イベント02:顔をおぼえられた
攻略対象であっても、『客』と『店員』の距離を守って接するなら、問題ない。
そう思っていた頃が私にもありました。
「いらっしゃいませ! いつもご来店ありがとうございます!
ご注文お伺いいたします」
カウンターの中のかわいい店員さんが、輝く笑顔で言う。
ひきつりそうになった顔をなんとか押さえて、いつも通りに注文しようとして、ふと迷う。
「……チーズとベーコンのカルボナーラを胡椒抜きで。
トッピングで温泉卵お願いします」
昼休みにスマホで読んだ小説に、温泉卵をのせた料理が出てきて、その描写があまりにも美味しそうで、温泉卵を食べたい気分になっていた。
ちょうどトッピングの中にあったので、頼んでみる。
「それと、食後にホットのカフェオレSサイズを砂糖無しで。
以上です」
「かしこまりました!」
かわいい店員さんは、かわいいだけでなく優秀だ。てきぱき支払をしてくれて、番号札を受け取る。
今日は隅のテーブルが空いてなかったので、カウンターの隅に座った。
荷物を置いて、そっとため息をつく。
いつも通りにしようと今週もやってきたが、かわいい店員さんはいないかもしれないと思っていた。
いたとしても、他の店員さんと変わらない態度で接するつもりだったが、そうできていただろうか。
攻略対象でないとしても、もともと好意を持っていたから、どのぐらいが『普通』なのかよくわからなくなってきた。
「お待たせしました、チーズとベーコンのカルボナーラ胡椒抜き、温泉卵トッピングです」
「どうも」
「ごゆっくりどうぞ」
皿を持ってきた男性店員さんが、にこりと笑って去っていく。
大学生ぐらいだろうが、かわいい店員さんよりは上だろうか。
おそらく世間一般的にはイケメン、なのだろう。食後の皿を回収するために声をかけられた若い女性は嬉しそうだ。
だが、萌える条件が『人外・長命種・以前は敵側・強者・もふもふ・イケボ・普段はふざけているがいざという時は頼りになる・おじさま(擬人化不可、四つ以上クリアでハマる)』な私にとっては、その他大勢にすぎない。
最近は萌えられるキャラに出会えなくて寂しい。
すべてにあてはまる猫先生はやはり偉大だ。
猫先生のアニメをまた見たくなったが、とりあえず食事をしよう。
温泉卵をつぶして丁寧に麺にからめてから、のんびりと食べ始める。
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」
カウンターのほうから、かわいい店員さんの声が聞こえる。
元気で明るいがうるさくはない、よく通る声だ。
少し混んでいるせいかくりかえし聞こえる挨拶に、ふと違和感があった。
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
何かが、違う気がする。なんだろう。
自分の時のことをくりかえし思い出して、ようやく気づく。
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」
『いらっしゃいませ! いつもご来店ありがとうございます!』
「……いつも」
週に一度は、『いつも』になるのだろうか。
『いつも』と言われるのは、せめて週二回は来るような常連ではないだろうか。
たまたまかもしれない、と思ったが、かわいい店員さんの声をさっきより注意深く聞いていても、やはり『いつも』は付いていなかった。
悩みながら食べ終えて、ふと思い出す。
数少ない友人が、以前デパ地下の飲食店で働いていたはずだ。
カフェオレが冷めるのを待つ間に、スマホからメールする。
簡単な状況説明を入れて、『常連』の基準を聞いてみる。
最近はお互い忙しくてメールのやりとりもあまりしていなかったから、週末の間に返事が来ればいいほうだと思っていたが、今日はたまたまヒマだったのか、すぐ返事が来た。
『私は三日に一回ぐらいから常連扱いしてたけど、めんどくさい客の場合は月一でもおぼえてた』
「……うーん」
私は、『めんどくさい客』だろうか。
若い頃に小売店でバイトをしている際に、袋はいらないと言われたのに、ついいつも通りに作業して袋に入れてしまったことがある。
相手からすればたったひとつの工程でも、やる側からすれば最初から最後までひとつの流れとして身についている『いつも通り』を崩すのは、とても大変だ。
私の場合は仕上げにかける胡椒を抜いてもらうだけだから、そこまで面倒ではないと思うが、普段と手順が変わってしまうのは確かだ。
だが、香辛料全般がダメな私は、胡椒抜きでないと食べられない。
アレルギーではないが、皮膚が弱いせいか刺激物にも弱く、辛いものを食べると口の中がヒリヒリして腫れてくるし、おなかの調子が悪くなる。
私はともかく、アレルギー体質の人なら命に関わるし、クレーマー気質の人なら『注文と違う』と騒ぐだろうから、もしいつも通り作ってしまったら、ほとんどの場合は作り直すことになって、コストも作業時間も倍になってしまうし、次の客への対応も遅れてくる。
本社が対応するよう指示しているなら断るわけにはいかないが、そういう注文をする客は要注意と思われていて、顔をおぼえられているのかもしれない。
『めんどくさい常連客』だからこそ、面倒なことにならないように、愛想よくしてくれているのだろうか。
考察を終えた頃にカフェオレを飲み終わったので、帰り支度をする。
トレイを返却カウンターに持っていって、出入口に向かうと、後ろからかわいい店員さんの声がした。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
「…………」
『めんどくさい常連客』だからこそ、面倒なことにならないように、愛想よくしてくれているのだろう。
それだけのはずだ。
内心で自分に言い聞かせながら、店を出た。
にゃん○先生が大好きですw
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