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イベント05:萌える接客をされた

一気に時間が進みます。

 攻略対象からは逃げられない。

 そう覚悟を決めたとたん、出会わなくなった。



 六月はじめ、名前を聞いたり聞かれたりしたあの出来事は、我ながらテンションがおかしかった。

 黒歴史を増やしてしまったことにもやもやしていたが、強制イベントだからしかたなかったのだと自分を納得させて、次の週もいつも通りカフェに行った。

 だが、かわいい店員さんはいなかった。

 姿が見えなくても、声が通るからいるかどうかはすぐわかる。

 私が店内にいる間、かわいい店員さんの声は一度も聞こえなかった。

 その次の週も、さらに次の週も、かわいい店員さんはいなかった。



 七月に入ると、異常な暑さと冷房にやられて夏バテになった。

 私は体調が悪くなるとまず食欲がなくなるから、カフェに行かなくなった。

 また強制イベントで店の前で会うかもしれないと思って、あえて通勤路を変えなかったが、かわいい店員さんはいなかった。



 八月はじめ、盆休みに帰省した。

 基本引きこもりだから、休みの日に出かけるのは外せない用事がある時だけだし、人が多い連休の頃はなおさら出かけたくないが、今回は昨年病死した父の一周忌だったから、しかたなかった。

 現在の職場は山手線の某駅だが、住んでいるのは東京に近い千葉県内で、実家は大阪に近い和歌山県だ。

 かなりの田舎なので、新幹線を使っても数時間かかる。

 暑いというだけで体力を奪われるのに、長時間の移動でよけい疲れた。

 一年ぶりに会った母は元気そうだったが、犬には嫌われたままだった。

 私が家を出た後でもらわれてきた犬は、ほぼ室内飼いだったせいか父と母以外の人間は恐いらしく、昨年帰省した際に初めて会った私は不審者扱いで、ほんの少し動くだけでキャンキャン吠えられた。

 小型犬で声が高いから、頭に突き刺さるような声で吠え続けられて、大変だった。

 近寄ることも撫でることもさせてもらえず、遠くから写真を撮るのがせいいっぱいだったが、今年も同じだった。

 少しは遊んでもらえるかと期待していたのに、吠えられるだけで終わってがっくりした。

 多少はゆっくりできたが、移動と暑さの疲れでさらに食欲が落ちた。



 九月半ば、涼しくなると共にようやく少し体力が回復してきて、かわいい店員さんがいるカフェにまた行ったが、やはり彼女はいなかった。

 もう三ヶ月会えていない。

 六月の名前イベントは、さらに好感度が上がったように思っていたが、実はルートの分岐点で、何か選択肢を間違えたのだろうか。

 フェードアウトはノーマルエンドだろうか、バッドエンドだろうか。

 ぼんやり考えながらいつもの『ベーコンとチーズのカルボナーラ、胡椒抜き』を食べたが、いつもより寂しい味がした。



 十月になり、ほぼ惰性でカフェに行ったとたん、明るい声がした。


「いらっしゃいませ! いつもご来店ありがとうございます!」

「えっ」


 あわててカウンターを見ると、かわいい店員さんが輝く笑顔で私を見ていた。

 誰も並んでいなかったから、あわててカウンターに近寄る。


「いらっしゃいませ! お久しぶりです!」

「……お久しぶりです」

「もう会えないかと思ってました。来ていただいて嬉しいです」


 心底嬉しそうに言われて、言葉に詰まる。


「ご注文は、いつものチーズとベーコンのカルボナーラを胡椒抜き、食後にホットのカフェオレSサイズを砂糖無し、でよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「かしこまりました!」


 てきぱき支払をしてもらい、番号札をもらって、隅の席に座る。


「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」


 よく通る声を聞いて、ようやく実感した。

 どうやらルート再開したようだ。

 そして、私はそれが嬉しいらしい。


「……なんだかなあ……」


 小声でつぶやいて、苦笑する。

 攻略するのもされるのも面倒で、関わりたくないと思っていた。

 避けられないなら、よけい面倒なことにならない範囲で対応していこうと思っていた。

 会えなくなって、安堵する反面、寂しくも感じていた。

 結局は、私自身も彼女への好感度が上がっていたらしい。

 恋愛したいとは思えないが、それでも、久しぶりに会えて嬉しいと思う程度には、かわいい店員さんを気に入っている。

 口元がゆるみそうになるのをこらえながら、運ばれてきたパスタをゆっくりと食べる。

 先週と同じ味のはずなのに、かわいい店員さんの声を聞きながらだと、やけに美味しく感じた。


「ごちそうさまでしたー」

「ありがとうございます」


 帰りぎわ、トレイを返却口に持っていくと、かわいい店員さんがカウンターの中から近寄ってきてにっこり笑う。

 さらにゆるみそうになる口元をひきしめながらドアに向かうと、後ろから声が追いかけてくる。


「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」


 ちらりとふりむくと、かわいい店員さんが輝く笑顔で軽く手を振っていた。


「……っ」


 なんでいちいちかわいいのか、萌える接客ってどうなんだ、手を振るってなんでだ、見送りまで完璧、キャバクラなら間違いなくナンバーワンになれるよね、キャバクラ行ったことないけど。

 結論。かわいい店員さんは、かわいい。


 内心の叫びをなんとか押さえこみながら会釈して、自動ドアを通った。

誤字などを見つけられたら、右下の『誤字報告』から連絡いただけると助かります。

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