は、十二月二十四日、クリスマスイブだ。
さっきのかわいい店員さんの言葉は『クリスマスに会う約束』とも解釈できる。
私にとって『クリスマス』=『ケーキの日』だからすっかり忘れていたが、世間一般的には恋愛イベントだった。
いつも通りカフェに行くつもりだったが、やめたほうがいいだろうか。
だが、こんな前振りイベントが起きるぐらいなら、本番イベントを回避するのは無理そうだ。
回避しようとしたら、また強制イベントが違う場所で起きて、店に行くより面倒なことになりかねない。
店に行くほうがまだマシ、なはずだ。
「……だったら」
たまには、自分から仕掛けてみようか。
曜日はストーリーの都合に合わせているので、実際の暦にあてはめたツッコミ(その日はもう祝日じゃない、クリスマスイブが金曜日なのは西暦だと○○年、など)はご容赦ください。
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