イベント06:ラブレターをもらった
かわいい店員さんと久しぶりに言葉をかわした翌週の金曜日。
いつものようにカフェに行ったが、かわいい店員さんの姿はなかった。
だが、どこかから声が聞こえる。
いつものメニューを注文し、バックスペースに近い席に座って耳を澄ますと、どうやら裏で新人さんの指導をしているようだった。
私がかわいい店員さんを初めて見たのは今年の春だが、半年でもう指導係になるのか。
学生バイトが多い店だから、半年でも長いほうなのだろうか。
もしくは、かわいい店員さんの教え方がうまいのか。
ところどころ聞こえる説明はわかりやすく、どうやら教え方のうまさで選ばれたようだ。
まだまだ新人だと思っていたのに、なんだか感慨深い。
かわいい店員さんが攻略対象だという妙な確信は相変わらず続いているが、成長を喜ぶ気分は『親戚のおばちゃん』だった。
十一月最後の金曜日にカフェに行くと、久しぶりに注文カウンターにかわいい店員さんがいた。
「いらっしゃいませ! いつもご来店ありがとうございます!」
「あ、どうも」
「ご注文は、いつものチーズとベーコンのカルボナーラを胡椒抜き、食後にホットのカフェオレSサイズを砂糖無し、でよろしいでしょうか?」
「はい」
輝く笑顔が見れたのが嬉しい反面、やはり『いつもの』をおぼえられていることにとまどい、少し視線をそらしながら会話をする。
支払をして隅のテーブル席につき、運ばれてきたパスタをゆっくり食べながら耳を澄ます。
今日は新人さんがいないのか、かわいい店員さんはずっと注文カウンターのようだ。
相変わらずよく通るハスキーボイスは、普段なら敬遠する明るさだが、彼女限定で愛らしく思えるのは、かわいさ補正なのか好感度の高さなのか。
特に意味のないことを考えながら食べ終わり、水を一口飲んだところで、かわいい店員さんがやってきた。
「失礼いたします。カフェオレSサイズ砂糖無しをお持ちしました」
「あ、どうも」
「お済みのお皿お下げしてもよろしいですか?}
「はい、お願いします」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
カフェオレが載ったトレイを置いたかわいい店員さんは、かわりにパスタの皿が載ったトレイを取る。
輝く笑顔を残して去っていく後ろ姿を見送って、カフェオレに視線をやったところで、ようやく気づいた。
カフェオレが載ったソーサーの右横に、紙片が置いてあった。
【馨さんへ
いつもご来店ありがとうございます。
大好きです♡
咲弥】
「…………………………………………」
今ほど社会人に擬態して生きてきた年月に感謝したことはない。
おかげでなんとか心の叫びを外にもらさずにすんだ。
もし学生の頃だったなら、『なんじゃこりゃあ!』と叫んでいたところだ。
メモ帳をちぎったらしい紙片にボールペンで書かれたらしい文字は、少し丸っこい。
かわいい店員さんは、字もかわいいようだ
何度読み返しても内容は同じで、ゆっくりと大きく息を吐く。
意識してゆっくり吸い、また吐く。
それを何度かくりかえして、心の中の叫びも少しおちついた。
そっとカフェオレのカップを持って飲む。
これは、キャバ嬢やホストが客に対して送るという、いわゆる『営業メール』だろうか。
このカフェでは指名制度があるわけでもないし、いやもし指名できるならするけども、むしろ毎日通うけれども。
「……だめだ」
小さくつぶやいて、それ始めた思考をぶった切る。
私はのめりこむ性質なので、ハマってしまうと際限なくお金をつぎ込んでしまう。
過去の惨事を教訓に、この数年はグッズ系にはなるべく手を出さないようにしている。
だが、自己満足で終わるグッズと違って、笑顔を返してくれて会話もできるかわいい店員さんにつぎ込むのは、ムダな浪費ではなく建設的な課金なのではないだろうか。
しかも私がカフェに支払ったお金は、回りまわって彼女のお給料の一部になるはずだ。
そのうえ私の食事も兼ねているから、実質0円である。
「って、またそれてる」
ダメだ、このままではおかわりしたくなってしまう。
くいっとカフェオレを飲み干して、カップをそっとソーサーに置く。
紙片を慎重に二つ折りにして、バッグの中の一番物が動かないあたりに入れた。
トレイを返却口に持っていってちらりと見ると、かわいい店員さんは注文カウンターで接客中だった。
だがちょうど客が切れたタイミングで私のほうを見て、にっこり笑う。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
「…………」
テイクアウト用焼き菓子を買ってしまいたい衝動をなんとか抑えて、店を出た。
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