イベント03:注文内容をおぼえられた
大事なことなのでもう一度。
『めんどくさい常連客』だからこそ、面倒なことにならないように、愛想よくしてくれている、だけのはずだ。
「いらっしゃいませ! いつもご来店ありがとうございます!」
今日もカウンターの向こうのかわいい店員さんは輝く笑顔だった。
先週は貧血気味で食欲がなくてさっさと帰宅したから、二週間ぶりの来店なのに、『いつも』なのか。
「ご注文は、いつものチーズとベーコンのカルボナーラを胡椒抜き、食後にホットのカフェオレSサイズを砂糖無し、でよろしいでしょうか?」
「……はい」
しかも注文内容をおぼえられている。
「本日もトッピングの温泉卵お付けしますか?」
「…………いえいいです」
そのうえ、二週間前に一度頼んだだけのトッピングをおぼえられていた。
ひきつりそうな表情を抑えながら、なんとか支払いをする。
「ありがとうございました。
出来上がりましたら席までお持ちしますので、しばらくお待ちくださいませ」
「どうも」
最後まで輝く笑顔のかわいい店員さんから番号札を受け取って、隅のテーブルに座る。
思わず大きなため息がもれた。
どうやら認識を改めた方がいいようだ。
かわいい店員さんは、積極的だったらしい。
私が消極的、というより干物系だから、合っているのかもしれないが。
ゲーム的には『攻略する』も『攻略される』もアリだとはいえ、自分が『される』ほうになるのは複雑な心境だ。
相手が女性だから、ではない。
恋愛すること自体が、いやなのだ。
男を見る目がないのか、それとも男運が悪いのか、私が今までつきあった相手は皆問題がある人たちだった。
ストーカー、宗教、二股、借金、DV、パワハラなど、トラウマを量産した結果、『恋愛はもういいや』と思うようになった。
特にバイト先の社員とのつきあいは、最悪だった。
他の支店に商品を車で届けるのに同乗させられるのが『デート』だったり、仕事終わりに電話してきてその日の仕事でのミスをえんえん説教されたり、別れ話に仕事の話をからめてきたり、自分が好きなものは押しつけてくるくせに私が好きなものは全否定したり。
別れたいと言っても聞かず、口論になると力ずくで黙らされる。
職場が同じだし、自宅も知られているから逃げられなくて、もう死ぬしかないのかと思いつめて。
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」
かわいい店員さんのよく通る声が、沈みかけた思考を引き戻す。
機械的に食べていたせいか、半分ほど減った皿を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
せっかくの料理は、味わいながら食べるべきだ。
もう一度、ゆっくりと深呼吸してから、フォークを握りなおす。
あの時は、相手が休みの日の終業後に『今日で辞めます』と言い逃げして帰り、自宅には戻らずに遠方の祖母の家に一ヶ月ほどかくまってもらって、ようやく縁を切れた。
それからはもう恋愛が面倒になって、二次元だけで充分だと思って生きてきた。
かわいい店員さんが相手なら、男性相手の時のようにトラウマにはならないかもしれないが、もう他人にふりまわされるのは疲れた。
いくら相手が積極的でも、好感度が勝手に上がっていってても、こちらが応えなければ、それ以上進展はしないだろう。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
食べ終えたトレイを返却口に持っていくと、ちょうどかわいい店員さんが寄ってきて、輝く笑顔で言ってくれた。
その笑顔を心に焼きつけて、店を出る。
貴重な癒しだったが、トラウマを刺激されることを考えると、プラスよりマイナスが多い。
もう、この店に来るのはやめよう。
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